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工作課警護事案078 One fine Day

 福沢は第1調査課の研究所を訪れた。理由は工作課出動事案234で用いられた特異科学の調査結果を得る為だ。事案自体は工作課によって解決した物の、事案から学ばなければならない物は多い。


 研究所は機構が事実上統治している幸矢市郊外の、山の中にある。建物は有刺鉄線付の高い壁に囲まれ、至る所に仕掛けられた監視カメラが無言で訪問者の一挙一動を記録する。正面門から建物に入る間に、何人もの武装した警護課職員とすれ違い、彼らの連れた犬に臭いをかがれる。


 警戒厳重に過ぎることは無い。この場所には、機構が隔て続ける特異科学そのものが安置、研究されている。例え職員であっても、容易にこの中に入る事は許されない。この場所に立ち入れるのは、調査課の職員か、彼らから許可された者しかいない。


「工作課課長の福沢です。笹原主任にお会いしたい」

「お待ちください。確認します」


 福沢に応対した警備課職員は、指紋認証機に手を置くよう勧める。福沢がそれに応じ、スキャンを受けている間、職員は端末で笹原主任から出された入場許可を確認する。


「確かに確認しました。主任は3階の研究室です」

「…ここは君一人か?」

「えぇ。建物の内部は警備課でも限られた人間しか入れないんです。緊急事態を除いて」


 ここまで厳重に外堀を掘れば、外部からの侵入や襲撃は防ぐことが出来る。その上で次に懸念されるのは、内部からの情報漏えいだった。情報に触れる人間が多ければ、多いほど、漏えいの危険性は高くなる。だからこそ、研究所は警備する人間からも隔離されている。


 隔離は物理的な物に限らない。研究所内のネットワークは、社会とは完全に独立したシステムで構築されている。外部からハッキングを仕掛けようにも、入り口はこの建物内の端末内にしか無い。これにより事実上、侵入は不可能である。


「もし、侵入者がいたとしても、外にはこれだけの人員がいますし、即応課も3分で現場に到着します。中に入れたとしても袋の鼠ですよ」


 職員は自信ありげにそう告げた。


 緩み過ぎだと福沢は警告しようとしたが、止めた。完璧な警護システムの上に慢心していたとしても、それは警護課の問題だ。


 福沢は無言で研究室のドアの前に立つ。防弾ガラスに囲まれた事務所の中で、職員はボタンを押し、福沢は中に招き入れた。


 研究所内も警備カメラだらけだった。死角を消すために至る所に配置されている。これだけの数があると、人の目だけで監視するのは難しいので、顔認証システムなどの監視ソフトが用いられているのだろう。そう思いながら福沢は、エレベーターのなかのカメラに見つめ返した。


「お待ちしていましたよ。福沢課長」


 エレベーターが開くと、そこに小男が立っていた。名札には笹原第1調査課主任とある。


「お出迎えありがとうございます。早速ですが…」

「福沢課長?」


 若い女の声だった。それに福沢が振り向くと、中村がスポーツドリンクを片手に立っている。運動をしていたのか、下はジャージに上はタンクトップと言う井出達で、首にタオルを巻いている。


「君がRight Armか。先日はご苦労だった」


 スポーツドリンクを握る腕が銀色の義肢だったこともあり、福沢は直ぐに彼女が何者かわかった。


「珍しいわね。捜査課の人間でもこの中にわざわざ立ち入らないわよ」

「笹原主任にお願いしてね。事案234のロボットの情報提供を受けに。君は何をしてるんだ?」

「何って、私の腕は1調の管轄だから、メンテと訓練と…たまに実験でここに居る」

「あぁ…そうだったな」


 Right Armの移植手術とその後の経過観察は、第1調査課の担当だった。中村にしてみればここに居る事は珍しくない。


「一応、よろしくお願いいたしますとでも、頭を下げるべきかしら?」

「いや、構わんよ。頭を下げられるような、男でもない」

「謙遜ね」

「それに今後、任務の為に死ねと指示する事もあるかもしれんしな」


 中村は笑った。地味な見た目の中年から、そんな言葉が出るとは思わなかった。突然、支部長が配置した課長というから、勝手に堅物と言うレッテルを張っていたが、中々肝が据わっている。


