演習
その海には四つの艦影があった。
そのうちの三つは縦に隊列を組み、単独で並走する艦とは何もかもが大きく違うことを際立たせていた。隊列の船はマストに帆をたたんで舷側から無数のオールを突き出し、船首と船尾に三門ずつトライアングル状に配置した大砲を乗せ、慌ただしく水兵たちが動き回っていた。
一方の単独船は――一応マストはあったが隣にそびえる煙突に比べると幾分飾りのようなものに見えた。その煙突も、黒い煙をもくもく吐き出すイメージとは異なり、一見すると何も吐き出していないように見えて、その煙突ですら飾りの様だった。だがそれが機能していることは、噴出する大量の熱風が作る陽炎を見れば理解できた。
しかし、その船の一番の特徴とはその両舷に取り付けられた巨大な水車――外輪だった。隊列に合わせるために控えめな回転を続けるそれは、まさしく蒸気船だった。大地人の帆装オール船とは違うそれを作り上げたのはもちろん冒険者であった。
3パーティ、18人の冒険者は純粋な戦闘部隊だった。蒸気機関を動かしている召喚生物を操っている召喚術師のほかは、力仕事以外では操船にまったく関わっていない。そういったものはシクシエーレで雇った「船員」を使っていた。だから、冒険者たちは船首甲板にて戦闘陣形を整えて大地人の行動を見物する余裕があった。水軍と並行するように航行する精霊船ニョルズの仕事はまだ先のことだった。
隊列を組んだ軍艦はその背に乗せた六門の大砲を、左に配置されて死角になっている二つを除いたすべてを右に向けていた。水兵たちは鬼のような軍曹たちに背中から怒鳴り声を浴びせられながら、火薬と砲弾を運んでいく。大砲が向く先には、餌玉を放り込まれて興奮気味に海面を荒らしているモンスターたちの姿。軍曹よりさらに偉そうな士官が号令を叫ぶ。水平線に向けて突き出された四つの砲身、その中で火薬が爆発し、納められていた鉄球が爆音とともに飛び出した。
先頭の大砲から順に撃ち出されたそれは、爆風に後押しされた力を使い果たすと海へと落下していった。それだけなら何の変哲もない砲撃だった。それはただ単に海に柱を建設し音を立てるだけで、命中率も悪くモンスターに直撃させるなんて論外だ。
大地人の砲弾ならそこで終了だ。海へと沈んでいくはずのそれはしかし、その内側から幾条もの光を放ち――海にもう一度、柱と音と衝撃を生んだ。甲板に衝撃が達し、水兵たちがざわめいた。
「大したもんですね」
旗艦の艦長が、かたわらの隊司令に世間話をするように話しかけた。
「冒険者の技術、ですか。本当に水中で爆発するとは。何もかも大違い、というわけですか」
「ふん、一度見させてもらったが、あれは連中にとっても手間暇かかるようだぞ。現に、我々が今撃った分であの砲弾は全部使ってしまったようだ」
「それは……」
「彼奴らには高い技術があってもそれを生かす生産設備がないということだ。だから我々が要り様になるのだ。それを覚えておくのだ。奴らは全能ではないことをな」
レソト司令は吐き捨てるように言った。艦長にだけ聞こえるような声量だ。レソトは退役間近といった風情の老提督で、将来性などかけらも感じてはいなかったが、それでも人前では将官らしく振舞うのを心がけていた。艦長とはそれなりの付き合いなので、時たま愚痴をこぼすことがあるというわけだった。司令官の冒険者嫌いを感じ取った艦長は、これ以上同じ話題を続けることに躊躇して黙り込んだ。
昔の自分なら、とレソトは思った。昔なら貴族の、ミシェッド家の縁を使って出世しようとしていたあの頃なら、今は自分にとって大きな機会だと思ったはずだ。冒険者と仲を深め、へまをしないように気を付けながら着実に成果をあげて。いつか水軍を引っ張る大提督になれるんじゃないかと本気で思っていたのだ。実際には、着実な実績を築くまではよかったのだが、頼みのミシェッド家が政治の傍流へと追いやられてしまったおかげでバラ色の出世は望めなかった。それでも、能力と後ろ盾があることに違いはなかったので妥協として地方の戦隊を任されているのだ。もとはただの平民であるから、本当なら艦長になれただけでも大出世だったのだ。それでも、ミシェッド家は大貴族であったのだし、見込みは十分に……。
「見張り員から報告!着弾地点でモンスターが暴れているようです!」
伝令の叫びでレソトは後悔の渦から抜け出した。億劫そうに双眼鏡を取り出し、先ほどの場所を眺めた。
