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純真無垢神話大系

作者: ホオジロ
掲載日:2016/10/08

 夏になりました。

 辺りにはライ麦畑が広がっています。

 ライ麦は柔らかな黄金の色をしています。

 空は高く青く、レースのようにうっすらと雲がかかっています。

 レース越しの太陽が、ライ麦畑を穏やかに見守っています。


 風が吹きました。

 まっすぐに伸びたライ麦の穂がさらさらと揺れて、誰か来たよ、と囁きました。

 ライ麦畑の中を、ひとりの少女が歩いています。

 首からしたは、ライ麦に隠れているので見えません。

 少女の髪は、ライ麦と同じ色をしています。

 少女は黒いお椀のようなものを背負っています。

 お椀はとても大きいので、うしろから見ると少女の姿はすっぽりと隠れてしまいます。

 お椀の中には、いくつかの荷物が入っています。

 黒い色のパンと、木の皿と、磁器の水差しと、麻の布と、砂色のワンピースと、黒いコート。

 それに、土笛と竪琴と、ふしぎな模様が描かれた石板です。


 土の匂いがしてきました。

 少女はくすり、と笑いました。

 向こうに村が見えてきたのです。

「ありがと」

 少女は、ライ麦の穂を撫でました。

 ライ麦の穂は、どういたしまして、と囁きました。


 ライ麦畑を抜けます。

 少女はお椀の中のものと同じ、砂色のワンピースを着ています。

 履いているのは、艶やかな革の靴です。

 そして、首からナイフをぶらさげています。

 小指の長さほどもない、小さな小さなナイフです。

 少女は手を振ってライ麦畑とお別れしたあと、村に向かいました。


 村の広場で、少女は荷物をおろしました。

 大きなお椀をひっくり返し、その上に座ります。

 足もとに、木の皿が置いてあります。

 少女は土笛を吹き始めました。


 子供たちが集まってきます。

 大人たちも集まってきます。

 少女が奏でる土笛の音色は、お母さんがうたう子守歌のように優しいものでした。


 少女の奏でる曲が終わると、拍手がおきました。

 少女は立ち上がり、両手でスカートのすそを持ちます。

 そして、左脚を少しさげ、膝を軽く曲げ、笑顔を見せました。

 それは、旅人の挨拶でした。


 少女は竪琴を持ちました。

 少女の白い指が弦を弾きます。

 少女はうたいます。

 それは、この世界ができるまでの歌でした。


 少女は、たくさんの歌をうたいました。

 この世界が生まれた歌、人間が生まれた歌、神さまが生まれた歌。


 この世界では、今までにいろんなことがありました。

 神さまが、人間をほろぼそうとしたことがありました。

 人間が、神さまをほろぼそうとしたこともありました。

 この世界は、その様子をじっと見つめていました。


 少女の歌は、この世界が生まれてからずっと、たえることなく今に続いている、ひとつの物語でした。

 それは、長い長い物語です。


 どれくらい経ったでしょうか。

 全てをうたいおえたとき、少女の周りは喜びの音に包まれました。

 足もとに置いてあった木の皿に、次々とコインが投げ入れられます。

 暖かい音がして、少女は満面の笑顔なのでした。


 村の人たちとひとときお話ししたあと、少女は荷物をまとめ始めました。

 すると、それを見ていた栗色の髪の少女が言いました。

「お姉ちゃん、もう帰っちゃうの、ですか?」

 少女は、にこりと笑って言いました。

「いいえ、今日はここに泊まるもの」

 栗色の髪の少女の顔が、ぱっと明るくなりました。

「明日もお歌、うたってくれますか?」

 少女はまた、にこりと笑うのでした。


 水が流れる匂いがしました。

 少女は言いました。

「川に連れていって欲しいの」

 栗色の髪の少女は、少女を河原に連れていきました。

 少女は、ふしぎな模様が描かれた石板を取り出して、足もとに置きました。

 そして、抱えて持ってきた三つの石を、石板を囲うように置きました。

 石の上に、大きなお椀を置きます。

 少女は革の靴を脱いで、磁器の水差しを持って川に入りました。

 少女は水差しに水を汲み、お椀に注ぎました。

 水がお椀の半分くらいになるまで、汲んで、注いでを繰り返しました。

 栗色の髪の少女は、興味津々でその様子を見ています。


 少女はナイフを右手に持って、左手の小指を少しだけきりました。

 真っ赤な血があふれました。

 そして、石板の上に落としました。

「わっ!」

 栗色の髪の少女が、驚いて声をあげました。

 石板の上に、燃え盛る炎が現れたのです。

 栗色の髪の少女は、琥珀色の炎を見つめています。

 その瞳は、炎に負けないくらい、きらきらと輝いています。


 少女は、着ていた砂色のワンピースを脱いで、お椀の中に入りました。

 大きく息を吐き、満ち足りた表情の少女なのでした。


 栗色の髪の少女が言いました。

「ふしぎ!」

 すると、少女はお椀の縁に腕を置いて、その上に顎を乗せて言いました。

「魔法、知らないの?」

 栗色の髪の少女は首を傾げました。

 どうやら魔法を知らないようです。


 少女はお椀から出て、麻の布で髪と体を拭きました。

 そして、新しいワンピースを着て、革の靴を履きました。

 魔法の火は、小さくなって、やがて消えてしまいました。

 少女は、古いワンピースと麻の布をお椀のお湯に浸け、ごしごしと洗いました。

 そのあと、ぎゅっと絞って水をきり、草の上に広げました。


 少女は、座って黒い色のパンを食べながら言いました。

「魔法見るの、初めてだった?」

 隣に座っている、栗色の髪の少女が言いました。

「今日が初めて、です」

 少女が言いました。

「あの火が初めて?」

 すると栗色の髪の少女は、ふるふると首を横に振って言いました。

「お姉ちゃんの歌」


 太陽が真っ赤になりました。

 少女は、黒いコートのポケットからなにかを取り出しました。

 それは、藤の花の髪飾りでした。

 それを見た栗色の髪の少女が言いました。

「きれい」

 少女は、栗色の髪の少女にそれをつけてあげました。

「あげる」

 すると、栗色の髪の少女は驚いて言いました。

「いいの?」

 少女はにこり、と笑いました。

 栗色の髪の少女もにこり、と笑うのでした。


 明日は、この世界が祝福する歌をうたいましょう。

 それは、この世界が人間を祝福する歌です。

 そして、この世界が神さまを祝福する歌です。

 とてもとても短い歌です。

 それでも、ずっとずっとうたい続けましょう。


 この世界の祝福がおわるその日まで。


 完

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一文一文が短かったので、読みやすかったです! [一言] 優しい文章ですね。(^_^) 炎を「琥珀色」と表現した所が個人的なお気に入りです。 いい話を読ませていただきました。他の話も、また読…
[一言] ふわわわ。優しい世界だ。どれもこれもが優しい。 彼女のうたう歌の中、人間と神とが争っても、世界は見守っていたというのに、なにか心がごとりと動きました。そっかぁ、世界って人間のものでもないけ…
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