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追跡

ウェストランデとイースタルを結ぶ航路上でも重要度の高い港町であるセキュワは、他の隔絶した町村と違って小都市並みに充実した町並みを持っている。さすがにヨコハマやサカイ、シクシエーレといった第一級の港湾都市にはかなわないが、広い港、大きな倉庫、たくさんの旅亭、石や瓦が使われた屋根を持った家、舗装された道路がある。人口もそこそこ多い。そんなことだから家々が密集して裏道がたくさんできているし、高みを求めて銭湯や工房やらから突き出た煙突がそこかしこに点在している。

(絶好の、ロケーション)

氷雨は心の中でつぶやいた。

『シルキィだ、順調に尾けている』

『こっちもオッケーっス。皆がよく見えるっスよ』

「……二之丸は、どこにいるの?」

『ん?煙突の上っスよ。そこぐらいしか場所がないっスからねぇ……』

「ばれない?」

『道から反対の方にしがみついてるっス。さすが冒険者補正って感じっスね』

パーティ・チャットから聞こえてくる声に向かって言いながら、二之丸は手を額に当ててはるか先を見つめていた。二之丸のサブ職業"見張員"の特性は、注目時に、ターゲットした標的の識別力を引き上げる。アイテムを併用すればもっと距離を引き延ばすことができ、これで皆の目となっている。ゲーム時代はミニマップの敵影ドットにカーソルを合わせるとモンスターの情報が追加されたりといった情報アドバンテージを得る効果が多かった。今でも基本的には変わりない。二之丸なら遠くのモブに焦点を合わせてもステータスウィンドウをのぞくことができる。

二之丸は目を細め、眉間に力を入れた。シルキィがどこから尾行しているのかはよくわからないが、通りで世間話をする住人たちの間を小走りで行く船長を見つけるのは簡単だった。

『よしよし、良い感じっス。こっちは捉えたっスよ。シルキィもその辺にいるんスね』

『ああ、もちろん。裏道に潜伏している。まあ視線を向けられても彼らにはわからないから安心だな』

シルキィのサブ職業は"密偵"。周囲や室内に他のモブがいないときにはコマンド作業や移動速度が加速し、逆になると周囲のモブの姿に変装したり、周りの背景に擬態することができる。熟練度が増せば、足音や物音からプレイヤーに警告を出したりとかの機能が増えたり、スキルの精度が高まったりする。

ミナミの一件で自分たちのギルドが吸収されてしまう前はバレンツたちが先遣隊になることが多かったら、自然と捜索系・探知系のサブ職業を持つメンバーが多めだった。

氷雨とムルムルは通りを歩きながら話を聞いていた。氷雨は視線をあちこちに動かしていた。

「船長がクエストのキーアイテムを持っているのかな?」

『ミシェッド侯爵の探し物は彼の上司が持っているはずだよ。警備をしていた時に船を探ってみたが、それらしいのはなかった』

シルキィがチャットを通じてさらっとそう告げた。なにしてんスかっ!と二之丸がとつこっこむのが耳に入った。

「上司って。あのデボンとか言っていた人かい?」

『そう。食事の席で話を聞かせてもらったんだが……どうやら街でも裕福な商人らしい。愚痴も言っていたな。まあそれはいいとして、彼は大きな邸宅を持っている』

「……二之丸?」

氷雨が聞いた。少し間があった。どうやら移動しているようで、短く鋭い息遣いが跳躍の度に聞こえる。

『はいっス。船長の見えるほうに大きいヤツが一つ、近くまで迫ってるっスよ』

『それなら、そこがデボン宅で間違いなさそうだな』

『そう思うっス。……先に忍び込んでみてもいんじゃないっスか?』

『ふふっ、やっぱりそう思うか?私もそうしようと思ってたんだが?』

「うん……いいと思う」

「ちょっと氷雨!いいのかい?デボンとは明日にでも話ができるんだよ。その時に忍び込みでもすれば……」

冗談話のように聞いていたムルムルが驚いて思わず制止の声を上げた。それでも氷雨は相変わらず平坦で、冷静な口調だった。目は路地裏にも通りにも向けられて、セキュワの住民の手伝いをしている水夫たちを認めていた。それにしては会話の弾んでいないこと。