「その時はあなたが私に頭を下げるのね」


 福沢は苦笑しつつ、首を横に振った。中村に一本取られた形になる。


「中村さ~ん、そろそろ戻って下さ~い!」


 中村が背にした通路の奥で、髪を三つ編みに束ねた女性職員が手を振っていた。中村はそれに返答すると、自分の用事に戻っていった。


「こちらには協力的なんですよ。彼女」


 笹原がポツリと呟く。


「捜査課や即応課とは問題が多いらしいですが、ここではそんな事は一度もありません。どうも彼女は、組織と言う物に疑念があるようです。調査課は捜査課なんかと比べ、序列意識が薄いので」

「参考になります」

「いえ。余計な事でした。それではこちらへ」


 笹原の案内で、福沢は彼の研究室に足を踏み入れた。中は書類の他、様々な実験器具で溢れていたが、整然と整理されており、雑然な印象は無かった。その中の一角、おそらく強化プラスチックでできた容器の中に、金属片が置かれていた。


「これが例の特異科学です。その後の調査で、これが単なる金属片ではないという事もわかっています。このパーツには、経験を蓄積する。いわばメモリーカードのような性質があるのです」


 マジマジと金属を見つめる福沢に、笹原はそう説明した。


「つまり知能があると?」

「いや、単体だと知能と言うほどの物はありません。複数のパーツが組み合わさる事で、単純な指示を理解し、さらに増える事で自律機能を獲得します」

「一体、何で出来ているんですかこれは…」

「残念ですが。それをお教えすることは出来ません。構成されている物質が、あまりにありふれたものだからです。それを特定のタイミングで、特定の手法により加工する事で、このような振る舞いをするパーツを作ることが出来る。私が言えるのは、ここまでです」


 福沢はそれに黙って頷いた。


 事案を発生させた人物が、7歳の少女という事で、これが身近な物質で作られたことは容易に推測できた。これはあまりに簡単に作られすぎる。そして、簡単に作られるが故に、決して外に漏らしてはならない。


 秩序に従わない人間がこの特異科学を手にしてしまえば、発生する事案の規模は234どころの話ではないからだ。


「研究者としてこういう事を言うのは、どうかと思いますが。私には科学者が魔法使いか何かかと思う事があります。我々も自然を研究します。ですが、彼らは我々の長年の研究を一気に飛び越えて、その自然に手を加えてしまう」


「そして時に人類に変革をもたらす。その変革に人類が気が付くのは、何時だって後になってから…。もし、このパーツによる事案が発生した場合は、どう破壊すればよろしいですかな?」


 福沢は話を元に戻す。それを聞くために、ここまで来たのだ。


「熱ですね。この金属は大よそ1800度程度の熱で融解します。中村く…いえ、Right Armのプラズマ収束拡散砲でならば、パーツを消滅させる事も出来ますが、そこまでの威力は必要ありません。1800度の熱に晒すことが出来る武装の使用をお勧めします」


 笹原は確信の籠った説明をしたが、福沢は額に手を当て、困ったように尋ねる。


「主任。私の知る限り、1800度の熱を浴びせる小型火器はありません。火炎放射器でも密閉したコンクリート内で1500度程度でしょう」

「テルミットは?強襲課でも使用していると聞きましたが?」

「確かにあれなら3000度以上は出るでしょうが、用途が限られます。動かない設置物を破壊する為の物なので」


 破壊するのに厄介な代物のようだった。そもそも、現在存在する兵器は人間に向けて、あるいは彼らの駆る兵器に使用する事を根底に設計されている。銃だけとっても様々な種類はあるが、機構による科学技術の停滞方針により、基礎技術はそのままで、目新しい物は生まれていない。


