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エストリアの知らないこと  作者: 畑 勝次
2/2

その2

今日、起こった事件によりエストリアは疲れていた。

父親と一緒に家に帰ると、エストリアのハチミツを浴びた姿を見た女中のマーサが言う。

「すぐにお湯を用意します。お嬢様はすぐに調理場へ来てください。」

言うが早いかエストリアの手を掴み、マーサは踵を返して調理場へと向かった。

その後を父親がついて行こうとする。

「ご主人様はここまでです。お嬢様が恥ずかしがってしまいます。」

「別にいいじゃないか。家族なんだし…」

父親が軽く言う。

マーサの冷たい視線が父親に突き刺さる。

「じょ、冗談だよ。食事が出来たら呼んでくれるかい。」

父親は言って足早に自分の部屋へ入って行く。

「かしこまりました。」

マーサは冷ややかな視線をそのままに頭を下げる。

「さて、お嬢様、すぐに体を拭いてしまいましょう。あと、どうしてこんな姿なのか詳しくお教えください。」

振り返えったマーサはエストリアに軽く微笑んだ。

調理場の中に入るとシチューを煮込んでいるのか、薪の燃える匂いに紛れて良い香りがする。エストリアが鍋の中を覗き込むと、キノコと野菜のシチューがグツグツと音を立てている。するとエストリアのお腹も、くぅと音を立てる。

エストリアは顔を赤らめ、ゆっくりと視線を上げる。

マーサは笑いそうになるのを抑えて口を歪めていた。


汚れとハチミツにまみれた服を脱がせ、傍にあった大きな布を渡しながら言う。

「これを羽織って炎の傍に居てください。体が温まります。」

エストリアは言われた通りにする。

「それで何があったのですか。」

マーサは話をしながら一端、シチューの鍋を火から下し、別の鍋に水を入れ火に掛け、傍にある薪を何本か火の中に加える。どうやらシチューは作り終わっており、エストリア達の帰りを待つ為にシチューを温めていたので火を抑えていた様だ。シチューの鍋からお玉でコップに注ぎ、エストリアに渡す。

「どうぞ、熱いですからゆっくり飲んでください。」

エストリアはコップを受け取り、両手で囲う様にふうふうと冷ましながらチビチビと飲んでいく。その姿はまるで木の実を食べるリスの様で愛らしい。

鍋に蓋をしながら、その姿をうっとりとマーサが見ていると、ふいにシチューを飲みながら、エストリアが今日あった事を簡単にマーサに話し始める。

昼間の後、テオに謝る為に森へ入った事。森で熊に襲われ、テオに助けられた事。腰を抜かしたエストリアを背負い結果、背負い袋に入っていた蜂の巣が潰れてエストリアの服に付いた事を簡単に話した。

「何てう…、いえ、テオさんとは薬草士の少年ですね。」

マーサはエストリアの姿を想像し、ぼうとしていた真面目な顔に戻して言う。

「彼には感謝しなければなりませんが、お嬢様のそのお姿を見る限り、お仕置きが必要ですね。」

エストリアはビックリした顔をして、マーサを止める。

「お仕置きなんて、・・・やめてよ。感謝はしてるんだから」

マーサは微笑みながら言った。

「その間は、ちょっと仕返しを考えていらっしゃったのですね。でも、私のは冗談ですよ。」

エストリアは安心し、感謝の気持ちを示す為にマーサにお願いをする。

「テオから借りた外套は自分で洗いたいのだけれど、教えてもらえるかしら」

マーサは快く承諾した。

「では、明日は早起きですね。」

そんなやり取りしていると、少しすると窯の火がカッカと赤く強くなり、飲んでいたスープで全身から汗が出て来る。

段々と体が火照ってきたエストリアは耐えきれなくなり、音を上げる。

「熱い~っ」

その声を聞いたマーサはそろそろ良いと考えたのか、次の指示を出す。

「布でべた付いている所を汗と一緒にふき取って下さい。その後、湯に入れたタオルで拭きますのでそれまで熱いのは我慢してください。」

エストリアは言われた通り、布で体を拭いていく。

一段落した所で今度はマーサがエストリアの体をまじまじと見ながら、湯に浸かっていたタオルで拭き始める。

健康的に適度に引き締まった体、少し膨らみ始めた乳房、マーサは体をなぞる様に拭きながら、怪我等がないか見ていく。エストリアの身体は少女と女性の間の可愛らしさと美しさが共存している。

