登場
その日、冒険者立会いの下で水軍が正式にセキュワ大島の群れを駆逐したことを発表した。これからは海上で蜥蜴人の掃討を行うということだった。デボンはいよいよ追い詰められたと感じていた。冒険者は水軍の軍用帆船にも分乗するということだった。冒険者と水軍、合計で三隻の船がセキュワの東と西、南の三方向で蜥蜴人掃討は実施される。要するにその間、船で通行すれば簡単に見つかってしまうということではないか?一方で、住人達はようやく自分たちが打って出るということで、今までの確執も忘れて歓声をあげていた。
デボンは自室の窓から外を見た。
この日のセキュワは青空に取り囲まれていた。少なくとも、街から見える範囲に雲は無い。
そして街の通用門――つまりキシュウ地方につながる陸の出入り口には人だかりができていた。街で彼らをボランティアにしていた住人、港で仲良くしていたらしい水夫たちは、ひと足先に帰っていく海の大地人たちを見送りに来ていた。
デボンは裏切りをまざまざと見せつけられた気がしていた。
視線の先には荷馬車とそれにつながれた二頭の馬。しかしその馬、荷馬車、御者のすべてにおいて大地人の普通と違っていた。御者はローブに杖を持った冒険者だった。ということは呼び出した馬はもちろん召喚生物。トラックの荷台のように長大な荷車の周囲には護衛の冒険者がついてパーティーを組んでいる。
救援隊は荷馬車と一緒に街の広場へ集められ、コンテナ級のチェストを運びおろしていた。荷馬車用の設置アイテムがもつ容量は、現実世界の百分の一ほどの大地人人口とも相まって街を2、3日は養えるだけの能力があった。救援隊の冒険者たちは即席の配布所でアイテムを配りながら、空の荷台に相乗りしていく大地人を募集していた。通用門の馬車の中には戻る船が無くなった水夫だけでなく、街になにかしら用のある大地人や孤立した旅人らが乗り込んでいたのだ。
冒険者が本当に大量の物資を持ち込んで、外との交通の扉をこじ開けてしまってから、デボンのもとについている手下は借金か何かで離れられない奴しかいない。すべてデボンが与えられる以上のモノを冒険者は街に与えている。おかげですっかり人が離れ、距離をとりだした。ディアノーグの船長が唯一の頼りになってしまった。街への寄贈をさせられたあと、ようやく一隻ぶん荷役を終わらせたが。大損害だ。もうセキュワにはいられんし、どこかで手持ちの商品をさばいて身を隠さねば。水夫どもはワシを冒険者に突き出すと息巻いていると言う。まったく気配を感じ取れんが、邸宅の中に何者かが――十中八九、冒険者なのだろうが、確かにいるようだ。
デボンは出来る限り静かに、カーペット下の隠し扉を探った。なんにせよ、もうすぐ家に自分を捕らえようとする一団がやってくるのだ。デボンは今にも音を立てそうな金具を恨めしそうに見ながら、そろそろと持ち上げた。そして取っ手をつかんだまま、ゆっくりとはしごに足をかける。こうすれば、一階の隠し部屋に行ける。その後は地下道だが。しかし冒険者も完璧ではないことが救いだな。これで船の方へ行ける。
デボンは上下開きの扉をゆっくりと閉じた。
「オスカー、救援隊が到着したぞ。午後にも第一陣がキシュウに再出発する予定らしい」
バレンツがシクシエーレ支部長へそう告げた。
「本当か、見立て通りになったんだな。それじゃあ俺がキシュウ支部に伝えとく」
「救援隊は自分で到着を連絡したと思うが……?」
「こういうのは受け手からも確認したことを言っておくもんだよ。幹部会でもつっこまれるだろぉからさぁ……」
ため息が言葉に混じった。念話先で頭をついている姿が想像できる。