「そうなると、新型の火炎放射器を開発する必要があるでしょうな」


 笹原はそう結論した。あまり兵器には明るくないらしい。


 福沢としては既存の武器で対応できるようにしておきたい。新型の火炎放射器など、開発にどれくらいかかるか予想もつかない。大体、火炎放射器自体、時代遅れの兵器だ。


「破壊に拘らずとも、例えば機能を強制的に停止させる方法は?」

「それでしたら、磁力でしょう。パーツ内で蓄積されたデータを破壊することが出来ますから」

「磁石ですか」

「ロボットのサイズにもよりますが、あの事案で確認された最大規模になりますと、大型の磁石が必要でしょう。ほら、廃車を処理する時に使う様な」


 福沢はテレビか何かで見た大型磁石付のクレーンを思い浮かべた。


「なるほど。どの道、既存の装備での対応は難しいという事ですか」

「えぇ。これらは常に私達の想定を超えています。だからこそ特異科学なのです」


 それから福沢は笹原に、ロボットの特性について説明を受けた。その途中で笹原が気を利かせて、コーヒーを淹れると立ち上がった時に、福沢はこの研究室の天井にもカメラがある事に気が付いた。


「幾ら規則とは言え、コーヒーを飲む所まで監視されるのは良い気がしないのでは?」


 福沢は世間話のつもりで笹原に聞いた。


「あぁ…あのカメラ、実は動いてないんですよ。後ろの接続具をちょっと細工すれば、簡単に切れるんです」


 お湯を注ぐ手を止める事も無く、さも当然のように笹原は答える。


「勝手に切るのは規則違反では?」

「それには反論できません。ですが、調査課ではよくある事と言う奴です。外部には出せない研究をする中、警備カメラが動いていると余計な記録を残す事になります。この事については警備課も、理解しているのか何も言ってこきませんし」

「余計な事かもしれませんが、それでは警備に穴をあける事になりませんか?」


 笹原は福沢の話に不快感を出すことなく、湯気の立つマグカップを2つ持ってきた。


「それは調査課職員による内部漏えいの危険性を言っているのですかな?」

「いえ、疑うわけでは」


 笹原は声を出して笑った。


「あり得ませんな。私達は唯の研究員ですよ?機構を敵に廻して、逃げ切れる人間なんていやしませんよ」


 福沢は差し出されたコーヒーを受け取る。


 確かに、機構に目を付けられて、逃げきれるはずもない。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 福沢が工作課のオフィスに戻ると、田中が資料の束を差し出してきた。


「警護課からの救援要請です」


 そう言われて福沢は1枚目の書類に目を通す。内容は数日後、科学者1名が保護区である幸矢市内から外に出る為、工作課に警護を願うと言う簡素な内容だった。


「わざわざ、自分たちの仕事を工作課に廻してくるとはな。何が問題なんだ?」

「2枚目に外出申請書があります」


 言われるまま、福沢は2枚目をめくる。


「ソルシエ・トロイカの新作購入の為…。何だこりゃ?」

「私も意味が分からなくて調べてみたら、ソルシエ・トロイカはニューヨークに本社のある女性向けのバッグなどを扱う会社でした」

「じゃぁ、新作ってバッグの事か?幸矢市に無くても、ネットで注文できるだろう?なんでわざわざ…」

「どうもソルシア・トロイカの銀座店舗限定で販売しているバックが目当てのようです。3枚目に画像を用意しました」


 福沢が書類をめくると、黒く艶のあるバックの写真があった。わざわざ、値段や大きさ、選べる色まで捕捉されている。


「ご丁寧にどうも。だが、バック買いに行くだけなら、警護課の人員で十分だろう」

「たまにあるんですよ。大したことない外出理由に工作課を引っ張り出す事が。保護対象が外部に出る時、大概は冠婚葬祭とかやむを得ない事情なんですが。時々、こうした変な理由で外出許可申請が出されるんです。どうも警護課はこういった事にモチベーションが上がらないようで…」