べた付きが取れて綺麗になった体を見てマーサは言う。

「これで良し、部屋へ行って着替えて来ても大丈夫ですよ。」

エストリアが自分の部屋に戻っていく。

まさか、マーサは自分が背中を拭いている時に見とれ、愉悦に浸ってしまうとは思いもしなかった。そして、エストリアに気づかれたら危なかったと心から安心した。


二階へ行ったエストリアが新しい服に着替える頃には、マーサがテーブルに夕食を並べている所だった。マーサとお父様に感謝をし、夕食を食べた後すぐに眠ってしまった。

次の日、エストリアは寝坊した。

せっかく明日からがんばると言っていたのに早速寝坊とは余りにも程と遠い。

急いで寝巻を普段着に着替え、マーサの元へ向かうのであった。


エストリアはすぐに女中のマーサに探した。

家の中にはいなかった為、洗濯の為に近くの井戸へ行っているのではないかと考え、そこへ向かった。案の定、彼女はそこで洗濯をしていたが見るとすでにひと段落しているようだった。

エストリアは昨日の言った事について質問する。

「自分の服とテオの外套は自分で洗わせてと言ったけど、まだ残ってる。」

しかし、マーサは答える。

「もう洗い終えてしまいました。」

「どうして・・・」

エストリアはすがる様な顔で質問する。

「朝早めに起こしに行ったのですが、あまりに気持ち良さそうに寝ていらっしゃったので、ご主人様と相談してそのまま眠らせて差し上げる事に致しました。」

エストリアは絶句した。


朝と言うには日が上がりすぎた時間にそんな事があり、洗濯以外でテオに対してお礼を何にするか考えながら学び舎へと向かった。

遅れて学び舎へ入ると、テオが授業を受けているが見える。

エストリアが学び舎へ入って来た事にテオが気づくとニヤリと微笑んだ。

彼女には良く分からなかったがその笑いに、自分では言い表せないもやっとしたものを感じた。

遅れて来たエストリアが少し勉強を先生に教えてもらっていると町の鐘が鳴り、お昼の時間になった事を教えてくれる。

休憩時間となり、テオは外へ出て行った。

エストリアはその姿を見て、昨日のお礼をするべく追い掛ける事にする。

テオは学び舎から少し離れた岩の上に座ると、自分の家で作って来たであろうサンドウィッチを食べ様としていた。

エストリアはそんな姿を見ながら、ゆっくりと近づいて行く。

テオはすぐに気づくと気軽に話しかけて来る。

「昨日は大変だったな」

エストリアはテオからふいに話しかけられ、呆気に取られながら口にする。

「そうね」

そして、感謝の言葉を口にする。

「改めて、昨日はありがとう。本当に助かったわ。」

「でも、ハチミツの件は許してないけど」

と付け加える。

テオはエストリアの言葉に少しバツの悪い感じで答える。

「それより体は大丈夫かい。」

「ええ、特には…」

寝坊の件は隠して少し恥ずかしそうに乾いた笑いを浮かべた。

そして、深く追求されるのが嫌なのでこの話題から切り替える為、外套の話を始める。

「そうだ、貴方の外套だけれど明日には返せそうだから安心してね。」

「代りがないから、それはすごく助かる。」

テオは本当に喜んでいた。

話がひと段落するとテオは膝の上に広げていたサンドウィッチを食べ始める。

そして、自分が朝から何も食べていない事をエストリアは思い出す。

弁当を持って来ていない事にも…

急にお腹の辺りにがくぅと鳴る。

エストリアには分かっていた。昨日と同じ感覚だと分かっていたが空腹感を抑える事が出来なかった。ぐはぁと心の中で大きなため息をついた後、テオの顔をゆっくり見上げえると何事もなかったかの様にしており、もう一つあったサンドウィッチをエストリアへ手渡そうとし、質問してくる。

