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八咫烏の朔夜

 他の級友が全員いなくなり、その場には偕人とあやめだけが残された。

 ―あの分だと、明日は皆から質問攻めだなー。最低だな―、説明するのも嫌だなー、明日は仮病で休みたいな―。

 あやめは暗澹(あんたん)たる気持ちのまま、そう思った。


「あの、お願いですから、学校では授業以外で、私に声を掛けるのはやめて下さい! 余計に話がややこしくなりますから! 」

「なんだ、俺がせっかく声をかけてやったのに、なんだその態度は」

 ―駄目だ、この人話が通じなさすぎる。期待するだけ無駄な気がしてきた。

 あやめはため息をついた。

「教師が公私混同するのはよくないと思います! 」

「公私混同なんて別にしてねえだろ! 」

 あやめはがっくりと肩を落とした。

 偕人はあやめの気持ちなど全く分からない様子で、巨石の周りをしきりに調べている。


「中途半端に『(いしずえ)』を壊したのか。これは駄目だろ。どっかの高名な職人がせっかく親切心でやっといてくれたありがたい封印だってのに。壊しちまったら意味ねぇだろうが。俺の面倒事を増やすなよ」

 偕人はだるそうに自分の肩に手を掛けると、そこを()んだ。

「……『あいつ』もいねえし、俺だけではどうにもならんな」

 意味の分からぬ言葉を繰り返す偕人をあやめは何事かと眺めていたが、その時、空からひとつの黒い影が飛来した。

 羽音を立てながら下りてきたのは一羽の黒い翼を広げたカラスだった。


「あれ、あのカラス……? 」

 あやめが近づくと、カラスが一声鳴いた。

「やっぱり、足が三本ある! 同じ子だ! どうしてここにいるの? 」

 その時、偕人が下駄履きの足でカラスに真っ直ぐに駆け寄った。

「お、お前! 何処行ったかと思ってたら、何ただのカラスのふりなんかしてんだ! 朔夜(さくや)! 」

「え? 」

 あやめは偕人の反応に驚き、思わず声が出た。

 直後に、目の前のカラスが流暢(りゅうちょう)な人語で次々喋り出した。


「迷惑な偕人(あなた)の世話には、いい加減疲れましてね。血が足りなくなると、叩き起こそうとしてもどうやっても起きないし」

 心底苦労した、というようにカラスは羽で顔を覆った。

「お前がいないことであれから俺がどれだけ危険な目に遭ったのか分かってんのか? 危うく何回か死にかけたんだぞ! 」

「だから、本当に死ぬ前に戻ってきたでしょうが。あなたの場合、ほっといたって別に死にませんよ。似ても焼いても喰えないし、魍魎たちだって腹を壊す。どうせどっかでまた会うだろうとは思ってましたけどね、嫌でも」

 カラスの言葉に、偕人の顔が青ざめた。


「もしかして、お互いに見知ってる相手同士だったんですか? 」

 偕人とカラスを交互に見ながら、あやめが訊いた。

「お前こそなんでこいつを知ってんだよ! 」

「うちの前で怪我してたから、私の部屋で預かって世話してたんですよ」

「はぁ?! 探してもいないと思ったら同じ家の中にいたとかおかしいだろ! って、そこの鳥! 知ってながら、お前わざわざ黙ってやがったな! お前なら俺の居場所が分からないわけないだろうが! 」

「ええ、偕人(あなた)とは出来る限り関わりたくなかったものですから」

「……」

「それに此処へ来たのも、元々、偕人(あなた)の為ではありません。こんな嫌な瘴気が漂う場所に、大切なお嬢様のあやめさんを置いておくなど論外だ。ご厚意でお世話になったのですから、これくらいは当然のことです」


「は? 俺の出迎えじゃないとか冗談だろ?  お前は俺に憑いてるんだろ? それを忘れたのか? 」

 カラスは偕人の問い掛けを完全に無かったことにして、あやめの方に向き直った。

「さ、あやめさん、こんな男のことは気にせず参りましょう。もう日暮れで道も暗くなってきましたからね。……おっとその前に、自己紹介が遅くなったようですね。私は朔夜(さくや)、一部の人々からは『八咫烏(ヤタガラス)』と呼ばれる、神域に属する者です」


「人の言葉が話せるなんてびっくりしました」

「黙っていて申し訳ない。とても優しくしてくれたあなたを驚かせたくはなかった。こういう少し変わった姿でも、気味悪がらず怪我した私を助けてもらって本当にありがたかった。あなたは恩人だ。それより私を見ても驚かないんですね」

「毎晩寝る時までずっと一緒でしたから! 全然平気です! 」

「なっ……! 」

 偕人が絶句したので、あやめがすげなく言った。


「偕人さん、なんか変な想像してません? 」

「いや……」

 あやめは朔夜の方に向き直った。

「恩人だなんて、そんなこと気にしなくていいんですよ。元気になって本当によかったですね! 」

 ほんわかした空気が、あやめと朔夜の間に流れた。

 その時、キレた偕人が背後からつかつかと近付き、朔夜を掴んだ。

「なんだ、お前のそのあやめと俺に対する明確な態度の差は! 」

 直後に反抗するように、クエーッと朔夜が威嚇しながら鳴いた。

 その鳴き声に思わず怯んで手を離した偕人の後頭部を、飛び上がった朔夜が後ろ足で容赦なく蹴り飛ばした。

 偕人は頭部から流血してのけ反った。

「痛ぇ――――!! こいつ俺の髪をむしりやがった。 馬鹿野郎! 」


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