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白昼の市街地にて

 崩れ落ち被害を受けた商店の方へは、大和が素早く憲兵団の男達を救出に向かわせた。

 その間に、偕人は路上に足を開いて立つと、こちらへ近付いてこようとしている管狐(くだぎつね)を待ち受けながら身構えた。


「……結局、白昼の市街地(ここ)でやりあう羽目になったか」

 気が進まぬ、ため息混じりの言葉を吐きながらの偕人の背中に、菊乃が注文を付ける。

「この事態を早急に上手く収めなければ、どうなるか分かっていますわね? わたくしからの得難(えがた)い程に貴重な助言を、(きも)(めい)じておくといいですわ! 」

 にこにこしながらそう言ってのけた菊乃に、偕人が怒鳴った。

「うるさい! 菊乃(あんた)はそこに突っ立ってるだけで、多少なりとも俺を手伝おうとは思わんのか?! 」


 偕人は(ふところ)から何か細長いものを取り出すと、おそらく管狐(くだぎつね)がやってくるであろうと思われる、軌道上の石畳の道の石材の繋ぎ目に向かって、それを力任せに突き刺した。

 偕人が路上に突き刺したものを目にして、あやめが驚きの余り、思わず叫ぶ。

「え?! あの時の蕨手刀わらびてとう?! まだ持っていたんですか?! 」

「ああ、時間が掛かったが、蕨手刀(こいつ)の使い方が、最近ようやく分かってきたところだ。毎回何もかもが手探りでうんざりさせられるが……まあ、実戦で試すにはいい機会だろう」


 あやめが驚いている前で、突き刺した剣を基点に、地響きと共に地中を大蛇が這いずり回って出来るような亀裂が、凄まじい速度で刻まれていく。

「手ずから使う物じゃなく、地の利を利用して攻撃する道具だったんだよ、こいつは! 最初は形に完全に(だま)されたがな! 」

 突然の地割れに管狐(くだぎつね)が驚いたように、(ひる)んで飛び上がった。


「……まあ! 多額の血税を投じて整備してきた、西洋風の市街地の美しい景観が(そこ)なわれますわ! 」

「やかましいわ! 黙ってろ! この状況で、そんな余裕があるとでも思うか? 」

 そう言いざまに至近距離に飛び上がってきた管狐の尾を掴むと、偕人がその身体を道に強烈に叩きつけた。

 得物(えもの)が無いまま、素手で管狐を抑え込んだ偕人の姿に、あやめがあっけにとられて口を開く。


「朔夜さんがいなくても、偕人さんは本当は一人でも戦えたんですか? 」

 あやめから素の反応に、偕人が青ざめる。

「あのな……お前、俺のこと何だと……? 幾らなんでも、俺はそこまで頼りなくはないぞ。それくらいは(きた)えてるに決まってるだろ! それにこんな昼日中から、闇鋏(あんなもの)を出せるか! 」

 偕人の身体の下敷きになった管狐がキィキィ反抗するような鳴き声を上げながら、じたばたと必死にもがこうとする。

「おとなしくしろ! これ以上悪事を重ねると、本当にお前を潰すしかなくなるだろうが! やりたくもないことを俺にやらせるな! 」


 丁度その時、路上に引かれた二本のレールの上を、この街の住民達にとっては御馴染みの深緑に塗られた一両だけの車輛の路面電車が、緩やかな下り坂となっている三叉路(さんさろ)の交差点を左折して、勢いよく加速しながら、こちらへ近付いてくるのが見えた。

 偕人の真正面から向かってくる車輛の運転席では、そこでハンドルを握っていた運転士が驚愕の表情で慌ててブレーキをかけると、車輪が火花を散らし、周辺に耳障りな金属音が大きく響き渡った。

 偕人が思いもかけなかった事態に眼を見開き、次の判断に明らかな迷いを見せた。

 と同時に、それまで偕人が身体で押さえつけ下敷きにしていた管狐が、一瞬の隙をついてするりと抜け出ると、再び空中に飛び上がった。


 管狐の身体を掴み損ね、偕人が叫ぶ。

「馬鹿野郎! 待て、そっちに行くな! 巻き込まれて自滅するぞ! 」

 混乱したせいか、偕人が止める間もなく、勢い余って管狐が車体の下に滑り込んでいった。

 路面電車の車体が、潜り込んできた管狐が起こした風圧と、先程の地割れで強度が落ちた線路の影響とが相まって、走行しながらぐらりと大きく傾きかけた。


 不運にもそこに乗り合わせてしまった乗客達が、脱線寸前の車体の中で、備え付けの手すりに必死にしがみつこうとする姿や、窓に張り付く姿が、窓硝子(まどがらす)越しに見え、あやめが思わず息を呑んだ。


「くそ、一人で片付けるつもりが、結局お前頼みか……! 大和、抑えろ! 」

 舌打ち混じりの切迫した偕人の叫ぶ声に応えた大和が瞬時に前に出ると、サーベルを引き抜きざまに、空を斬り、剣からほとばしる風圧でそれを一気に押し戻した。

 管狐の身体が弾かれて吹き飛び、空間が裂けるような(ひず)みが生じながら、かかった力同士が相殺(そうさい)されて消滅していく。


「僕は誰かを守るような、力の加減は苦手なんですよー。どうせ僕にやらせるつもりなら全部吹っ飛ばしても構わないくらいに、手加減無用で斬らせてもらわないとー」

 不満げな言葉を漏らす大和に、偕人が呆れたように言った。

「……文句を言うな、いいから黙ってやれ」


 路面電車はそのまま事なきを得て停止し、その前には車体に衝突した管狐が、舗装された道の上に転がった。

 頭部を強打してふらついているのか、管狐の身体が若干、痙攣(けいれん)している。

「……仕留めたか? 結局やりすぎたな。加減する方がこうも難しいとはな」

「まあ、結構な衝撃でしたからねー。僕の風圧も直撃とまではいかなくても、かなりの割合で食らったでしょうしー」

 路傍(ろぼう)に転がった、白金(プラチナ)睡蓮(すいれん)の証を拾い上げながら、大和が(こた)える。


「あら、近くで見るとこれは舶来ものに勝るとも劣らない、なかなかに良い毛皮ですわ。わたくしの襟巻(えりまき)によさそうですわね」

「?!! 」

 偕人と大和のふたりが、愕然としながら揃って声のした方を見やる。

 何時の間にか、菊乃が直ぐ傍らに立って、嬉々としながら管狐を眺めていた。

 しかもしゃがみこんで、管狐の毛を引っ張った。

「まあ、この色目と風合い、本当に素晴らしいですわ! 」

「……」

 偕人と大和が顔色を失くし、思わず立ち尽くす。


「そいつは捕獲して、これから先に何らかの役に立たせる為に使おうと思っていたんですが……姉上? 」

「嫌ですわ、これはわたくしの毛皮にしますもの! 」


「何、実年齢とは半世紀はかけ離れた、我儘(わがまま)幼女みたいなこと言ってんだ、菊乃(あんた)は! 」

 次の瞬間、(あご)に菊乃の鉄拳を食らった偕人の身体が、再び盛大に吹っ飛んだ。


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