倍率を引き上げる。そこには海面をはねる影がはっきり見えた。数は減っているのかどうか、よくわからない。少なくとも、自分の戦隊を突っ込ませたくはないな、とだけは思った。
「ちょうどいいな」
レソトは突然スピードを上げ、隊列から遠ざかっていく異形の船を見つめて言った。
「奴らのお手並み拝見といこう」
フェアリーパームを眉のあたりに塗り付けた二之丸は、隊列船が見た光景と同じものを仲間たちに伝えた。ほとんどがサファギンだった。さっきの水中爆発の衝撃に驚き、うろたえてはいるもののさほどダメージは受けていないみたいだった。突如として降り注いだヘイトの矛先を向ける相手を見つけられずにいらだっていた。
精霊蒸気船ニョルズはそこへ脇目も振らずに突進していた。外輪、煙突、ボイラーのほかには船として最低限のものしか備わっていない。一応鉄板で覆われているが、建造途中の大地人の商船を横取りして無理やりかつ強引な突貫工事でもって生まれたニョルズはほとんどの部分が木造で、初めての船であることも相まってあちこちに負荷がかかっていた。同時に多くのものを切り捨てていた。部屋は建材むき出しのまま、二段ベットやタンスが押し込まれているだけだった。大砲もなかった。もっとも、その点に関しては誰も不満をあげなかった。ニョルズにとって最大の武器はその背に乗せた冒険者たちだからだ。3パーティ分乗っている。船の操縦はゲーム時代からいるらしい"船員"に任せていた。
その3パーティは船首甲板の左右に一隊すつ陣取り、最後のひとつは指揮班として一歩離れて待機していた。
「連中は……20体ぐらいっすね、うん。30レベ後半っす!」
坊主頭の招き猫のような二之丸が報告をした。モンクである彼は見かけ通り軽武装で猫か猿かのように身軽だ。
「あぁ~大地人が沖に出ないのも当然かぁ。それにあいつら20レベ後半でも精鋭だしなぁ」
ペテロがどこか馬鹿にしたような口ぶりで言った。軽い感じだが、チームのクレリックとしてやることは、いつの間にかさっさとこなしているような奴だった。
「ふつうはあんなには出現しませんけどね。それに、彼らは多くても2~3体につき1パーティで対処することを前提にしていますから、多少のレベル差は」
ルーシィがたしなめるように言った。ソーサラーらしく杖と法衣を纏っている。
「私たちにとってはまったく問題ない……。私たちとは50レベルは差があるのだし……一発でも当てれば、倒せる」
静かな、しかし明瞭な発音で氷雨がつぶやいた。サモナーである彼女はこの船のボイラーにいるサラマンダーを使役している。
「そうだね、むしろ重要なのはどれだけスムーズに殲滅できるかだよ。ここは狭いし」
ムルムルが説明するようにして言った。ガーディアンの彼はペテロ以上に重装甲だ。ペテロと打って変わってまじめな好青年でもある。
「お互いが邪魔になっちゃうかもね」
それは名目上の艦長であるバレンツにとって頭の痛い問題だった。実際にはエンジンを牛耳った海兵隊の隊長のようなバレンツにも、船での戦いはゲーム時代のクエストかイベントかで数回したことがあるだけだ。それにしたって、エンカウントした敵は甲板上で戦っていた。狭いだけで、陸で戦うのと同じだ。
「どっちにしろ」
バレンツのつぶやきに指揮班の視線が向いた。盗剣士であることが一目瞭然である細剣の柄をいじっていた。彼は絶えず海へと視線を送っていた。
「もうわかるさ」
指揮班の5人は海を見やった。あれだけいたサファギンが消えていた――驚く間もなく、それは視界を埋め尽くした。水中を潜って勢いをつけ、海面から飛び出したサファギンは、ゲーム時代のように甲板へと乗り込もうとした。
「狙い撃て!」
バレンツの号令に布陣していた魔法職が思い思いの魔法を選びとり、解き放った。弓を放った者もいた。単体攻撃の"軽い"魔法で一体ずつ倒していく。範囲攻撃は船にまでダメージを与えかねないからだ。指揮班のルーシィも<サーペントボルト>の電光を杖から放った。魔法の弾幕が空に映える。
「ダメージが入ってる……。ああ、やっぱりゲーム時代とは違うんだね」
感に堪えた様子でムルムルが言った。ゲーム時代にはそもそも攻撃ができなかったのだ。それが今ので半分ほどにまで撃墜され、サファギンは次々と甲板に着地する。バレンツが叫んだ。
