偕人の最低な提案
その日の夕食後。
夕涼みに縁側で気ままに横になっている偕人に、朔夜が呆れたように言った。
「置いていただいている本来は肩身が狭いはずの身で、そうも堂々と出来るもんでしょうかね」
「うるさいな! 」
「あ、あやめさん。どうされたんですか? こいつはここで私がきっちり責任もって見張ってますから別に悪さはしませんし、心配には及びませんよ? 」
「何もしねぇよ! ってか、俺を監視するみたいな言い方はやめろ! 」
そう叫びながら、近付いてきたあやめに偕人も上体を起こした。
「どうした、なんか用か? 言いたいことがあるなら、さっさと言え。俺は暇じゃないんだ」
「暇じゃないって、誰がどう見ても、ただごろごろしてるだけじゃないですか。……さっきあの学校の巨石の前で、礎がどうとかって言ってましたよね? 下級生が神隠しに遭ったというのは知っていますか? 」
「……らしいな。どうせ大方、引きずり込まれでもしたんだろ、向こう側に。嫌な気配がかなり強烈にしていたからな」
「引きずり込まれた? 向こう側に? 」
「おそらく私もそうだと思います」
「……? 」
「あやめさん、こいつじゃ断片的にしか話さない為に、あなたを余計に混乱させてしまうでしょうから、私が代わってご説明しましょう。あの巨石の周りには先人達によって、元々強固な結界が施されていたようで、それが何の原因かはよく分かりませんが、だいぶ綻んでいたようです。魍魎どもが今この瞬間に一気に出てくるような破滅的な状況では無いが、引き寄せられる『何かが』ある人間が迂闊に近付けば、あるいはそういうこともあり得るかもしれない、と言いたいのです」
「向こう側の世界って何ですか? 」
「この世の裏側の、いわゆる世間の人たちが言う『あの世』『常世』というやつです」
「……! 」
「常世の者達は、心が死に近い人間を異様なほどに好むところがある。そういう人間は引きずり込まれやすいのです」
「じゃあ、そのいなくなった女の子は引きずり込まれたってことですか?! 」
「いなくなったのが事実なら、おそらくな」
「助けなきゃ! 助ける方法は何か無いのですか?! 」
「やりたくとも、俺達には最初から無理なんだよ」
「最初から……無理……? 」
「本来、こちら側と常世は繋がることは無い。そんなことがあったのなら、大変なことになってしまいます。だから両側は本来は完全に隔てられているのです。そこを開くには向こう側から開けさせるか、心が死にかけた人間を連れてくるか、それくらいしか方法がありません」
「こっち側の人間は、俺を含め、大した力が無いんだ」
「だから、これまで私と偕人は様々な土地を訪ね歩き、その数少ない『優秀な先人達』が施した、結界の綻びを直してきました」
「……」
「ここへ来たのも、あの場所の礎がかなり揺らいでいるという話を聞いてきたせいでした。私達が到着するより前に既に被害が出てしまったのが悔やまれますが……」
「どうにかする手立ては、他に絶対に無いのですか? 」
偕人は暫く考え込むように宙を見据えていたが、急に思い当たったように口を開いた。
「……そうだな、だったらお前が囮になれ」
「へ……? 」
「偕人! 」
朔夜が激怒したように偕人を怒鳴りつけた。
「何だよ、お前だって最初から分かってて、あえて言わないだけだろ? 」
「そういう問題ではないでしょう! 偕人、あなたは問題をはき違えていませんか? 」
「だったら他に方法は無いな、諦めろ。結界の補強はしてやる。次はこういうことは起こらんようにな。せいぜい行方知れずになったそいつのことは尊い犠牲だとでも思って忘れとけ! 俺は面倒なことはごめんだ! 」
「待ってください! 今の囮って一体どういう意味ですか? もっとちゃんと私にも分かるように説明してください! 」
あやめは身を乗り出しながら訊いた。
「お前自身が囮になって、向こう側から門を開かせる。夜は向こう側とこちら側の距離がかなり近くなる。やるとしたらそれしかない」
「……」
「亡者どもは生に執着しすぎているせいで、結婚前の穢れの無いみずみずしい生娘が大好きだからな。だからお前自身が囮になれと言ったんだ」
偕人の言葉に、あやめが絶句し、真っ赤になった。
「なっ……」
「仮にも教職についた人間の言う言葉では到底ありませんね。本当に最低ですよ、あなたは。どれだけ下衆なんですか」
朔夜が心底呆れたように、ため息混じりに言った。
「俺はこの国の大多数の連中が大好きな曖昧な物言いやら、濁したような言葉を好まんだけだ。……で、やるのか、やらないのか? 俺はどうでもいいからさっさと決めろ。こちら側に引きずり出せるなら可能性はまだ有る」