「ムルムルは、ニョルズ号で皆に言ったミシェッド候の話、覚えてる?」

氷雨は突然のように切り出した。ムルムルは面食らいながらもなんとか返事を発した。

「それは、もちろん。それがどうかしたのかい?」

「あの話――」



呼び出しを受けたのは四人だった。バレンツだけでなく、氷雨やカルート、シルキィも一緒だ。逆に言えば、その四人しかいなかったわけだけれども。その場の全員が普段の装備ではなく、黒一色のギルド制服。窓の外は階層に見合った景色を堪能できた。つまり、家屋や港の散りばめられた市街、船や馬車、アリのように歩く大地人や冒険者が一望できる。

もともとは大地人の官吏たちが根城にしていたウェストランデ地方政務院庁舎、現実で言う兵庫県庁の建物だ。それが今では冒険者が長年の主人のように使用していた。それはミナミを支配下に収めたplant hwyadenの都市外派兵政策とでも言うべきものの結果だった。

場所は麗港シクシエーレ。ミナミの街が持つギルド会館で開かれた執行本部、その女主人であるインティクスがウェストランデ領域の守護を――そして大地人支配を――進めるために推進している大地人都市への執行支部の設置。ここはその執行支部を迎えた大地人の都市だ。現実の神戸市をモチーフにしていて、約一万人の大地人が居住するこの街。この街には貴族の別荘地としての側面も持っている。シクシエーレは自由都市サカイと違って冒険者を市政に受け入れることへ反発が少なく、精霊船ニョルズの完成には一役も二役も買った。

「オスカー、オスカー!」

通路にバレンツの声が駆け足といっしょに響いた。おかげで目当ての人物が立ち止まった。

立ち止まった男性プレイヤー、オスカーは冒険者による新しいイズモ騎士団の団長たちの一人という立場に置かれたプレイヤーだ。シクシエーレの執行支部の長で、もともとは中規模レイドギルド"ノルディック"のギルドマスターだった。それは最初期に加入したレイドギルドへの報奨という意味合いが強い。

オスカーは細い長身をギルド制服だけでなく、ハイネックのアンダーシャツとグローブで顔以外をくまなく覆っていた。とはいえ、肉がついていなくてがりがりというのではなく、人並みの外見を維持していた。くせ毛気味の髪をオールバックにし、それが癖づいているのかときおり手櫛をあてていた。

「バレンツ。来たな」

オスカーは言った。気が急いているのか、腕を組んで壁に背中をついて待っていたらしい。

「オスカー、なんなんだ急に呼び出しなんて」

いかにも不満といったふうに抗議の声を上げた。オスカーは宥めることもせずに四人を部屋に入れ、本題を話し始めた。

「今朝、ミシェッド候の使いが書簡を寄越してきた。この時間に会いに来ると」

「ミシェッド候……!」

「そう。話の内容は分かっている――クエストだ。セキュワっていう港町に沸いたリザードマンの群れを倒すって言うのが前に伝えた話なんだが、実はいろいろとややこしい制約がついてる」

そこで一旦言葉を区切り、口を休ませた。バレンツはいかにもじれったそうだった。今の今までニョルズに乗って訓練に出ていたところを捕まったのだ。

「まあそのあたりはミシェッド候が説明してくれるハズだ。なかったら俺がしてやろう。とにかく、お前たちにはそのセキュワの別件も受け持ってもらおうと思ってな」

「急だな……」

「まあまあ。侯爵から口止めがあったんだ」

「ミシェッド候って……あー」

「ミシェッド家は酒造商人の元締め。有力な貴族だったが、この頃はマルヴェス卿とライバル関係にあって衰退ぎみということらしい」

オスカーは続けて、それまで黙っていたのを詫びるかのように教えた。

「オルデン・ミシェッド侯爵とは俺達がplant hwyadenに参加を決めた時からの付き合いがあった。それはお前たちも知ってるはずだな。決めたのは執行本部だが、実務を受け持つのは俺達なんだ。ミシェッド候とその派閥はマルヴェス卿と違って穏健派、積極的に協力しようとしてる。変わり種なんだな」

