第12話 王に選ばれし十の者
ギュウドンはリュミエールの救援へと向かって王都まで行ったその足で、今度は評議会の面々と会うため、サーマッカー城へと引き返していた。
――<黒髪>の巣襲撃、そしてリュミエールお嬢様救援の許可を得るため。
ギュウドンは急かすため、愛馬へムチを打つ。
ギュウドンが評議会へと急ぐ理由はリュミエールを早く助けたいという思いからだけではなく、他にもあった。
それは――前王が亡くなり混乱しているうちにこの報告をし、評議会にギュウドン自らを総大将へと任命させること。
<黒髪>の巣がこの王都サクラティメントの地下にある――それだけでも大手柄であるのだが、それだけでは近衛兵団と憲兵団との間にできた差を超えることはできない。埋めることすらできないだろう。
だからギュウドンが<黒髪>討伐軍総大将として戦に勝利しなければならないのだ。
通例ならば、地位的にも、兵力的にも、近衛兵団を上回る憲兵団が必然的に総大将を選出することになっていた。
だが、今は非常事態。
評議会の大半が現在勢いに乗っているリアル派改め――憲兵団側の派閥に属しているとはいえ、急遽起きた重大な事柄に際し、私情を挟むこともできまい――そうギュウドンは考えていた。
助言をしてくれたナーバスもきっと同じことを考えているに違いない。
前王やリュミエールお嬢様を利用しているという点については否めないけれど、ギュウドンは近衛兵団団長として、私情は捨て、近衛兵団の権力改善に努めなければならないのだから。
近衛兵団の地位低下に拍車を掛けてしまったギュウドンなら尚更。
というのも、近衛兵団が憲兵団に劣ってしまったのは、全てとは言えないが追い打ちを掛けてしまったのは、ギュウドン、その点について否定できない紛れのない事実であった。
――ギュウドン団長はリュミエールお嬢様に好意を抱いているのではないか。
ギュウドンは否定することができなかった。彼は近衛兵団団長という立場を忘れ――私情を突き通してしまったのだ。
――自分の気持ちに嘘はつきたくない、そんな彼らしい理由で。
この噂が城内の評議会の面々、憲兵団、そして城外の国民にまで知ることとなり、一時的に近衛兵団の主な任務の一つである王族の護衛すら取り上げられ、『形骸化された組織』や『税金泥棒』などとあらゆる者から揶揄された。
その噂を穏便に納め、近衛兵団としての職務を復帰させたのが――ちょうどこの頃憲兵団から近衛兵団へと左遷されたナーバスだった。
「団長」後ろから馬蹄の心地よい音と、低い声が聞こえてくる――ナーバスだ。
「いたか、地下に」
「直接<黒髪>の人間を見ることはできませんでしたが……これが」
そう言って胸ポケットから絹のハンカチを出し、ギュウドンにそれを見せるナーバス。
ギュウドンは小さく笑う。
「――インクか。でかしたナーバス」
「はっ」馬上にも関わらず律儀にも頭を深く下げるナーバス。
「で、人が通れそうな通路はあったか?」
「はい。それが……」
「それが?」
「無数に水の流れていない水道管がありまして……そこからじゃないかと――」
「さすが<黒髪>。やることが器用で、尚且つ――小賢しい」下唇を強く噛むギュウドン。
「全くその通りで」
上を見上げれば、ギュウドンの視界に高々と鷹揚にそびえ立つ山城――サーマッカー城が見える。もう少しのようだ。
「団長。一つ、質問しても」
「なんだ?」
「急いでいるとはいえ……<黒髪>の痕跡を確認せずに王城へと向かわれたのでしょうか?ただの商人の情報提供で確証は無いはずですが」
「ナーバス、君を信じているからだよ」
ギュウドンはそう言って、照れくさく感じたのか、笑った。その笑顔はとても<ツキノワグマ>と恐れられる男とは到底思えない暖かな表情だった。
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「――そうした次第に早急にリュミエールお嬢様を救援するべく、軍を派遣したいと考えております」
ギュウドンは言い終わると、開口している間大理石の豪勢な床を見つめていた視線を評議会の面々へと向けた。
大きな円卓に図々しく座る十人の評議会議員。
その大きな円卓の中心にいるのは近衛兵団団長ギュウドン。
ギュウドンは評議会議員の十の視線に耐えられず思わずあくびが出る。
――なんとも、息苦しい……。
評議会議員の選出にはサーマッカー王が直々に選別し任命するため、彼ら評議会議員のことを『王に選ばれし十の者』と呼ぶものをいる。まあ、そう呼ぶものの大半が右翼であることには間違いないが。
よってその『王に選ばれし十の者』は、前王であるサーマッカー三世が病死した今、実権を握っていた。
ギュウドンは目の前の白髪で黒に近いくすんだグレーの瞳をした男――評議会議長エンターを鋭く見つめた。
エンターが座る仰々しい革製の椅子が大きく見えてしまうほど小柄な彼だが、それでも王族の血縁者という高貴な身分を利用し、サーマッカー三世が生存している間もある程度の権力を有していた有力者。
――どうか、穏便に済むように。
そう願いながら、エンターの顔を見上げるギュウドン。
だが、そう簡単に物事は進まない。
「知っておったよ。<黒髪>が王都の地下に暮らしておることなど……とっくのとうにな」
ギュウドンは思わず小さく上げた野太い声と、評議会議員の人数と同じ、壁にかけられた十のガス灯が空気を揺さぶる音だけが妙に――響いた。
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