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想いを抑えきれずに(第三部完結)

「何だ? とっとと、早くやれよ、お前も。別に出来栄えについては、最初から全く期待していないんだからな」

 ぼんやりとしたまま、(いま)だに雛飾(ひなかざ)り用の人形作りに取り掛かろうとしない、あやめに(ごう)を煮やした偕人が言った。


「偕人さん……聞きたいことがあるんです」

「また改まって、何だ……? 」

「どうして、うちにまた戻ってきたんですか? うちは広い方じゃないし、どちらかと言えば、窮屈なくらいなのに……」

「何だ、そんな話か。お前が巫女になった以上は、俺が側に居た方がいいだろ」

 そこまで言ってから、偕人は一旦言葉を区切ると、何色かの糸を選び出しつつ、再び言葉を続けた。


「お前自身はさっぱり自覚が無いだろうが、本来は月城家より、巫女になったお前の方が扱いは高位だ。世が世なら、俺はお前の従者だろう。だが、言っておくが俺はお前を(あが)めるつもりなど一切ないから、その辺りの気遣いは無用だからな! 」

「……な、何なんですか! その意味の分からない宣言を、いきなりされた側の私はどうすればいいんですか! 」

 あやめが若干引き気味に言う。


 唐突な声がしたのは、その時だった。

「そう、そしてもう少し付け加えて言うなら、正しくは偕人(あなた)については従者ではありませんね。私の記憶が正しければ巫女が出た時の、巫女を(めと)るのは、その時の月城の当主だった(はず)かと。だからそんな特別な相手から離れられるわけが……」

 あやめが驚き、縁側に面する廊下に目をやった。

「またお前か……朔夜」

 急に背後から掛けられた言葉に、偕人があからさまに顔をしかめた。

「朔夜……どうやら、お前には余計な時だけ俺についてくるという面倒な癖があるらしいな? 」


 偕人が立ち上がり、肩を怒らせつつ近付きながら、黒い羽をたたんだ朔夜を掴むと憎々しげに口を開く。

「……なあ、お前といい、大和といい、何故、俺の周りにいるのは、俺の意志に反した、査問会議(さもんかいぎ)ものの余計な発言をしたがる奴ばかりなんだろうな? 」

 偕人からの冷ややかな視線と言葉を浴びながら、朔夜がさして気にも留めない口調で言う。

「余計でしたか? 私のしたのは、単なる昔話ですが。もっとも、昔話とはいえ、自分がこの目で見てきた、文書より確かな史実に基づく話、ですが」

「それが余計だって言ってんだよ、俺は! 聞いた側の人間に、偏った先入観を与えるようなことは言うなと言っておいた(はず)だ! 」


「偕人さん……今の話は本当なんですか? 」

 あやめが躊躇(ためら)いがちに、おずおずと口にした問い掛けに、偕人が酷く気まずそうに、朔夜を力なく解放しながら振り返る。

「……別にこれまでがそうだったからといって、それを同じように踏襲することはないんだ。考えてもみろ、先代の巫女の話は何百年も前のことだ。今とは時代が違い過ぎるだろう。だから言う必要性を感じなかっただけだ」

 偕人がそう言いざまに苦々しい表情のまま、目を()らしながら応える。


 その場には形容しがたい空気が流れ、告げられた事実に、あやめが何と言えばよいか分からなくなった様子で、俯き加減で微かに頬を染めた。

「……」

 偕人とあやめが互いに言葉を発せないままの時間が(わず)かに続いた後、遂に場の空気に我慢が出来なくなったように、偕人が縁側に向かって叫んだ。


「風丸、何処だ! たまには俺が自ら散歩に行ってやるから出てこい! 」

「偕人さん……風丸は、今日は少し前に新聞に載っていた強盗事件の犯人を捜す為に、大和さんが連れて行くと言っていたから、多分……」

 あやめの言いにくそうな返しに、偕人が露骨に言葉に詰まった。

 偕人はあからさまに狼狽(うろた)えながら、悔いるように乱暴に髪を()き上げざまに、再び胡坐(あぐら)をかいて座った。


 夕闇が刻々と近付いた、視界がぼんやりと霞みかけた部屋の中で、同じ屋根の下、初めてはっきりと互いを意識し合った二人の視線が重なった。

 あやめの両眼に、目の前の男に、自分達のこの先を問い掛けるような思いが浮かんでいた。

 もう逃れる事が出来ないと悟った偕人が身体ごと向き直り、その(ひざ)が畳の床を()る音だけが、部屋の中には響いた。


「朔夜が話したことは事実だ。伝えていなかったことについては悪かった。いずれは知る必要のある事なのだから、俺がどう考えてきたかだけは、今説明しておく」

 普段とはまるで違う、射抜くような真剣な眼差しで、あやめを見据えながら、偕人が言った。

「……いいか、お前は必ず自分の道を自分で選んでいけ。お前の未来はまだ真っ白い紙と同じなんだ。先に続くものが、何もかも不確かだったとしても、これまでの過去のやり方には、決して惑わされたり左右されるな」

 意を決したように、偕人がゆっくりと語りかけてくる前で、あやめは鼓動が高鳴っていくのを確かに感じていた。


 目の前の男の喉元に深く刻まれた隆線が、あやめに否応なく自分とは違う性差を感じさせた。

 耳の奥に直に触れてくるような、偕人の低い声は、更に続いた。


「その自由を守る為に、俺はお前の側に居続けることを決めた。これが当代である俺のやり方で、誰にも阻害させはしない。逃れられぬものに縛られる人間はもう増やしたくないからだ。俺とお前の間のことは最後でいい……どうするかは、今はまだとても決められないだろう? 」


 指先を伸ばせば手が届く程の、今のふたりの間にある距離。


 それと同様に、ほんの些細なきっかけさえあれば、容易く剥き出しになりかかる、今直ぐにでも目の前の娘の全てを手に入れてしまいたいという、自らの中の想いという名の感情を抑えながら、偕人が苦い表情のまま、そう言い終えた。


 朔夜は一瞬、物言いたげな視線を偕人に向けたが、それ以上はあえて何も言わずに、翼を広げると縁側に飛び出し、塀を越えてそのまま飛び去っていった。


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