第15話 少女の正体
木製の三段ベッドの一番上にリンが寝ていることを確認し、僕は眠る名無し――ではなくヒコマロが起きないように配慮しながらそっと中段の自分のベットへと入り込む。
毛布は雑巾のような薄い生地だったけれど、マットレスは意外にも柔らかく温かい。ここは地下であるため夜は相当冷えるのではないかと懸念していたが大丈夫そうだ。
そして僕は重い瞼を閉じた。
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――やっと寝ることができると、自分自身疑いもなく目を閉じたのだが、世の中はそんなに甘くなかったらしい。特に僕に関しては。
僕は瞼を閉じた状態のまま、夢の中で瞼を開いた。僕はまたしても、主宰に僕の剣状突起を強制的に取られてしまった時と同じように、白い空間にいた。あのポニーテールの黒髪で、黒色のロリータ・ファッションに身を包む少女とともに。
「ふん」
少女は僕が覚醒したのを確認するやいなや、自らの小さく色白な顔を僕から背ける。理由はさっぱり分からないが、本日はご機嫌斜めなようだ。
僕は口に出したくはなかったことを、少女との沈黙の間を埋めるためにしょうがなく言う。
「どうしたの?」
「ふん」
変わらず同じ文言を繰り返す少女。早く寝たいのだが、物理的には寝ているという範疇に入るかもしれないが、精神的な疲れは取れないまま目が覚めてしまう。そんなことは出来る限り避けたい、そう思い僕は質問を変え、返答を促す。
「何か、僕がきみに悪いことをしたかな?」
「うん」
『ふ』が『う』に変わっただけで大して変わっていない。
「じゃあ、どうしたら、機嫌を直してくれる?」
「えっ!本当っ!」
……案外、ちょろいもんだ。
僕の方へと振り返り「うーんと、じゃあね、じゃあね」と言いながら体をくねくねとひねる少女。こんなにも真剣にそして嬉しそうに考えているなんて、と思うと悪い気はしない。
「じゃあね、耳噛んでもいい?」
「駄目に決まってるだろ!」
僕は思わず興奮して声を張り上げる。だって嫌なものは嫌なのだ。十代後半である僕が年下の妹的な年齢の少女に耳を噛まれるという奇妙な構図がそもそも嫌だ。ここには僕と少女の二人しかいないのは分かっているが、どうしても誰かが見ているのではと考えてしまう。
「甘噛み限定だよ?」
「期間限定みたいに言わないで」
「むむむう」と言いながら、徐々に風船を膨らましていくように、頬が膨れていく少女。
「なんでもするって言ったのに」
「なんでもするとは言ってない」
「何が嫌なの?」無垢な子供のように首を傾げ聞く少女。だいたいあのような事を、あのような言を発したこの少女が無垢なわけではない。百歩譲ったとして、無垢風味の痴女だ。
「耳が噛まれるのが嫌なんだ」と僕は一語一句はっきり言う。
「じゃあ、耳以外ならいいの?」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ!どうしたら耳を噛ませてくれるの!?」
「どうしたっても、だ」
睨み合う僕と少女。きっと僕を含め、両者とも真剣な目をしているに違いない。論じているのがしょうもないことだというのは……僕が一番分かっている。
「じゃあ、譲歩してあげる。しょうがないから。お兄ちゃんが頑固な悪い子だからしょうがなく!」と少女。
一瞬、お兄ちゃんと少女から言われ、心中首をかしげたが、僕への少女なりの愛称のつもりだろう。
「……ありがとう」なぜ僕が、僕に対し無理難題を言ってきた少女に感謝の意を言葉にしないといけないのか疑問は解せないが、取り敢えず場の流れで、そう言っておく。
「で、その譲歩案は?」
「お兄ちゃんが私の耳を噛めばいいのよ!」 少女は天井に人差し指を指しながら、元気はつらつに叫ぶ。
「その案、乗った」
僕は早速少女の要望に答えるために、少女の方へと移動し、少女の両肩に両手を置く。少女の右耳を噛もうか、左耳を噛もうか、少し逡巡し、僕は左耳を噛もうと決断する。
唇を少女の耳たぶへと寄せていく。
「ひゃっ」と小さく悲鳴を挙げる少女。
僕は少女の左耳の耳たぶをくわえるように優しく噛んだ。
「あっう」
と少女の可愛らしい感想のようなものを聞き、僕はすぐに噛むのをやめ、少女の紅潮しきった顔を見る。なんだか、すごく照れくさい。そして思う――これ、する必要あったのか……と。
「満足か?」と僕は照れ隠しするため言葉を急いで紡ぐ。
「まだ」と少女は僕をしっかりと潤んだ瞳で見据える。真っ直ぐに。
「え……?」
「名前、呼んで」とぼそっと呟くように言う少女。
「いいけど。きみの名前、まだ僕は知らないよ」
「黒の魔女」
「黒の、魔女……?」
一瞬、この真っ白な空間と同じように頭が真っ白になる。眼前にいる派手な服装と変態的な素質以外普通の少女が――黒の魔女、だなんて荒唐無稽な話。
だってそもそもの話、どうして十人の魔女たちに嫌われてしまった悲劇の魔女たる黒の魔女が僕の精神内に存在しているのか?
魔女による魔女狩りによっててっきり黒の魔女は命を落としてしまったのかと勝手に思っていたのだが……違うのか?
数々の疑問が僕の脳内で交錯する中、急激に襲う睡魔によって僕は瞼をもう一度閉じた。
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