「食べる。」

「あ、うん。」

エストリアは笑われると思っていたのに反応してこない事に驚きながら、サンドウィッチを受け取る。中は野菜だけのシンプルなもので、一口ぱくりと食べる。

「う、ぐ~。」

エストリアは酷く顔をゆがませ、悲鳴とも言えない様な声をあげる。

「不味い。」

苦みや酸味、渋みと言った様な味がどっと口の中に流れ込んでくる。

「あ~、やっぱり不味かった。でも、薬草が沢山入っていて体にはすごく良いんだぜ。」

テオは分かっていた様に微笑んで反応してくる。

エストリアは嵌められたと思った。

しかし、もらった物だし、食料は大切な物なので我慢して素早く食べきる。

「よくこんな味の物食べていられるわね。信じられない。」

エストリアは落ち着いてからテオに文句を言う。

「慣れれば、気にならならないし胃の中に入ってしまえば同じだろ。それに体に良いから、俺としては良いんだよ。」

テオはさも当然の様に答える。

「私にとって、それは悪だわ。昨日のお礼もあるし明日、美味しいサンドウィッチを食べさせてあげる。」

エストリアは自信満々に言い切った。

しかし、内心では言ってしまったと悩むのであった。

さて、どうしようかと立ち上がり、遠くを眺めるとふと見覚えの姿が遠くある事が分かる。

腰のしまった黒いワンピースに白いエプロンを掛け、肩掛けの大きめなバッグを持っている。健康的な日に焼けた肌に黒い髪を後ろでまとめ上げている女性だ。

「マーサさん。」

エストリアは呟くが次の瞬間、大きな声が帰ってくる。

「お嬢様~。」

エストリアは走り出しながら、テオに伝える。

「サンドウィッチありがとう。でも不味かったわ。」

テオは言ってろという顔をして見送る。


マーサはエストリアと会うとすぐにお弁当を差し出す。

「お嬢様、お忘れですよ。」

「マーサさん、ありがとうございます。本当に助かりました。」

マーサはその言い方に違和感を感じ質問をしてみる。

「何かあったのですか。」

「実は…」

エストリアは事の詳細をマーサに伝える。

「だから、美味しいサンドウィッチの作り方を教えて欲しいの。」

マーサは少し遠くにいるテオを見ながら、ふと思いながら、エストリアに伝える。

「かしこまりました。」

その後、二人でお弁当を食べながら談笑を少しして、マーサはここまで来たのだから魔術師に頼んでいたものを預かってから帰りますと言い、二人は別れた。


授業が終わり、家に帰るとマーサは昼間の話を詳細にエストリアと話し合う。

「明日の昼食のサンドウィッチを作る件ですが、明日は早起きしましょうね。」

マーサが言うとエストリアはやっぱり早起きかと思いつつ、すぐに言い返す。

「今日みたいに起こさないのはやめてね。」

「かしこまりました。では、明日の私の昼食分も作って頂きましょう。」

マーサは言いながら、心の中で喜ぶのであった。

そんな話をしていると父親が教会から帰ってくる。

「ただいま。何か楽しそうな声が聞こえたけれど、何かあったのかい。」

エストリアは今日あった事を父親に伝える。

「じゃあ、昼食は教会で出るから、私の朝食分もエストリアに作ってもらいたいな。」

「明日は大変ですね、お嬢様。」

マーサは楽しそうに微笑むがエストリアは顔がこわばる。

「あと、そうだ。昨日の出来事を詳しく夕食の時に聞きたいな。」

そして、父親はエストリアに追い打ちを掛けるのであった。


次の日、昨日とは違いエストリアは早く起きる事が出来た。そして、すぐに服を着替え、マーサのいる調理場へと向かう。

「おはようございます、マーサさん。」

大きな声でエストリアは挨拶をする。

「おはようございます、お嬢様。」

朝食を作っていたマーサはすぐに振り向き、挨拶を返す。

「今日はちゃんと起きれましたね。そろそろ起こしに行く所でした。」

マーサは微笑むが、エストリアは苦笑いをするしかなかった。

「それではサンドウィッチの作り方をお教え致します。」

テーブルの上を見ると、すでにパンとバターにいくつかの野菜、柔らかめの燻製肉、そしてソースが順序良く並んでいる。

「テーブルにのっている素材を右から順に調理して、と言うかバターとソース以外は包丁で切ってパンにはさんで行きます。以上です。」

「え、それだけ」

エストリアは呆気に取られる。

「それだけです。簡単ですよ。」

「それぞれの工程を丁寧にお教えしますから安心してください。」

しかし、この後、エストリアは自分の言った事を後悔する事になる。

包丁の使い方から始まり、パンに塗るバターを丁寧に塗る事、それぞれの野菜と燻製肉の切り方とのせ方、ソースの合わせ方等、マーサは事ある毎に口を出して来る。