「はぁ……。いや、そうじゃなくて。お前、他に何か言うことは?」
オスカーが発する言葉の雰囲気は救援隊のことを根掘り葉掘り聞きたいという感じではなかった。
念話でオスカーと話すバレンツはニョルズ号の上にいた。そのニョルズは、外輪を回して湾の入口へと向かっている。その甲板の上に部外者が立ち続けることは出来ない。
「まだキーアイテムは手に入れてない」
「おい。進展なしじゃないだろ、ストレートに聞かせてくれ」
「デボン邸をいくら調べても、何も見つけられなかった。ヒントしかない。どうやら、俺達を警戒して箱に入れて封印したらしい」
「そうか。……それで?」
「その箱が。デボン所有の船舶に積まれた荷箱の中に紛れ込まされたらしい。水夫たちを連れての抗議にかこつけて答えを聞き出そうってプランなんだが……」
バレンツのセリフは空中で途切れた。
「まだ何か起こるのか?」
オスカーはそう訊ねた。怪訝な感じもない。クエストには、特にこのようなストーリークエストにはなにかしらのアクシデントがあってしかるべき、という思いが前提としてあるからだ。バレンツも同じだったが、まだあやふやなところがあった。
「分からない。救援隊がやってくるまでにセキュワ大島の討伐が一段落ついたから、これから水軍と一緒に掃海作戦の始まりさ。あのセキュワ大島の討伐で島から逃げ出したり、寄りつかなくなったりしたのもいるだろうし」
そう言うと、自分の言葉を裏付けを求めるように背後を振り返った。水軍がセキュワに派遣した二隻の軍用帆船は、ニョルズを頂点にいただく三角形をつくっていた。大きく広げた帆には不自然な風が後押ししていた。
「水軍に頼んでうちの奴らも乗せてもらった。もし蜥蜴人の大群に鉢合わせてもなんとかなるハズだ。キシュウ地方につながる通用門には救援隊の冒険者がいるし、デボンは包囲したも同然、と思いたいな」
要するに、まだ残っている蜥蜴人が襲撃してくるのを警戒しているのだ。その時は、座視してはおけないだろう救援隊をムルムルが誘導しつつ、シルキィ・二之丸が裏帳簿を確保しにいく手筈だ。
「逃げ出したらどうするんだ?お前たちが展開してる間に」
当然過ぎる質問をした。バレンツも答えは用意してあった。
「二之丸が外から見張ってる。中にはシルキィがいるから、そうめったな事は起きないハズだ」
掃海作戦を行うために、ニョルズはボイラーにサラマンダーを迎える必要があった。水軍の軍船にしても、もしもの為に風の精霊を使える召喚術師が、カルート班と、シルキィ班のメンバーを預かったペテロに組み込まれてそれぞれに乗り組んでいる。
オスカーは少し間をあけた後で一言いった。
「そう願いたいな」
「バレンツ、念話が長いよ」
オスカーとの念話が終了すると、ウィンドウを閉じる間もなく次の念話が入ってきた。水夫たちを引き連れてデボン邸へと向かっているはずのムルムルが、珍しく怒ったようにピシャリと言い放った。
「報告を入れてたんだよ……何があったんだ」
「デボンがいないんだ」
「なに?」
いきなりのアクシデント。とはいえ、それはもっとも起こりそうなヤツだが。
「地下道を、使われたんだと思う……二之丸も見てないし。そっちに妙な船は?」
「いや――」
「ならいいんだ。こちらは西側の港を探す。そちらもニョルズだけでもいいから、援護してほしいんだ」
今までの焦りが噴出して早口で話すムルムルに、バレンツも腹の奥に冷気が流れ込む感じがした。だがムルムルはもっと焦りを感じていた。デボンの部屋は二階にあるはずなのに、どうやって地下道なんて……!