 明らかに警護課の怠慢だが、何故か田中は申し訳なさそうにそう説明した。


「なるほど、大した理由じゃないから人手を割きたくないわけか」

「えぇ。それと申請を出した科学者なんですが…」


 福沢は2枚目に戻る。名前の欄には、ジュリアナ・パスとある。


「日本人じゃないのか?」

「いわゆる移送組のようです」


 科学者の保護は可能な限り、本人の負担を減らす方向で実施される。その為、日本国籍を有しているのであれば、例え国外で保護されたとしても、希望に応じ日本支部の保護下に入ることが出来る。逆に保護された国外の支部の保護下に入る事も可能だ。


 しかし、中には例外的に、本人の希望と関係なく他国支部の保護下に入る人間も存在する。その科学者が母国内に留まる事自体が危険と判断される場合もあるからだ。

機構内では俗称として『移送組』と呼ばれている。


「移送理由は?」

「本人の安全の為としか記載されていませんでした。政治亡命による物ではないようです」

「彼女の母国は?」


「コロンビアです。コロンビア支部に情報提供を願いましたが、返事は頂けていません。本部を通してくれと言われたきりで」


 福沢はそれに相槌をうちながら、資料を目にする。


 他国支部がセキュリティの問題から情報を出し渋るのは珍しくない。時間はかかるが、正規の申請を行えば、情報は手に入る。しかし危険性の見極めをせずとも、外出申請が受理されたのなら、日本国内で彼女を狙った誘拐事案などは、未遂も含め一切なかったのだろう。そうであるなら、特別警戒も不要なただの警護事案である。


「移送組である事は気になるが…。確かに面倒だから投げて来た仕事だな」

「えぇ。面倒です。警護対象は日本語が全くできないそうで」


 福沢は苦い顔をした。


「コロンビアとなると…スペイン語か」

「私もスペイン語は全く分かりません。今から急いで、勉強したとしても、彼女の喋るスペイン語について行けるかどうか…」


 その国の言語が話せないのも、移送組によく見られる傾向だった。幸矢市内であれば、言語ボランティアもおり日常生活で不自由は無いだろうが、警護事案にそう言った機構職員以外の人員を参加させるには、許可に時間がかかる。そして、危険が及ぶ可能性を理解し、同意書に捺印を押してくれる民間人がいるのかもわからない。


 また、他の課からスペイン語が堪能な職員を頼む事になるとしても、警護任務の経験がある事が絶対条件だ。その手の素人が来て、もし万一の事があれば責任は工作課がとることになるのだから。しかしながら、その警護任務の経験を有する職員を、一番保有している警護課は、最初からこの警護事案に関心がない。


 然程危険は無いとはいえ、警護対象と警護員でコミュニケーションが取れないのは問題である。だからこそ、なんとしてもスペイン語の喋れる職員を確保しなければならない。


「Check Sixに連絡しろ。あいつならスペイン語位話せるだろう?」


 福沢は記憶した人事表からCheck Sixの情報を取り出した。彼の経歴ならば、スペイン語は理解できる。


 だが、その指示に対し、田中は露骨に嫌そうな顔をする。


「Check Sixですか?」

「何か問題か?」

「警護対象が女性。それにCheck Sixを当てる。それが、どういう事かはわかるかと…」


 福沢は部下の進言に頷いた。『女性との不適切な関係多数あり、女性に近づけるな』。それが福沢の頭の中でCheck Sixに張られた付箋だ。


「田中。お前の役割は…」

「わかっています。何とか、問題の無いように行動します」

「そうしてくれ。だが、何ともならんようならば俺に相談しろ。その前に、会ってみるか。Check Sixと…」

「誰かのベッドで横になっていなければ、『すぐ』来るでしょう。連絡します」


 そう言って田中がオフィスの電話からCheck Sixの携帯端末に連絡を入れる。直ぐつながったが、用件を伝えると向こうから一方的に電話を切られたようで、受話器をそのまま置いた。