そうまでいうとまたオスカーは口を休めた。あるいは、変わり種は自分たちも同じだと思ったのかもしれない。

ノルディックはススキノを拠点に活動していたギルドだ。新進気鋭のレイドギルドとしてひそかに名前があげられることもあったが、攻略前線に自分たちだけで自由に挑めるようになったのはこの半月ほどのこと。それまでは他のギルドから応援を寄越してもらったり、自ら傭兵ギルドとして動いてようやく難度の高いレイドクエストを消化できていたのだ。だから知り合いも仲の良いギルドもほとんどはススキノにいる。そこが荒れ出してからはアキバに移住している者が大半のようだ。

ミナミには新しい拡張パックで追加されるクエスト攻略に参加するためにやってきていた。コネクションはススキノを拠点にしているが、別にゲームなのだからそこまで不便に感じることなんてありえなかった。だがワープ機能が機能不全になり、広大なフィールドを等身大のキャラクターで渡ってゆくには厳しい。要はミナミで取り残されてしまったのだ。オルデン卿との交渉役を任されるのはそう遠い日の話にはならなかった。

「うちは海運関係の大地人と関わっていく。ミシェッド派ってところだ。マルヴェス派にはいずれクォーレ支部でもつくって専任させると聞くが、今のところはお互い様子見ってところらしい」

話は一段落したようだった。バレンツが聞いた。

「そんな話いつ聞くんだ?」

「当然、マームに――インティクス執行本部長様のお呼び出しを食らった時に聞かされた。ほら、呼び出しを食らうのはお前たちが最初じゃないんだよ、わかるか?あのギルド会館の無駄にクッソ長い階段を上らされて、おまけに誰もいないフロアにある執務室の扉をノックする心細さを?」

水を得た魚のように感情を吐き出した。ずいぶん恨めしそうな声だが、やがて大きくため息をつくと幾分マジメな感じに戻って説明をした。

「ミシェッド候との会見では、お前たちは俺の後ろで、横並びになって起立して聞いてくれ。俺は扉から入ったところの席に座る」

そこでオスカーは何かに気が付いたようだった。四人の方を向いて続ける。

「そう、もし気になるなら質問してもいいが、勝手気ままにはしてくれるなよ?あ、あと別に直立不動じゃなくてもいいが、ふらふらしたりするなよ。それから――」

「わかった、わかったよ、オスカー。それでは母親みたいだぞ」

「む。言ってくれるなガサツ少女め」

煽りに反応したオスカーへ向かってシルキィはやけにわざとらしく大きな身振りで言いだした。

「ガサツだって!ははん、サーチアンドリサーチはガサツではやってられないんだよ?」

「探してばっかリじゃないか……」

「カルートくんみたいな脳筋アサがガサツには詳しかろうよ」

飛び火。

「なんだとシル!お前は普段の俺の生活を知らねえから――」

「……いや、シルキィはそれ、知ってる。前にオフ会で、写真を見せてもらった。さすがに、キレイになったからって部屋中をくまなく写真に残すのは、やめるべき。意味不明」

「はぁっ!?見せてねえけど、ケータイの中身とか!」

「ポケットががら空きだったぞカルートくん。観光に行ったら真っ先にスラれるタイプと見える」

「ロックしてあるだろっ!?」

「パスワードの候補は、いくつか心当たりがあった」

「なに協力してんだ氷雨ぇ!」

「こいつらの前でうかつなことしてる方が悪いんだぞ、カル。ほいほい個人情報を特定できるようなことしゃべるから」

バレンツがとどめをさした。オスカーはそれで肩の疲労に気付き、自分で揉んで緊張をほぐしていた。ずいぶんと楽になったようだ。

そのとき、扉の外から来た誰かの拳が訪問の合図を知らせた。失礼します、との声。政務院付きの大地人だ。貴族の出迎えの仕事を受け持ってもらうために今の政務院に、シクシエーレ支部に残っているのだ。