「後列!白兵戦、行けぇ!」
掛け声とともに二之丸が飛び出す。追いすがるようにバレンツも行く。ムルムルとペテロはそれに従おうとはせず、魔法職の盾になるようにしている。
舳先ではすでに刃が交わされていた。アサシンであるカルートとシルキィはそれぞれの相方のサムライにサファギンを挑発させ、後ろをとろうとしていた。だがサファギンに前後を圧迫され、うまく位置調節ができないでいた。背中合わせに注意を引き付けているうちに囲まれ、刀を闇雲に切りつけてみるも撃破するに至らない。船縁に上ったカルートとシルキィは、それぞれの班員がサファギンを押しとどめている間に一気に特技で片付けようとしている。
その間に二之丸はサファギンの槍を縫いとるように駆け、<シャドウレス・キック>が躱しざまに蹴りつける。高いレベル差が即死判定を出し、走り抜けた場所から次々とサファギンがかき消えていく。
<クイックアサルト>の特技とともに懐にまで飛び込んだバレンツはサファギンのウィークポイントを射抜くようにレイピアを突き出した。攻撃に怯み、のけぞっている間に<アーリーショット>が滑らかな動作でとなりのサファギンを襲う。二匹が立ち直るころには、<メイレイン>の刺突の雨に爆散していった。
スペースが生まれ、サムライたちが斬りつけながら後退する。バレンツたちやサムライたちに引き付けられて、サファギンたちがぞろぞろと動き出す。無造作に振るわれる槍もレベル差ゆえか軽々といなしていく。バレンツが叫んだ。
「カル、シル!」
「任せろ!」「<アサシネイト>!」
狙いすまして首根っこを切り裂くシルキィと、さながら断頭台のように細身のツーハンドソードを振り下ろすカルートの違いはあれど、二人は同じ特技でもってサファギンたちを葬っていった。
サファギンとの船上戦闘は大きな問題もないまま終了した。信号弾がニョルズの甲板から撃ちあげられ、それを合図に四隻の船は再び合流していた。旗艦からボートが下ろされ、レソト司令と副官と漕ぎ手の水兵が数人乗り込み、ニョルズ号へと近づいてきていた。
「カルート、司令のボートの引き上げ準備いいか!?」
「ウィンチの準備はオーケーだぜ!」
「バレンツ!応対室の準備はよさそう!」
「了解だシルキィ!」
二人の班はレソト司令の来艦に備えての準備に大わらわだった。大地人の「船員」たちもあちらこちらでせわしなく動き回っている。特に用事もないバレンツたち指揮班の面々だが、しかし隊司令の来艦となると何かしら歓迎の催しが必要だ。武装を解除し、正装ということで支給されたギルド統一のダークスーツに着替え、他の班にいる二人の召喚術師を呼び出す。勢ぞろいした彼らは男女ともにスーツ風のジャケットとスラックスだ。氷雨がバレンツに近づき、耳打ちする。
「出迎えの準備も、できた。全員ギルド制服」
「わかった――よろしく頼む」
指揮班――バレンツ班の面々がささっと横並びになり始めた。氷雨たちが後ろにつく。舷門前でカルートの班員がアンカーフックを下に降ろしていた。ほどなく人力ウィンチがぎりぎりと鎖を巻き取る音が聞こえる。まさにエレベーターのように軽々とボートが引き上げられて大地人たちは面食らっているようだった。ただ一人、レソト司令だけは当然だ、というような態度を崩さなかった。
ボートからレソトを先頭に乗船していった。全員が船に乗り込み、ボートがさらに甲板へと引き上げられていく。突然、刺すような警笛が甲板上に鳴り響いた。それを合図に氷雨たちが動いた。大地人たちの驚愕を置き去りにして。
三つの召喚光に照らされて彼女らは空中に飛び出した。戦技召喚:ソードプリンセス。鎧に身を固めた剣の乙女、ドレスを翻し、騎士剣を携えた彼女らは一瞬だけ召喚されて流麗な斬撃を見舞う。
三人の王女たちは背中合わせに剣を構えた。剣を立て、胸の正面へ祈りをささげるように。
突如、大振りな騎士剣を高く頭上で打ち合わせた。船上とは思えないほど金属音が反響する。続くことはほんの瞬く間の出来事だった。
互いに位置を変えながら繰り返される斬撃。空を切り裂く音。威圧が風になって降り注いだ。水兵たちからざわめきがこぼれた。威厳を保つレソトも、他の者たちのように口を開けないように意識しているだけで相当の意志力を必要とするようだった。なにせ、バレンツたちも見惚れていた。幾度か練習を目撃したことがあったが、本番で成功している様を見るのとはまた違った。実戦では使えないが、こうして演舞として見るだけでも価値はあった。
