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忘却の祠

 ―そこは文字通り、奈落(ならく)の底と呼ぶのに、最も相応しい場所だった。


「何だここは……! 」


 花街の直下に当たる場所にあったのは、歌舞伎座の真下によく隠れているような……しかも、更にそこにもっと広がりを持たせたような、広々とした荒涼とした空間だった。


 植物の育つ気配がまるで無いような、(わび)しさが漂う、土くれの地面の上には、砕けた石材が所々に散乱している。

 そして、その周りの壁、天井のありとあらゆるところには、身の毛がよだつような、おどろおどろしさを感じさせる呪符が、隙間無くびっしりと貼り付けられていた。

 呪符はどれも黄ばんで退色した、古びた和紙で出来ており、その上に墨で書きつけられた、無数の文字が睨むようにして、そこを訪れた者達を強烈に威圧していた。


「要石を沓石(くついし)にしていて、その上にこの妓楼(ぎろう)の柱か……」


 驚きの余り息を呑むようにしながら、偕人と大和の二人が、目の前に立つ太い大きな柱を見上げる。

 そして、柱の向こう側には、風穴のような闇が口を開けていた。


「要石に触れないようにする為の、覆いか重石(おもし)のつもりなのかは分かりませんが、また奇抜なことを考えたものですねー。こういう大がかりで力技とも言える仕掛けは、当時だから出来たことなんでしょうけどー」


 そうして、剥き出しの柱の両側には、こじんまりとした石の(ほこら)が二つ建っていた。

 周りをよく見ると、そこには元は他にも幾つも建っていたであろう、朽ちて崩れた祠の残骸が、多数あるのが散見された。

 その時、偕人と大和の前に、ふわりしたふたつの影が浮かび上がった。


「……大和」

 偕人が横に立つ男の名を呼ぶ。

「何ですかー? 」

「……こいつらは明らかに神域の者でありながら、何故、俺達に敵意剥き出しなんだ? 」

「僕も今、その理由を聞きたいと思ってたんですよー、偕人(あなた)に」

 祠の目の前にふわりと浮いた状態の、二匹の白兎(しろうさぎ)がじっと身構えるように、こちらを見据えていた。

 だが、姿形が兎のそれとはいえ、その眼光は鋭く、実際には無いであろう牙を剥きだして、今にも襲いかかってきそうな、獰猛な獣のような雰囲気さえも見せている。


「ここにある、崩れた祠の残骸のようなものは、かつていたお前達の仲間のものなのか……? 」

 二匹の白兎に、そう偕人が問い掛けた。

「彼らは常世との境界を、ここで人知れず、ずっと押し戻し続けてきたようですねー」

 打ち捨てられたような周囲を見回しながら、大和が言う。

 だが、白兎達は二人の男の言葉に応えるどころか、冷たい眼差しでじっと見つめてくるだけだった。


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