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俺は一体何の為に

「この毛皮は名だたる、あの火鼠(ひねずみ)皮衣(かわごろも)にも匹敵する稀少さ、まさに美の先駆者たるわたくしに相応(ふさわ)しいですわ! 」

 管狐の毛皮をうっとりと眺めながら菊乃が言った。

「姉上……()く意味を最初から見いだせないながらも、あえてお聞きしますが、また、壮絶に古いところから、何故そんな脈絡がまるで無さそうな引用を? 」

「あら、わたくしはかぐや姫の生まれ変わりですのよ? お前今まで知らなかったの? 」


「……どうせ勝手に自称して名を(かた)るのなら、だったら相手はせめて実在した奴にしておけよ」

 げんなりした偕人の言葉を(さえぎ)るように、あやめが感心したように口を開く。

「織姫先生のお姉様はかぐや姫だったんですか! これは驚愕の新事実ですね! 」


「あやめ……お前からの悪意は十分に伝わったが……銀河織姫のことで、どれだけ執念深く俺を恨んでるんだ、お前は! 」

 偕人が眉間(みけん)に青筋を浮かべながら言う。

 その時、管狐(くだぎつね)を覗き込んでいた大和が口を開いた。


「どうやら、目を覚ましたみたいですねー」

 大和の言葉とほぼ同時に、柔らかそうな毛を揺らし、管狐が首をもたげた。

 そこに居た一同が、一斉に管狐に注目する。

 その時、偕人が何かを思ったかのように、不意にあやめの方を向いた。


「あやめ、お前が今、首にかけてるそれを、今すぐ俺に貸せ」

 あやめが首元のネックレスに触れながら(こた)える。

「……? これ、菊乃さんからお借りしたものなんですよ? 」

「いいから早く渡せ! 」


 偕人の言葉の意図(いと)が分からぬまま、急かされ仕方なく、あやめはネックレスを外すと、偕人に向かって差し出した。

 偕人は有無を言わさずあやめの手からネックレスを奪い取ると、管狐の前にそれをぶらさげた。


「管狐、お前の好きそうなものをやるから、観念して俺に従え。な? 」

 瞬間的に何が起きたか分からないまま、ぽかんとしていたあやめが目の前の現実を認識して叫ぶ。

「え?!! か、偕人さん、だからそれ、本当に菊乃さんからに貸していただいていた、大切な借り物なんですよ!! 何て事をするんですか!!! 」

 あわあわしながら必死で止めようとするあやめの非難の声に、偕人が面倒臭そうに言う。

「この程度くらい、俺が肩代わりして返してやるから、別に構いやしねーよ! 」

「金額の問題じゃないです! 偕人さんがやっていることは、完全にかっぱらいの窃盗犯と一緒ですよ?! 」

「……そうですわね。大和、この処断はお前に任せましたわ」

 大和が笑顔でサーベルを引き抜き、素早く刃先を偕人の首筋に突き付けた。


「とうとう前科が付いて、偕人(あなた)もお縄になる時が来ましたかー。短い付き合いでしたねー。窃盗犯に、自ら他の人間から奪ったものをそのままやろうなんていう(やから)は、世間広しと言えども、あなたくらいでしょうねー」

 大和の言葉に、偕人が即座に青ざめる。

「……おい、何の冗談だ、大和? 俺の加勢をしろ。菊乃の軍門に下るな」

「軍門とかじゃないですよー。僕の立場上、これは仕方ないですからー」


「そのネックレスは、欧州の十八世紀の稀少(きしょう)なアンティーク品で、家が何軒か建つような、滅多に出回らないような逸品ですけど、お前は当然それも承知の上で、ですわね? 当然、男に二言はありませんわよね? 」

 慈愛に満ちた微笑みを浮かべつつも、目の奥が笑っていない菊乃の言葉に、偕人の動きが止まる。


「は……? 姉上、冗談も大概(たいがい)に……どう見ても、こんな踏んだら直ぐにぶっ壊れそうな小さなものに、そこまでの値打ちがあるわけが」


「欧州の王室お抱えの名工の手によるものですの。わたくしのような者は本物志向の本格派でなければなりませんから、模造品(もぞうひん)では我慢できずに取り寄せましたのよ。その証拠に裏に職人の刻印がありますわ。でもわたくしは気にしませんわ。丁度同じデザインにも飽きてきたところですもの。弁償してもらう時に、当然同じ価値以上のものを所望(しょもう)しますわ。月城の家の資産はびた一文使わせませんわよ、よろしくて? 」


 畳み掛けるように告げられた言葉に、偕人が一気に口から大量の砂を吐くような青い顔をして、昏倒(こんとう)しかけた。


 その時、間近に憲兵団の男達数人が息せき切って走り込んで来たので、ようやく大和が偕人を解放した。

 憲兵団の男達から、詳細な被害状況に関する報告を受け、大和が再び彼等を散開させてから、偕人の方に向き直った。


(あらかじ)め分散させておいたそれぞれの部隊が役に立ちました。(さいわ)いと言えるかどうかは分かりませんが、建物の被害だけで、巻き添えになった人間は特にいない模様です。後で原状回復の為に手を回しておきますが、構いませんか? 」