 そして、置いた傍から直ぐに電話が鳴る。田中は呆れた顔で受話器を取り、一言つぶやく。


「聞かれる前に答えます。どうせ、ドアの前に居るんでしょう?」


 するとオフィスのドアが開き、白いスーツに青いシャツをだらしなく着込んだ背の高い男が入ってきた。顔立ちは鼻が高く、堀が深い。アングロサクソン系に見えるが、何処か東洋的な顔立ちだった。


「田中ちゃん、ノリ悪いよ。嘘でも、『いつの間に?』って顔してくれなきゃ…俺がスベったみたいじゃない?」


 男はそう屈託なく笑った。


 正式名称、Check Six。


 元民間人、前科あり。交渉事案と、非武装である事を条件にした警護を担当する。


 通常使用許可名、マイク・E・篠塚。


「それで今日はどこからやって来たんですか?」

「ん?家の近くのイタリアンから」


 食事中だったらしい。


「ちゃんと会計済ませてから来たんでしょうね?」

「大丈夫。ツケが出来る店だから。…あぁ、あなたが課長さん?初めまして、マイク篠塚です。気軽にマイクって呼んでください」


 そう言って、篠塚は満面の笑みで手を差し出した。福沢はその手を握る。


「工作課の課長になった福沢だ。呼び名は何とでも」

「どうも。一応、この国の慣習に合わせて課長と呼ばせてもらいます」

「まるで日本と縁遠いような口ぶりだな」

「縁遠いと言うか…。生まれは日本ですが、海外を飛び回る生活をしていたので…」

「知っているよ。経歴は確認させてもらった。英国支部との『アレコレ』もな」

「そうですか。いやぁ、お恥ずかしい」


 そう言いながらも、篠塚は悪気も無く笑顔を浮かべている。挨拶がひと段落した所で、田中は篠塚に、今回出された警護事案の書類を渡す。篠塚は福沢のように一枚一枚確認する事無く、書類をパラパラとめくり、内容を流し見する。


「何々?へぇ、トロイカのバッグか。中々いい趣味してるじゃない?俺もねだられてたっけなぁ」

「バッグは問題ではありません。篠塚さんは、スペイン語出来ますよね?」

「おう、出来るよ」

「それでは彼女の通訳をお願いします。警護に関しては、私が担当するので」

「何?田中ちゃんが警護するの?」


 今後、田中が現場に出る事はメールで通知していたはずだが、中村とは違って全く読んでいなかったようだ。田中はため息をつく。


「あぁ…ごめんごめん。今度からメールは読むようにするよ」


 言葉とは裏腹に、まったく悪びれる様子は無い。謝るだけまだマシと田中は自分を慰めた。


「OK。警護対象についてはわかった。ばっちり、通訳するから任せておけよ」

「口説かないでくださいね」

「それは俺の話を聞く彼女次第…かな?所で警護計画はどうなってんの?」


 田中は自分のパソコンを指差して、現在制作中であると伝えた。すると、篠塚は田中の椅子に馬乗りになって、パソコンを覗き込む。ささっとスクロールして、また内容を流し見ると、怪訝な顔で田中を見た。


「た・な・か・ちゃ~ん。全然、わかってないよね?」

「まぁ…基礎警護手順を丸写しにしたような計画なので、今回の事案に適したものか自信が無いんですが…」

「そういう事じゃないよ。昼食は何処で取るの?」

「は?」

「わざわざ、銀座に出るんでしょ?武装局印の携行食でも彼女に齧らせるわけ?あり得ないでしょう。せっかく束の間の自由の身を楽しむんだから」


 田中はそれに返答する事も無く、頭を抱えた。この男を今回補佐するのである。それ自体は別にかまわないが、状況が悪すぎる。


「それと。機構の用意した車なんかに乗せるべきじゃないね。デザインがおっさん臭いし、内装なんて最低だ。デカい無線機に、後部座席の間仕切り…。そうだ!田中ちゃん、車買ったよね!」

