神隠しの噂
―数日後。
「神隠し……?」
あやめがその『下級生失踪の噂』を聞いたのは、この学校では必修となっている薙刀の授業時間中だった。
だが、当然練習中にまで刃のついたものを使うわけにはいかない。
その為、今は練習用の刃の無い細長い棒を、女生徒達が揃って振っていた。
「そう、まあ、ただの噂だと思うけどね。でもその子がいなくなっちゃったのは本当なんだって」
掛け声に合わせて棒を振りながら、横にいる桐生咲子が言った。
「いなくなった子、『あの巨石』の前でぼーっと立ってたらしいよ。後で行ってみない? 」
「……あんな薄気味悪いところ、やめといた方がいいんじゃない? 何かの見間違いでしょ」
あやめは閉口気味に言った。
その時、咲子が急に思い出したように言った。
「そういえば、新しい和裁の先生のことだけど……」
「あの先生素敵だよね! 」
すかさず、もう一人の級友の水無月夕子が口を挟んできた。
「はぁ? 」
あやめはその級友の言葉に、思わず自分の耳を疑った。
「最初は若い男性の先生って聞いてどうしようかと思ったけど、言葉遣いはぶっきらぼうだけどすごく優しいし」
「優しい? 一体何処が……? ちょっと待ってよ」
「それに凛々しくて、声も素敵なんだよね―」
「分かる、分かる! 早く和裁の授業にならないかなぁ」
まるであやめの言葉を黙殺するかのように、友人達が次々に会話に加わってくる。
そしてひとしきり女生徒達が賑やかに騒いだ後、心酔するような表情を浮かべ、夕子が言った。
「月城先生、独身なんだって! 」
―駄目だ。皆、あの男の外見に完全に騙されてる……。私は一体どうすれば……。
あやめは唖然としたまま、頬を染めながら夢見る乙女のような級友達を見つめていた。
放課後、あやめを含む何人かの級友達は、件の『神隠し』の噂の場所となっている『巨石』の前までやってきた。
正直言ってあやめ自身は本当は同行などしたくなかった。
だが、興味本位で好奇心旺盛な咲子の誘いを断りきれなかったのだ。
どうも自分はこういう強引な人間に言われるがままになっているように思えるのは単なる気のせいだろうか。
「前から思ってたんだけど、学校の敷地になんでこんなものがあるんだろうね。なんかすごく陰気な気がして嫌だな。早く帰ろうよ」
あやめは不安げな表情でそう言った。
この女学校の園庭の奥には、太いしめ縄が張られた巨石がひとつ据えられていた。
大人の身の丈より3、4倍はありそうな大きな石だった。
巨石自体は苔むしており、一見しただけで随分と年代物だということが見て取れる。
そしてその背後にあるのは鬱蒼とした雑木林。
おかげで、その木々の葉が作り出す影が、巨石により陰鬱さを醸し出していた。
「その子は、どうしてこんな薄気味悪いところに一人でいたんだろうね」
その時、突然、背後から聞き覚えのある男の声がした。
「おい、お前ら、一応忠告しておいてやるが、そこに近付かない方がいいぞ。嫌な瘴気が出ているからな」
あやめが振り返ると、そこには偕人が立っていた。
女生徒達がお互いに目配せしあい、うっすら頬を染めた。
その様子に、あやめは思わず寒気がした。
「とっとと、解散しろ。寄り道せずに帰れよ。あと、お前ら当分ここには近付くなよ! 」
偕人は手を挙げて、女学生達を巨石から遠ざけようとした。
あやめも咲子達と帰ろうと、そこを離れかけた。
その時、偕人の腕があやめの肩を掴んだ。
「美月あやめ、お前は俺と帰ればいいだろ? どうせ同じ家なんだから」
その瞬間、その場の空気が凍りついた。
「え……? 」
周りの級友達が信じられないとでも言うように、あやめを見た。
―どうしてこの人は、こう迷惑なことばかりしでかすのか。
「……」
周りの友人達の視線を痛いほど浴びながら、あやめは願わくば今この瞬間に消えてしまいたい、と心の底から思った。