サンドウィッチを全部作り終える頃にはエストリアは汗だくになり、まだ朝なのにくたくたに疲れてしまったが、不器用ながらサンドウィッチは完成させる事が出来た。

途中、エストリアは野菜を切っている時に涙が止まらなくなったり、葉っぱから芋虫が出て来たりと嫌な事もあったが、マーサのスパルタ教育が一番恐ろしいと感じたのだった。

「初めて作ったのは研究で忙しかった女性の魔法使いがパンにいろいろはさんで研究仲間に振舞ったらしいですよ。」

マーサはサンドウィッチの語源を教えてくれるが、今のエストリアにとってはどうでも良い事の様にしか聞こえなかった。

「初めてにしては良く出来ました。」

最後にマーサから言われた時はすごく嬉しく思った。


朝食にサンドウィッチを出すと父親に美味しいと言われ、自信をつけるのであった。

そして、エストリアは綺麗になった外套と二人分のサンドウィッチを肩掛けのバックに入れ、学び舎へ向かう。


午前中の授業はエストリアにとって、とても長く感じるものだった。

気もそぞろながらその長い時間を耐えていると、町からお昼の鐘が鳴る。

エストリアが肩掛けのバックを持ってテオの傍へ行く。

「外へ行きましょう。」

エストリアが小さくつぶやき、外へ出ていくとテオもそれについて行く。

昨日と同じ場所に着くとエストリアが振り返り、ニコリと微笑みながらバッグから外套を取り出し、両手でテオの前に差し出す。

「貸してくれてありがとう。」

テオはすごく綺麗になった外套を見て、自分で洗うとここまではできないとすごく喜んだ。

「流石はマーサさんだ。」

エストリアはその一言を少し怪訝に思うが黙っていたが、次にサンドウィッチを取り出す。

「さあ、私が作ったんだから食べて見てよ。」

「う、うん」

テオは少し何かに怒っている様な言葉を不思議に感じながらサンドウィッチを受け取る。

見た目は普通のサンドウィッチだから、安心して食べられそうだと考える。

そして一口、二口目は美味しそうに食べている。しかし、三口目から顔色が変わる。

テオは思う。まずい、すごく苦手な野菜が入っている。

シャキシャキした歯ごたえ、甘い様な辛い様な味、そして鼻を突きあげる匂い。

タマネギだ。


視線をエストリアに向けると俺の反応を彼女は胸を躍らせる様にこちらを見ている。

エストリアから、ハチミツの件の嫌がらせだろうか。

いや、彼女は俺がこの野菜を嫌いな事を知っているはずがない。

彼女は感謝で確かに美味しいサンドウィッチを作って来てくれた。

この野菜を除いては…俺は彼女にこの事を言うべきか。

しかし、自分の弱点を彼女に晒す様で嫌だ。絶対にありえない。

俺は男だ。耐えよう。


テオは我慢をしてサンドウィッチを食べきる。

「お、美味しかったよ。」

吐き出す様に言いながら、井戸のある方へよろけながら歩いていく。

それを見ながらエストリアは不思議そうに見送る。

そして、そんな二人のやり取りを一匹の梟が木の上から眺めていた。


エストリアが家に帰り、扉を開け、ただいまと言うとマーサがすぐに近寄って来た。

「お帰りなさいませ、お嬢様。今日のサンドウィッチはどうでしたか。」

マーサは挨拶を返しながら質問してくる。

エストリアは自信満々に答える。

「自分で言うのもなんだけど、すごく美味しくできていた…と思う。テオも美味しいって言ってくれたもの。」

するとマーサは珍しく顔を曇らせながら歯切れ悪く言う。

「実は通常すごく美味しいのですが、収穫のタイミングでひどく辛くなる野菜が入っていまして、いつも注意して選別していたのですが、私の食べたものに当たりが入っていたので、もしかしたらと思いまして心配をしていたのです。本当に申し訳ございません。」

エストリアは特に辛くはなかったと答えるが、ふとお昼を食べた後のテオの行動を思い出して見るとそちらのサンドイッチは辛かったのかもしれないと思えて来る。

「た、多分、テオが食べたサンドウィッチは辛かったのかもしれない。」

マーサは絞り出す様に言う。

「これから謝りに行きたいと思います。」

「私もついて行って良い。」

エストリアはマーサが心配になり、質問する。

マーサはすぐに答えを返す。

「いいえ、これは私が起こした失敗ですので、お嬢様には関係ありません。」

「そんなことないわ。あんなに一生懸命教えてくれたのに関係ないなんて言わないで」

感情のこもったエストリアの言葉にマーサは感動してつぶやく。

「お嬢様。」


エストリアの家は町から少し離れた所にある為、町へ着く頃には日が随分と傾いてしまった。町に入り、大通りを少し歩いた後、小さな通路へ曲がりさらに少し進むと薬草と薬研の看板が付いた二階建ての古めかしいレンガ造りの家がある。入口は大きめで扉を開けると呼び鈴がなる様になっている。テオの家である。