「皆さま、貴族院議員オルデン・ミシェッド侯爵様のがお着きになられました。ただいま待合室にておくつろぎなさっておられます。皆さまもご準備のほどを、わたくしはこれよりご案内に戻ります」

「ご苦労さん」

やわらげられた指示に了解とねぎらいを伝えると、彼はまた来た道を引き返していった。訪問客を連れて戻ってきたのはそのすぐ後だ。

「これはミシェッド侯爵。ご足労いただきありがとうございます」

立ち上がったオスカーが両扉をくぐり、部屋を訪れた壮年の貴族へそう声をかけた。鷹揚なうなずきを持って返事に変え、促されるままにソファへと腰を下ろした。もともとは大地人の官吏たちが街の貴族を迎える必要があるだけに、応接室は数種類にも分けて設けられていた。

「別に苦労などではないよ。私から持ちかけたのだから、当然の対価だ」

侯爵はウェストランデの貴族らしく、おしろいで顔を白く塗り、紅で唇を彩っていた。迫力のある顔だちで、その顔は歌舞伎役者のようだった。つまりはオルデン卿には伝統的な化粧が似合っていた。

「恐縮です。ミシェッド候、以前うかがいました件ですが。後ろにいるバレンツたちに任せようと、思っています」

そこでオスカーは口を止め、唇を濡らした。話を聞くだけだと思っていても緊張するのだ。

「それで、改めてクエスト――セキュワの一件の説明をしていただきたいのですが」

「ああ、もちろんだとも。君たちは――」

「俺達は討伐のほうは聞かされています。それ以外のことがあるとは少し前に聞いたばかりですが……」

「うむ、けっこう。それでいいのだ。ではさっそく要件についてはなそう」

そういうと雰囲気に一層の磨きが入った。姿勢を直したりということはほとんどない。だいたいは偉そうに足を組んで背中を椅子に沈めたりしているものだが。ミシェッド候は弓道部員のように背筋を伸ばし、拳を足につけていた。

「実はセキュワにはマルヴェス卿が廻船問屋、その出先の長がおるのだが。その男、卿の代官を務めると流言を垂れながら、実のところ日ごろから悪徳で日銭ひぜにを得ている。蜥蜴人リザードマンの件ではさらに非道を重ねておるのだ」

さも憤慨したように話を続ける。話は抑揚があって、全員の目を次々に見渡して、退屈な先生の話とは比べ物にならない。

「聞けば、モンスターの脅威で港に閉じ込められた船の荷を闇市で売り払い、水夫は法外な安値の契約でもって自らの道楽のため、苦役を課しておるという。卿はそれを知っておるが、例の者は利得を納めそれを黙認させている」

口を止め、オルデンは冒険者たちを見回した。余韻が嫌でも感じられる。

「このような悪事を放置しておくわけにはいかんのだ。君たち。彼奴は裏商売の取引を台帳に記し残しておると聞く。〈セキュワの裏帳簿〉があれば、マルヴェス卿にこの不徳を問いただすことができる」

「どうして、セキュワで悪徳が行われていると、わかるのですか?」

オルデンが不意に顔を向けた。氷雨だ。小さく手をあげていた。要点が伝わらなかったかと、氷雨は捕捉した。

「セキュワに向かった船は、すべからく襲われると」

「ああ、そういうことかね?別に難しいことではない。セキュワの状況に絶望して、無理やりにでも脱出する船があるのだ」

オルデンは話に割り込まれた不快感を微塵も感じさせなかった。

「そういう船は、向こうで何かごたごたがあるのか、あまり万全でない準備の下で出港する。そしてモンスターに食糧を奪われ、けがをし、近くの港にも寄れずに遭難して二度と帰れなくなってしまう。だが、運の良い船が一隻二隻は戻ってきて、そういう連中がしゃべるというわけだ」