太陽と海面から照り返される陽光に胸甲が輝き、ドレス・スカートが舞う。ちらりと見える脚のラインはグリーブが守っていた。最後に海面を斬り払い、巻き上げられた水の中で彼女たちは消えていった。
蒼海の上で、冒険者が提供できる芸としては申し分ないものとなった。彼らがあっけにとられているうちを狙って、バレンツは一歩前へ進み出て話し始めた。
「レソト司令、来艦に感謝します。自分は本艦ニョルズ号の艦長であるバレンツといいます。とはいえ、やっていることはそちらの水軍の言う白兵隊の隊長のような者ですが、司令」
ソード・プリンセスたちが消えた海を見すえながら大きく息を吐いた。機敏な動作で振り返り、答える。
「もう私の名を知っているとは。うむ、よろしく、バレンツ君」
レソトはそっけなく応じた。その間にも横目でニョルズの様子をしっかりと品定めしておく。
なんともちぐはぐな感じの連中だ。先ほどの催しには心を動かされずにはいられなかった。あれほどの技量、精霊を芸を仕込んだ犬畜生と同様に扱えるのだから大したものだ。しかし船の方は。もとは三本あったのだろうマストのうち、艦尾のあたりには巨大なドラム缶の塔のような煙突が居座っている。装甲板が張られたままにされてひどく無機質だ。大砲もなく、一目見ただけでは兵器とはわからないだろう。一種の芸術品だ。まあ、冒険者の道具などいつでもそうだが。
彼が艦内に通されても、不満気な印象はぬぐえなかった。外から見ればそれなりに大きな船だが、蒸気機関やら両舷に着いた巨大な水車の軸やらの設備で狭苦しい。人間のほうが船に合わせているのだ。
「こちらにどうぞ、司令。軽食を準備しています」
バレンツが扉を示して言った。おごそかにうなずき、部屋へと入る。
「これは……」
あからさまに内装の質が、ほかのどの部屋とも異なっていた。建材向きだしのみすぼらしい内装と打って変わって、この部屋の壁は丁寧な塗装で仕上げられている。運び込まれた高級な調度品と冒険者自慢のマジックアイテムの照明具。
大地人を相手にするためだけに用意した部屋のようだ、とレソトは見て取った。この船の逸話はいくつか耳にしていた。商人が建造させていた大型商船を横から半ば強制的に買い取り、無理やり蒸気機関を取りつけ、鉄板で覆いつくした。マストに紛れて据えられた煙突も、海水をかき混ぜるあの巨大水車もそうだ。そんな大掛かりなものを、何の接点もない船に急いで取り付けたのだ。そんな大工事を瞬く間に済ませてしまった冒険者の技術は恐るべきものだが。しかしあちこち無理がかかっているはずだし、何より不恰好で美しくない。ここだけせいぜい取り繕ってみたところで、他の部分の汚さが目に付くだけだ。
「レソト司令、奥の席へどうぞ」
「うむ」
バレンツと名乗る白兵隊の長は、自分が着席するのを待ってから扉側の席へ座った。副官は後ろで直立不動を保った。それは司令の威厳を示す一種のアクセサリーだった。
やがて外側から扉が何度か拳でかるく叩かれた。バレンツの返事が帰ってくるや、カートを押して食事が運ばれてきた。入ってきた給仕は大地人だった。それに特に疑問を覚えることもなく、彼から飲み物を受け取る。ソーダ水だった。シチューが各々の前に出されたのを確認すると、給仕は黙って退室した。
「それでは、司令。演習の無事を祝って。乾杯しましょう」
「うむ。乾杯」
二人はグラスをあげて控えめに打ち付けた。レソトはぐっとソーダ水をあおった。甘味が体を痺れさせるようだった。それにキンキンに冷えている。ブランドのある高い酒ではなかったが、味のある食べ物・飲み物は大地人にとって値段を超えた価値を持っていた。冷え切った炭酸水とは対照的に、シチューは食欲をそそる温かみを持っていた。湯気がまったくもってかぐわしい匂いを運んでいる。彼は副官がみっともなく料理を凝視していないか心配だった。
「あの新型砲弾は面白い発明品だった。あの精霊たちの剣の舞もそうだ。まったく冒険者は考えもつかないようなことを次々とやってくれる」
シチューを平らげた後で、レソトはそういった。
「恐縮です。仲間たちが聞いたら喜ぶことでしょう」
緊張ぎみに、それでもにこやかな表情でバレンツは返した。