「なんで知ってるんですか?」


 田中は青い顔で、篠塚に詰め寄った。車を買ったのは事実だが、工作課の職員に教えたことは無い。


「ん?田中ちゃんが車買ったディーラの受付の紗枝ちゃんって子。実は俺のガールフレンドでさぁ」

「何人いるんですか?」

「俺は何人いるかよりも、これから何人と付き合えるかが重要だね」

「おい、その女。なんで田中の事を知っていて、お前に話したんだ?」


 福沢が厳しい声で篠沢に問う。車の購入とは言え、田中の情報は機構外の人間が知るべきではない。さらにそれを、本人の知らぬ間に誰かに伝達する等、起きてはならない事であった。


「車を買うのにカードを使わず、その場で現金で支払った奇妙な客の話を聞いて、それで田中ちゃんだと思っただけです」

「本当か?」


 福沢は田中を見た。


「私は戸籍自体がありませんから、銀行口座も作れないんですよ。だから給与は現金で手渡しです。免許は機構が用意してくれましたが…」


 田中の運転免許や、業務に必要と認められる公的資格は機構が用意する事できた。車両保険も機構の職員組合に加入することで何とかなる。しかし、金融機関は民間企業の為、機構が介入するわけにもいかず、今も口座が作れなかった。


 福沢は田中が特殊な経緯で生まれた人間である事を思い出し、相槌をうつ。


「あぁ…なるほど」

「それに情報漏えいについてはご心配なく。俺はガールフレンドにも、自分が工作課職員だと教えていません。その方がミステリアスな演出にもなって、付き合いが上手くいくもので」


 軽薄な生活をしていても工作課職員としての自覚はあるらしい。事実、女性が絡まなければ、篠塚は優秀だった。特に交渉技術に関しては、工作課では数少ない専門家である。


「まぁそういう事なら、俺も口は出さんよ。まぁ補佐する田中の負担もあるから、任務中は、ほどほどにしてくれ」

「理解のある上司がいてくれて助かります」


 そう篠塚は笑う。田中はため息をつく。


 福沢はそんな田中に声をかける。


「それと田中。警護計画だが、マイクの案でいいんじゃないか」

「マジですか?」

「マイクのいう事にも一理ある。お前は工作課職員として、機構の外にも出る事が出来るが、保護を受けている人間はそうもいかない。保護事業は保護を受ける科学者達の協力なくしては成り立たない。そんな彼らの負担を軽くするのも、大事な役割だ」

「まぁ…仰ってることはわかりますが」

「お前だって化け物扱いされて檻に閉じ込められ、あれこれ制限されたら嫌な思いぐらいするだろう?」


 田中は顔をあげ福沢の顔を見た。化け物扱いという例えが気にくわなかったわけでは無く、自分を知る普通の人間にそこまで露骨に酷い例えを使われる事が新鮮だった。田中の出自を知り嫌悪を抱く人間は、近づいて来ないか余所余所しい態度を見せるしかしない。


 例外は工作課の職員ぐらい。全員、似たり寄ったりに人間離れしている為、気を使わないし、田中も気にしない。


「それにCheck Sixもいる。例え何かあっても、彼がそばに居る限り、警護対象は無事に離脱できる」


 確かにCheck Sixの先手を取る人間は多くは無い。そのズル賢さと特異科学により、英国支部工作課ですら、彼には手を焼いた。


「わかりました。警護計画は篠塚さんにお願いします」

「警護計画って言いかたは堅いなぁ。デートプランでどう?」

「…ハハハ」


 田中は乾いた笑い声をあげるしかなかった。


 Check Sixが居れば、何が来ようとも警護対象は守られるだろう。ただし、Check Six自身が警護対象に何かするかもしれないが。

 







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