そこまで言うと、オルデンは体の力を抜いて椅子に背を預けた。どこか遠くを見るように話し始める。

「酒は放置していると<白濁酒>なる。それではどこの商人も買い取りをしてくれん。あまつさえその損失をわしらが補填せねばならんでは商売あがったりだ。一刻も早く解決し、状況を改善せねばならんのだ」

「襲撃事件の多発で貴族同士の取り決めの歪みがついに現れたってことだ。船に積み込んだ高級酒の劣化アイテム化は前からの問題だったらしい。その是正を俺達が手伝う」

「君ら流に言えばそうなる。……引き受けてくれるのかね?」

「ええ、サー。それで、まだ教えて欲しいのですが――」



会談の内容を振り返りながら、氷雨は言った。

「ミシェッド候が言うには、デボンの裏商売は、自分で勝手にやってるだけみたい」

「マルヴェス卿は西に向けた大口の商談が控えているし。まさか今のセキュワに援助を送るなんて考えられないしね」

『だからデボンは自分の力を使ってこの状況を切り抜けなければならない?』

「そう。野良というか、フリーで動いている冒険者はここにはいないし、水運も途絶えてる。デボンはもしかしたら侯爵の動きを知らなくて、一日使って私たちを探ろうとするのかも」

『でもっスよ?知らないんなら、なんでそもそも探るような真似を始めるんスか?』

「ミシェッド候の野心は、前々から公然の秘密だったから。あの水軍は、ミシェッド候子飼いの人たちっていうことは、向こうも知ってる」

『来て早々、どうして水軍に親切にしてやるのか知りたがるか』

シルキィが結論を先読みした。氷雨も否定しなかった。

「それで僕たちも同じ一日で相手を探る?」

最後にムルムルが氷雨に尋ねた。氷雨はうなずき返すとさっそく指示を考え始めた。



シルキィは身長の二倍はある塀を一足飛びに跳び越えた。着地。そこはデボン宅、さすがに冒険者対策なんて思いもよらなかったようだ。

シルキィは船長が執事に促されて屋敷の中に消えるのを十分に待ってから、扉へと近づいた。作業に取り掛かる前にもう一度、扉に耳を張りつけて中の音を探る。そうまでしてから錠前に手をかざした。じわっと現れたエフェクト光が"密偵"のスキル、〈不正解錠ピッキング〉の発動を教えた。錠の中でピンが動き、内筒が回転させられてカチッと音を鳴らすのにもシルキィはまったく動じなかった。〈不正解錠ピッキング〉で開けたドアの隙間からもぐりこむようにして中に入り、後ろ手にドアを閉じた。玄関口はホールじみた容積をもつ大豪邸の入り口ではなく、すぐそこに壁があり、通路へ向かって左右から一定のサイズの壁が切り取られている。とはいえ、さすがに靴が何十足か敷き詰められそうな広さは当然のように持っていたが。

二之丸が外から見て伝えてくることには、広い敷地を完全に高い塀で区切り、庭と屋敷を納めているということだった。背後に控えさせた山も、もしかしたら所有物かもしれない。もっとも大きい二階建ての母屋と離れ、そして納屋が敷地を占領している。そういったものが狭苦しく配置され、余った場所を仕方なく庭に残したような場所だ。十中八九、地下室もあるに違いない。普通に探すのでは、おそらく見つけられない。

(ま、最初から情報収集だからな。せいぜい探索させてもらうさ)