マーサが扉を開けるとカーンと言う音が響く。扉を開けたからか不思議な匂いが周囲に広がる。中に入るとすぐにカウンダーがあり、奥の棚には沢山の引き出しや瓶に入った液体等が所狭しと並んでいる。

「は~い」

テオの声が奥から返事が響いて来て、二階からバタバタと降りて来る。

「いらっしゃいませ。今日はどのようなお薬をご所望ですか。」

言うが早いか、エストリアとマーサを見てひどく驚く。

「なんで二人がこんな所に。」

呆気に取られたテオが疑問をぶつける。

するとマーサが頭を下げる。

「この度は大変申し訳ございません。」

続いてエストリアも頭を下げる。

「今日の私が作ったサンドイッチが辛かったんでしょ。マーサさんが言っていたの。収穫のタイミングですごく辛くなる野菜が入っていて、マーサさんの食べた中に入っていたから。きっと貴方のにも入っていて、我慢して食べてくれたんでしょ。だから、謝りに来たの。」

エストリアは頭を下げたまま、思いのままを口にした。

その言葉にテオは愕然とする。


サンドウィッチは辛くなかったし、美味しかった。とある一つの野菜を除いては…

それに耐え、お互いの貸し借りを無しにしようとしただけなのに、なぜこんな事になってしまったのだろうか。神父様の娘に嘘を付いた事が悪かったのでしょうか…神様。

エストリアだけならまだしも、マーサさんにまでこんなに心配をかけてしまっているならしかたない。本当の事を諦めて言おう。


呆然としているテオにエストリアが聞く。

「大丈夫。」

そして、苦虫を噛んだ様な顔でテオは言わざるを得なかった。

「サンドウィッチは別に辛くなかったし、美味しかったと思う。二人が心配する様な事はなかった。」

そして、小さな声で続ける。

「ごめんなさい。ただ、タ、タマネギがすごく苦手なんだ。だから、謝らないで欲しい。」

「え」

エストリアが聞き返す。

「だから、タマネギがすごく苦手なんだよ。」

テオは恥ずかしそうに二人に伝えた。

エストリアは恥ずかしさからなのか、または怒りに染まったのか、顔を真っ赤にして激しく怒鳴り出す。

「なんで、なんでその事を昼間に教えてくれなかったの。そうすればこんな心配する事もなかったし二人で謝りに来る必要もなかったじゃない。」

「だから、俺も謝ってるじゃないか。」

テオはもう謝る事しか言えなかった。

自ら守ろうとした弱点は自らによって晒されてしまった。

「本当にごめんなさい。」

すると、マーサが二人に声を掛けて来る。

「お二人とも落ち着いて下さい。こんなことになってしまったのは自分が一番悪い事は分かっているのです。ですがこのままでは収集が付きませんので言わせて下さい。」

「お嬢様はサンドウィッチを作る事に必死になり、彼の嫌いなものを聞くのを忘れました。テオさんはお嬢様が心配するまで嫌いな物を言えなかった。そして、私は野菜の選別を失敗してしまいました。今回は皆の思いが少しだけズレてしまっただけなのです。」

「私がこんなことを言うのは本当に差し出がましいのですが、許し合う事にして頂けないでしょうか。」

マーサがここまで言うと二人はもう何も言えなくなってしまった。

そして、三人で謝り合った。

「でも、タマネギが嫌いなんてテオはお子様ね。」

エストリアは最後に追い打ちを掛けるのであった。




「いや~、彼がマギネタをちゃんと食べきるとは思わなかったよ。私から薬草士の手ほどきを受けているのに夕食であれを出した時は隠して良く捨てていたから、お仕置きをしなければと丁度考えていてね。今回は貴方にお礼を言わなければならないな。」

魔術師は笑いながら言った。

魔術師の家で二人の人間が会合をしている。

一人は魔術師、そして、もう一人は意外にもマーサだった。

「いいえ、こちらこそご助力頂いて助かりました。」

マーサも笑いながら言う。

「まあ、エストリア君のあの姿を見た男性がいたならば、普通の女性ならその男性に対してお仕置きを考えるのも無理はないからね。それに薬草士が野菜嫌いなんて笑えないしね。いやぁ、今回はお互いの利害が一致して助かったよ。」


二人の計画が達成された事をエストリアとテオは知る由もなかった。




終わり

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