「分かった。俺達はもう沖に出るから――」
バレンツは不本意ながら会話を途切れさせざるを得なかった。船上に響く警告の叫び。気泡が割れる音がやけに大きい。
「どうしたんだい」
ムルムルが怪訝そうに訊ねる。バレンツは直感していた。
「ボスの登場、だ」
数拍の間に港にいる誰もが気付くほどの気泡が海底から立ち昇っていた。何かがせりあがっている。ついに巨大な影が水面を突き破って現れた。
「クエストボスか……!やっぱ来るよな」
バレンツがつぶやいた。通話中の念話がムルムルの驚きを伝えてくれた。カルート班から応援でやってきた吟遊詩人が船首の方で声をあげる。
「名称は――イラプレシオン!レベル45!レイド×1!」
「フルレイドランクのボスモンスター!?」
登場したクエストボス――イラプレシオンは異様な姿をしていた。首長竜の基本的なフォルム――胴体プラス尻尾と同じほどの長さを持った首、完全なヒレ状の手足を持ったクジラのように巨大な爬虫類的生物。イラプレシオンは、体から炎をあげていた。いったん全身が化石や化石燃料になってしまったものを再び恐竜として組み上げたような姿だった。白くなった炭のような骨格にまとめ上げられたアスファルトっぽい石の皮膚。石油のような血液を流す血管が全身に、それこそ紋様のごとく張り巡らされている。海水を被ることの少ない頭からは火が顔を覆って、白濁して死んだ目がなぜか爛々と輝き、浮き上がっていた。咆哮をあげようと口を大きく開いた。しかし声はいっさい発せられず、耳が痛くなるほど火が爆ぜる音だけが港中、いや湾の内側に轟く。
「もしかして――こいつから逃げてきたのか!?」
火の粉から顔を腕でかばいながら叫んだ。ムルムルに一言いってから念話を切り、すぐさま氷雨にコールする。
「氷雨!知ってのとおりだ、スピード上げろ!やってくれ!」
セリフの後半は、ニョルズに乗り込んだシルキィ班の妖術師も含めたルーシィたち攻撃役にも向けられていた。まもなく呪文が発動した。
ソーサラーの魔法、〈ブレイジングライナー〉の火炎の奔流と〈デリュージ〉の洪水さながらの水流が、ほぼ全身が化石燃料と化した首長竜へと殺到する。
下流へとモンスターを押し流す火炎流はイラプレシオンを燃え上がらせ、後に続いた水流がその炎すべてを力ずくでかき消していく。さすがのレベル差も手伝って、多少のダメージが入っている。が、それはレベル差からすると本当に少ないものだった。技の衝撃に後ろへと流れた首は、気の高ぶりと呼応してその半ば露出した骨格が赤熱した。充血したように赤い網目を呼び出し、血の代わりに油を流す血管に火を灯す。再び前を向いたイラプレシオンの視線はニョルズに向けられていた。口からは息をするたびに炎が噴き上がっている。
「さすがに、炎や水の属性攻撃は、効果が薄い」
「ああ。だが、確認できただけで良い。それに注意がニョルズに向いた」
船首へ向かうバレンツに氷雨が並んで言葉を交わした。
ぐんぐん加速するニョルズを燃える海の恐竜は追い続ける。もうすぐ肉薄できそうなほど近くへ接近していく。
「よし、じゃあいくぜ……!」
そう言うとバレンツは甲板上で駆け出し、左舷の縁から大きく跳びだした。
使用するのは〈メイレイン〉。お気に入りの高速五連突きに反撃を試みるかのように首をのけぞらせたレイドボス、それは全身から真っ黒いコールタールを溢れさせた。嫌な予感を覚えたが、跳躍の最中でむやみに動き回るというわけにもいかなかった。一転して漆黒にコーティングされた首長竜に剣撃を浴びせる。反動でニョルズの甲板に戻ろうとするとき、燃える水棲獣は痙攣した。まるで犬が体の水を切るように。そして、赤熱。
「うおぉぉぉっ!?」
一瞬エリマキトカゲのように炎の傘を開いた。その美しさの代償を背負ったバレンツは、燃焼の追加ダメージを負っていた。さらに、もろに被ったタールのおかげで持続時間が長く、被ダメの威力が大きい。何とか足で踏ん張ったが、80度のシャワーを浴び続けているようだ。正直めちゃくちゃ熱い。直撃のダメージが二割、継続ダメージが一割くらいか?