船長たちの足音は"密偵"の耳が捉えていた。シルキィは角から顔を出すと、思い切って次の角まで駆け出した。壁にびったりとくっつき、目を閉じてスキルを起動させた。〈在外視点アウトサイド・アイ〉は別のポイントを設定し、そこから周囲を見回すことができるスキルだ。ただ、"密偵"のスキルのほとんどがそうであるのだが、〈在外視点アウトサイド・アイ〉はじっとしていないと使えない。視点を体の外に出したシルキィは安全を確認すると目を開けて、次の通路に入った。やたらと鎧飾りや絵画、壺やらの多い。デボンの部屋は母屋の二階においてあるようだ。大きな階段を上がり、さらに奥へと進んでようやくたどり着いた。シルキィは通路の角や置物の影で〈隠蔽擬態カモフラージュ〉して難を逃れていた。

「旦那様、御用の客人でございます」

執事の男が声を上げた。

「入れ」

扉の軋み、微妙に小さくなる足音、シルキィ自身の方へ迫る足音。執事はまったく、シルキィの方へ目をやりさえしなかった。

「お前さんやけに遅かったな。冒険者に話しかけんのが怖かったか?」

「いぃえ、そうでは……。ただ冒険者がたがなかなかそろいませんで……」

扉に張り付いたシルキィは通路の方への警戒もそこそこに、安心して盗み聞きを始めた。

「誘いのナシぐらい近くの奴に伝えときゃあいいだろうが!そんなんだから、いいご身分にもなって徹夜航海なんざアホなことほいほい引き受けんだ!」

どんどんと机をたたく音が聞こえる。相当イライラしているみたいだが、正直耳にいたいのでやめてほしい。

「まったくその通りで……」

「その通りじゃ困るんだぞ、ぼんくら!」

「へぇ……」

「ちっ……。おい。てめえ、ちょっと嫌になったぐれぇでほいほい逃げられると思ったら大間違いだぞ」

立ち上がったのか、床をうろうろしているようだ。よっぽど顔を合わせて話を続けられない精神状態のようだ。

「さすがの小さい脳ミソでも街の様子くらい分かんだろ?こんな頼りねえ状況だぞ?陸も海も渡れねえ、行く当てもねえ。持ち物はクズの水軍とお前みてえなゴミの水夫どもに持ってかれてよ?具合が悪くなったから逃げまーす、だなんて……連中が知ったらどうなると思う?」

嫌な笑いを忍ばせながら言った。船長は息をのんでいるみたいだ。

「積荷は没収、生きのいい奴はたこ殴り、役立たずは船に入れて島流し、だ。当然だろ!?お前んとこの水夫も困ったらうちに寄越せよ。ま、すぐにお前も下働きになっちまいそうだがよ!」

そういうと態度が大きくなるらしく、わざとらしく友好的になって、船長の背をバンバンと叩きだした。

「こんな状況だぜ、みんなで力合わせて頑張ろうじゃねえか?心配しなくても、お前や弟分の分はちゃんと帳簿に書いてとっといてやる。皆でやりゃあモンスターも倒せらあ。水夫もそれくらいなら貢献できんだろ?それで頑張って屋敷に食いもん納めてくれよ!」

シルキィは息をのんだ。街ぐるみで水夫たちを酷使しているのだ。どうやらデボンが水夫を使ってモンスターから食糧を得ているようだが。いざとなれば自分の良いようにも使うつもりだろう。帳簿があればデボンの悪事を一気に照明できるのは確かな見込みらしいが……場所は……。

「そういうわけだ、兄弟分!俺達のルールは他の奴から聞いてこいや、ご近所づきあいは大事だぞ?冒険者のことも忘れんな?わかったら、もう帰れ」

ちっ、時間切れか。中で船長がもごもごと退出の辞を述べているうちにシルキィは後ろを振り返ると、窓を開けて外に出ていった。これはバレンツたちにも教えるべきだな、と考えていた。口を開けるのはもニョルズ号に帰り着いてからだった。

感想で指摘のあった酒が腐る部分の釈明がやっとできました。これで自分もスッキリ爽快です。

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