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第2話 Are you human? NO. But,I’m a HERO!

 空は見ていた。

 

 干戈によって荒らされた地を。

 干戈によって引き千切れられた肢体を。

 干戈によって生み出された死体を。

 

 空は見ていた。

 

 青年の無残な叫び声を。

 

 余りにも醜い泣き声に似た――鳴き声を。



 

   ■■■

         


            

 ――痛い。

 

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 僕は叫んでいる。この立て続ける不条理を。

 

 僕の右腕を盗んだ憲兵は、悲鳴を上げている僕にとどめを刺そうと、長刀を振り上げる。

 


「お前さえ、お前さえいなければ……」


 ――お前さえ、お前さえいなければ。

 

「ヨモは幸せになれたのに」


 ――お前さえ、お前さえいなければ――私は幸せになれたのに。

 

 

 思考が混線していた。声と声が重なって、あらゆる情報が重なる。


 憲兵の震えた声。女の震えた声。

 誰だか分からない女の悲しい声――。

 

 

 そして、冷たい風が吹く。

 

 

 目の前の憲兵は憤怒を浮かべ。

 僕が死体にした憲兵は何もない砂漠で幸せを探し。

 僕は死に場所を探した。

 

 

 だから僕は言うのだ。シナリオ通りに動く役者のように決められた文章を読み上げる。

 

「だったら、幸せを奪えばいいじゃない――僕から」


 目の前の憲兵は奥底から溜まりに溜まっていた怒り声を上げ長刀を振り下ろす。

 

 これで僕の英雄譚は終わり。

 起承転結も存在しない物語はもうエンディング。

 

 僕は瞳を閉じ――死を見つめる。

 

 

 その時だった――


 

「『英雄』くんの死はここに存在しないよ。遠い西方の砂漠のオアシスと一緒さ」



 主宰は僕の命を狙った憲兵の長刀を受け止める。彼らの黒髪によく似た黒色の長刀で。


「でも必要無かったようだね。無駄足だった」と僕の左腕を見ながら言う主宰。そして長刀を振り下ろし、憲兵から噴出した血液が周囲を汚染する。地面には子供が食い散らかしたような形の血液が血痕として赤レンガの地面に残る。


 僕は主宰と同じように視線を自らの左腕へと移動させる。



 僕の左腕は長刀を持っていた。


 

 瞳を閉じながらも、瞳を閉じ死を見つめながらも、僕は、それでも僕は生きよう、そう思っていた。

 

 僕は死に場所を探していたんじゃない。

 ――感情を、ただ感情を探していたに過ぎなかったのだ。

 

 倫理観による、感情の補完が勝手にも。本当に身勝手にも。僕のイニシアティブを奪っていた。

 

「そうやってさ。人間気取りやめようよ。もうやめてしまいなよ、『英雄』くん」主宰はそう言ってまた笑った。


 主宰は知っていたのだ。無駄足と言いながらもきっと事前に僕の人間性を。

 

 否。

 

 僕の――英雄性を。

 

「だって英雄は英雄であって、人ではないんだから」


 主宰は言い終わると、自らの黒髪を一本引き抜き、それを口に含み、声を上げる。僕たちを囲んでいる憲兵の顔が一気に死相のような表情へと徐々に変わっていく。包囲網の先頭にいたものが一人悲鳴を挙げながら、主宰から遠ざかっていく。その悲鳴を拍子に一斉に包囲網が波のように崩れてゆく。



「――臥薪嘗胆がしんしょうたん



 その声と同時に僕らに後ろ姿を見せながら逃げていく憲兵たちの足が止まり、彼らは一斉に持っていた長刀を手放し、股間を押さえ始めた。


「本当に可愛そうだよな……一瞬にして男のシンボルが無くなるなんて」と目の前の衝撃的な光景に感想を述べる名無し。

 

「君たちには復讐心なんてあげられないよ。屈辱、ただそれだけでいい」と冷たく言い放すように言う主宰。


 何十人もの憲兵たちが悲鳴も挙げずに、倒れてゆく。彼らは明らかに生気を失っていた。

 

「一先ずは退却だ」と名無し。


 僕は自らの長刀を支えに立ち上がる。

 

「ご自分の右腕を忘れずに。俺たちの巣に帰ったらくっつくさ。すぐに、ね」


 僕は名無しに言われた通り、右腕を拾った右腕で。


 ――右腕で?


 僕は自らの右腕が――先程憲兵によって切り落とされてしまった右腕が――そこにはあった。それも、より筋肉質になって。拾った元右腕と見比べたら明瞭にその変化を察することができる。


 俗にいう超回復か。


 否。それは筋細胞が損なわれない程度損傷され(それによって筋肉痛が引き起こされる)筋肉が増強される場合であって、切断された右腕が再生し、そして尚且つ以前より筋肉質になる、なんてことは到底あり得ない。荒唐無稽な話だ。


 だが実際。目の前で起きているのだから、その現実を認めざるを得ない。


 名無しは苦笑を浮かべ「そういうことね」と言い、リンは目を瞑る。


 こんな魑魅魍魎が起こしたような気味の悪い状況を目にしながらも――あの男は何一つ驚かなかった。


 まるではなっから知っていたかのように。

 まるではなっから決まっていたかのように。


 黒髪よりも漆黒の黒色の長刀の持ち主――にして<臥薪嘗胆>の持ち主であり――<黒髪>主宰の男――主宰はただいつものように笑うだけだった。


「ほら、言ったでしょ。『英雄』くんは『英雄』であって、人ではないって」


 主宰はその透き通った声が、先ほどの憲兵たちが作った包囲網と同じ円形に、積まれた肢体の山に、それとも死体の山に、残酷にも――反響した。




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