「ああ、その辺りの面倒な事は、全てお前に一任する」

 青ざめたままの端的な偕人からの言葉に、大和が半眼を伏せながら(わず)かに(うなづ)き、承服(しょうふく)の意を表す。

 大和の見せたその様子に、偕人が(ひど)く意外そうに口を開く。


「お前、何時もは俺に従わないくせに、今日だけは何故、そう従順で素直なんだ? 」

「これ以上、(むご)い真似をして追い詰めても気の毒ですからー。幾らの僕でも流石にそこまではー」

「は……? 」


「それ、菊乃(あのかた)に頼まれて遥々(はるばる)買い付けに行かされたの僕なので、市場価格が幾らか、ぐらいかは当然把握してますからー。まあ、さっきお店を壊された方々より、現状のやらかした度合い的には、むしろ深刻なのはどう考えても偕人(あなた)の方が上ですからー」


菊乃(あいつ)の言葉は、何時も通りの、でまかせやら冗談じゃなかったのか?! 」

 ネックレスを手にしたままで、青ざめた偕人が叫ぶ。

「先に言っときますけど、僕は手伝いませんからねー。借金返済なんて馬鹿らしくて付き合ってられないしー」

「俺は別に、最初からお前なんかあてにしてねーよ! 」

 偕人が悲痛な叫びと共に、ネックレスを大和に投げて寄越す。

「大和、それをわたくしに」

 菊乃が手を差し出して、ネックレスを受け取った。

 それから管狐の前でしゃがみ込むと、じっと見つめて微笑んだ。


「一度差し出すと言ったものは、相手が誰であっても撤回は出来ませんわ。それにお前はとても綺麗な毛皮なのですから、きっとこれがよく似合いますわ。こうすれば首が太くても飾れますわね」

 そう言って、菊乃は自らの長く伸ばした髪の毛を一本だけ引き抜くと、ネックレスの繋ぎ目の両側に通し、管狐の首の周りにそっとかけ、軽く(しば)った。

 管狐は(ひど)くびっくりした様子で、おずおずと顔を上げる。

「そのような美しい姿をしていながら、誰かの物を()るようなさもしい真似は、もう決してしてはなりませんわ」

「さもしい真似……今の偕人さんへは勿体無い程の、的確過ぎる訓示(くんじ)ですね! 」

「実感を込めて感心しながら言うのはやめろ! ただの俺に対する悪口じゃねえか! 」


 管狐は驚いたように、その場でうろうろと動き回った後、(わず)かに菊乃の方に近寄ろうとした。

 だが、一瞬迷うような仕草を見せた後、後退(あとずさ)りしながら、再び一気に後方に向かって駆け出した。


「おい、捕まえるどころか、管狐(あいつ)がまた逃げたぞ……」

 偕人がげんなりしながら(つぶや)く。

「わたくしを連れて行きなさい」

 菊乃が立ち上がると、短く言った。

 偕人が渋々、大和の方を向きながら口を開く。

「……だったら早く憲兵(おまえ)の職権で、人力車(あれ)をどれか一台盗()って来い。やれることと言ったらそれしかないだろ? 」


 周辺の路肩には、客待ちの人力車が多数並んでいた。

「仕方ないですねー。あんまり気が進みませんけどー」


 大和が名ばかりの交渉と言う名の強奪で、引いてきた黒塗りの(ほろ)付きの人力車が、砂埃を巻き上げながら、菊乃とあやめの直ぐ側に横付けされた。

 偕人が腕を伸ばしで、あやめを軽々と抱き上げると、人力車の座席に乱暴に押し込んだ。

「きゃあ! 急に、な、何をするんですか?! 」

「うるさい、時間が無いんだから、お前は黙っておとなしくそこに乗ってろ! 」

 続けざまに大和が菊乃に手を差し伸べて座席に乗るように促す。

「悠長にそんなを真似していたら、今度こそ管狐(あいつ)を本当に見失うだろうが! 」

 そう言って、偕人が無理やり菊乃を座席に押し上げた。

 それを見届けた瞬間、前方の支木しもくを手にすると、偕人と大和が物凄い速さで人力車(くるま)を引いて走り出す。


 余りの勢いに、座席のあやめがひっくりかえって悲鳴をあげた。

 人力車を猛烈な勢いで引きながら、(しばら)くの後に、息も絶え絶えに偕人が自問自答しながら言った。

「……俺は一体何の為に役人になったんだ? 」

 その時、人力車の(ほろ)の上に舞い降りてきた黒い影に、あやめが思わず顔を上げた。

「あ、朔夜さん」

 あやめの言葉に、偕人が即座に背後を振り返る。


「朔夜! お前、さっきから姿が見えないと思ったら、一体何処に行ってやがった! 」

 朔夜は器用に三本の足を人力車の(ほろ)のへりに引っかけ、そこから見下ろすようにして口を開く。

「当然、傍観ですよ。偕人(あなた)には極力関わりたくなかったですしねえ」

「……何時かお前を本当に焼き鳥屋に売ってやるから、覚悟しておけ」


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