「君らはあのセキュワでも、考えもつかないようなことをしてくれるだろうと思っているのだが?かの地で生じた困難は、私の水兵たちを大いに苦しめているようだ」
「ええ、もちろん。ご期待に沿えるでしょう、きっと」
「セキュワに向かった水兵たちがよこしてきた最も新しい報告では、彼らはセキュワ大島の中央に陣地を築き、そこで集まってくるリザードマンたちを撃退しているという。彼らはリザードマンの捕捉が困難かつ危険なため、としているが陣地を築くとなれば軍艦の大砲を取り外さなくてはならん」
「つまり」
「つまり、剣や槍では歯が立たなかったということだ。となると、それより強力な武器は艦載砲しかない」
「我々は、今回の事態にあたって水軍のリザードマン討伐の支援をするように、と念を押されています」
「それでは」
レソトは心持ち身を乗り出すようにしてバレンツに迫った。
「君たちの上官たち――ああ、執行部だったか、は、我々に武器か何かの供与を認めたというのかね」
レソトは興奮していた。はた目からは無機質に詰め寄っているように見えるが、確かに興奮していた。彼にはミシェッド家の使いから知らせが届いていた。冒険者からの協力を仰ぐ、という言葉が告げられただけだたが、レソトはそれを冒険者の犬になりに行ったのだと直感した。冒険者の力を借りて、また政界で復活しようとしているのだと。今回の演習も、演習とかこつけて冒険者の武具や魔法具を実地で目の当たりにしてくるためだと思っていた。
「いえ、そういうわけではありません」
「なんだと」
だから、あっさりそれを否定されてレソトは久々に感情が表にでた。なにせ夜も眠れずに思案していたのだから、見当違いをしていたというのならとんだ欲しがりのようではないか。
「それならば君たちは、いったい何をするというのかね」
怪訝な顔つきでレソトは問いただした。バレンツは少し間をおいてから話し出した。
「我々ニョルズ一同はセキュワの水軍部隊を可能な限り鍛え上げるように厳命されています」
バレンツはレソトが口を挟んでくる前にさっさと口を開いた。
「もちろん討伐も進めていきますが、その前に。セキュワに現れたリザードマンというのは何かボスのような個体に率いられているのですか?」
バレンツが尋ねた。レソトは苦々しげに返す。
「いや……そういったことは確認されていない。今のところは住処を追われて大移動してきたのだと、我々は考えている。実際、南オウランドの漁民が漁の最中にフォーランドの山々が火を噴くのを目撃していると聞いた。その影響だろう」
オウランド、淡路島のことか。ということは解決にはフォーランドへ赴かねばならないのか?この状況であんな場所へは遠征し難い。船以外に移動手段がないし、そもそもあそこには冒険者向けの設備が整った拠点がない。
いや、今はセキュワのほうだ。別に、クエストはフォーランドで何かしろとは言っていない。この大地人も、そうしろとは言っていない。バックストーリーを語っただけだ。
「根本的な解決を図るには、まだその時期ではないと考えます」
バレンツは続ける。
「ですが、セキュワに現れた群れを駆逐するならば、可能でしょう。これから予定通りキシュウの街へ向かい、我々の仲間たちから補給をうけます。夕暮れにはセキュワに到着するでしょう」
それでもレソトは面白くなさそうにしていた。よく考えれば、配下の水兵たちを改めて部外者が鍛えなおすというのもおかしな話か。いや、そうでもないのではないか。外部からコーチを招くのはいつでもどんな組織でもある話だ。そう自分を納得させ、バレンツはある話を思い出した。
「そういえば、レソト司令。ミシェッド侯爵から司令へよろしく言っておくようにと承りました。シクシエーレに戻った時には屋敷を訪ねて欲しい、と」
そう聞くとはっとした顔つきになり、元の厳かで無機質な態度へと戻った。彼の身体は座席へと吸い込まれた。そして、言伝の礼をいうと、不承不承ではあるが訓練のことも遠回しに了解を伝えた。会談もそこでお開きとなった。完全に切り替わったレソトは、ボートへ乗り込む前にバレンツにいくつか激励の言葉を授けることまでした。レソトの変化に気付いたのはバレンツと旗艦艦長だけだったが、バレンツは新たな指示下す間に心の隅でこう思っていた。
さすがに提督ともなるとたいしたものだ。あらかじめ報告を受けていなければ冒険者嫌いなど思いもよらなかったに違いない。