「バレンツ!大丈夫!?」
ルーシィが駆け寄ってきた。手に回復用ポーションを持っている。バレンツはそれを恨めしそうに見やった。多少はなにかしらボス戦があるかもと思っていたが、用意は少ない。
スマートに戦うならアイテムの使用は少ないほど良い。アイテムを使うのはどこかで無理があることを示しているからだ。メンバーはパーティー級のボス相手ならどの班があたっても大丈夫にしていた。もし船上戦闘になっても三班は各々でバランスのとれた構成になっている。
ただ、今はレイド戦だ。例えいかに相手が格下であっても、スケールの差でダメージ量は侮れない。特に水軍はそうだ。攻撃を食らえば一撃死もありうる。彼らとって敵は明らかな格上なのだ。
「大丈夫だ、悪いな」
ポーションの効果で状態異常が解除される。その間に呪歌の支援がかかった。この班には回復職がいない。壁役もだ。ムルムルもペテロも、別々でメンバーを率いている。それなのに水軍が乗っていないのはニョルズだけ。バレンツたちは持ち前の高火力で注意を引きながら生き残らなくてはいけない。
「レイドボスの攻撃はニョルズに肩代わりしてもらうしかない」
バレンツは言った。不安そうな色が見える。
「でもこれは逆にチャンスだ。ダメージは大きいから、素早く沈められればこっちの被害も抑えられる」
「仕方ない」
そう言うと氷雨も新たな特技を使う兆候を見せた。戦技召喚〈ミョルニルの鎚音〉。打撃系、雷属性をもつ一撃は強烈な稲光と雷鳴を撒き散らしてイラプレシオンに直撃した。
「雷属性は、まだ効くみたい」
氷雨はそういって口角を少し持ち上げた。笑顔を見せているようだった。
「回復薬の消耗は、抑えないといけない。二度目は、多分ない。確実に決めよう」
氷雨はきっぱりと言った。
「それに、ニョルズが壊れたってオスカーの肩の荷が増えるだけだ。だから安心して、全力でいくぞ!」
バレンツがそういって鼓舞した。脳裏には自分もあちこちに連れ回されるビジョンが見えないでもなかったが、全力 見ない振りを続けた。
「……!来るぞ!」
警告の叫び声が上がる。イラプレシオンは前ヒレを振り上げ、ニョルズに飛びついた。
嵐のような縦揺れがニョルズを襲った。首長竜はニョルズを押し込めるように船首にのしかかっていた。延焼を防ごうと氷や水の魔法が断続的に飛ぶ。
「よしチャンスだ!」
バレンツはもう一度、突撃しに走った。今度はあの炎の傘も使えない。カルートやペテロたちもこの機会を逃しはしないと必死だった。二隻は一列になって全速力で突入し、魔法や矢の範囲にボスを入れてきた。周囲には砲弾も落ちてくる。
イラプレシオンは噛みつきや頭部を鈍器のように振り回してきたが、袋叩きにあいすぎてニョルズから離れていった。
イラプレシオンは首を振って船を見ている。が、やがて首を海中に引っ込めると、ぶくぶくと気泡を残して泳ぎだしていった。湾の内側、ニョルズや水軍のほうでなく、セキュワの外――キシュ 地方の近海へと。そこは海洋のゾーンに設定されていた。
「クソッ、エリア移動するのか。面倒な」
そうはいうものの、内心ではホッとしている部分があった。ダメージとしてはすでに二割分の傷をボスに与えている。だがエリア移動をしてくるからには、HPの減少がトリガーになっているはずだ。展開のテンポが早いから、恐らくはレベル差のおかげで相手が手の内を見せる前に追い出したんだ。とにかく、街や港に被害が出る前に場所を移せて幸いだが、戦闘としてはこれからが頑張りどころになるだろう。
ニョルズはタールで薄汚れた船首を掲げて進み出した。カルートとペテロに率いられた水軍の軍用帆船も、火の気を失わない炭と化石燃料でできた首長竜と揉み合いを演じた旗艦に続いていった。
次回、急転直下の最終回!次話でラストです……
ご指摘にあったクエストボスのランクを修正しました!自分にも間違いを教えてくれる人がいてうれしい限りです!