破滅願望でもあるのか?
「どういうことだ! 何故こんなところに憲兵の奴等が……! 」
白木のドスを手にした、下駄を履いた着流し姿の大柄な男が、目をぎらつかせつつ、周囲の様子を窺いながら、忌々しげに呟いた。
「もう観念して下さいねー。何事も諦めが肝心ですからー」
唐突に背後から掛けられた声に、男が顔面を強張らせながら振り返ると、腕組みした憲兵の火神大和が悠々とそこに立っていた。
「……! 」
窮鼠猫を噛む、の状態の男がドスを振り回し、激昂しながら斬りかかってきたが、大和はサーベルを抜くこともせず、前足をさばいてそれを交わしながら、肘打ちを男に食らわせると、重心が崩れた男の身体をあっという間に投げ飛ばした。
その光景を背後から見ていた、八咫烏が頭に乗ったままの偕人が口を開く。
「……なあ……朔夜」
「……何ですか? 」
「大和、前より明らかに強くなってないか? しかも今日はいつにも増してやる気十分だな」
「理由は簡単です」
「だな」
大和が失神した男の背後で、しゃがみこんだまま震えながら涙ぐんでいた少女に向かって、そっと手を差し伸べる。
「もう大丈夫ですよー」
「流石、女が絡むと話がはや……」
偕人がそう言い掛けた時、それを遮るように他のむさくるしい、もとい男気溢れる憲兵の男達が、大和を羨望の眼差しで見つめながら口々に絶賛する。
「あの隙の無い動き! 兄貴は流石だな! 」
「ああ、本当にな! 完璧だったな! 」
その光景を眺めながら、偕人が更に顔色を失くす。
「……おい」
「んー、どうしたんですかー? 」
「何でこいつらはお前に対して、その呼び名なんだ……? 」
大和が答えるより早く憲兵団の男達が口を挟んだ。
「そりゃあ、兄貴は俺達の兄貴ですから! 」
「……」
「僕は別に呼び名なんて気にしませんけどねー」
大和がそう言った瞬間、偕人が酷く頭痛を覚えたような嫌な顔をした。
それから遂に我慢の限界を超えた様子で叫ぶ。
「大和が何処からどう見ても、お前らの集団の中じゃ一番年下なのに、その呼び名はおかしいって言ってんだよ、俺は! 」
「既に一週間近くが経過してしまいましたが、こうして無作為に物取りを捕まえることを、繰り返していても、ろくな成果が得られませんねー。留置所にも限りがあるから暴漢を捕まえ過ぎても困るんですけどー。目的だった筈の管狐の話は何処へやらでさっぱりですしー」
大和がやや不満げに考え込むような仕草をしながら言う言葉を、偕人が若干引き気味に聞いていた。
「成果はあるだろ……? 俺にはむしろこれが本来のお前らの仕事のように見えるが……? 市街の治安維持には最善を尽くすべきだろ」
「そっちはそれなりにはやりますよ。けれど、検挙率が上がって成績が良くなりすぎて、悪目立ちするのも困るんですよー。後から色々と動きにくくなって厄介なことになりますからねー」
「……お前らはどういう集団なんだ? 」
偕人が脱力しながら言う前で、憲兵団の男達が先程の白木のドスを所持していた男を取り囲み、力任せに縛り上げていた。
「それに呼び名の事といい、大和は何時から、この野盗集団の頭のようになったんだ……? 」
「野盗とは、また人聞きの悪い呼称ですねー。せめて愚連隊くらいには格上げしてもらいたいですよー」
「……それはどうでいいような大差の無い拘りだな? 」
「兄貴、いえ、若! この後どうしますか?! 」
そう言って直立で敬礼しながら大和の指示を待つ、大柄な憲兵の男に、偕人が青ざめながら再び叫んだ。
「ドスのきいた声で言い直すな! しかも言い直しても、その呼び方も更におかしいだろうが?! いい加減、気が付けよ! お前らは一体何処へ向かってるんだ! 」
「まあまあ、いいじゃないですかー。皆、この通り、腕はたちますしねー」
「そういう問題じゃねえええ! 」
「おかしいなー。僕の予想だと、追撃対象は次はこの社辺りに出ると踏んでいたんですけどねー」
すぐ脇にある木立に囲まれた小さな稲荷神社の社に目をやりながら、大和が暫く考え込むような仕草を見せた後、
「じゃあ、ここらで試してみますかー」
大和が懐から睡蓮の紋様が刻まれたあの証を取り出すと、光にかざしてみた。
瞬間的に、憲兵団の男達が慌ただしく、恭順の意を示し、一斉にひれ伏す。
「お前ら、結局ただ睡蓮が怖いだけじゃねえか! 都合よく長いものに巻かれて迎合しやがって! 」
偕人が憲兵の男達にそう叫んだ瞬間、社を囲む木立の間からひとつの黒い影が突然飛び出した。
「あれ、取られた……かな? 」
大和が首を傾げながら、そう言った瞬間、現れた黒い影が付近の住宅の塀を乗り越えてすっ飛んで行った。
「は……? 」
「やられました。管狐との遭遇には成功したようですが、代わりに睡蓮を取られたようです、これは想像を超えた新しい展開だなー」
空になった自身の掌を見つめながら、大和が衝撃的な発言をした。
「えええええ―――――――――! お前、何やってんだよ! 出すなら他の物にするだろ、普通! 余計に状況が悪くなっただけじゃねえか! 」
偕人が大和に掴み掛ると、襟元を強烈に締め上げながら叫んだ。
「他に金目の物を、何も持ってなかったんですよー。仕方ないじゃないですかー」
「そんな下らない理由で、お前は二つとない睡蓮を、所構わず出すのか?! 」
「いやーそういうわけじゃないですけどー。でもあれが白銀だと一瞬で見抜くとは、管狐の目利きも、化け物としては大したものかと、あははー」
「笑いながら感心してる場合か! 」
「いやー、もうあれを返上してもいいと思ってましたしー」
「……それは正規の手順を踏んで返上した場合だな? 睡蓮を自己都合で喪失した場合はどうなる? 悪用されるかもしれんぞ」
「決まっていますよーそんなことが起きたら、最後、恩赦無しで僕自身が不祥事の責任を取らされて闇に葬られて、即刻銃殺刑行き確定ですよー」
「……お前、分かっててふざけてるだろ? それとも詰所をぶっ壊した、この前のことにもまだ飽き足らず、破滅願望でもあるのか? 」
向き合った冷ややかな偕人からの言葉に、大和の笑顔が凍りつく。
「で、どうする気だ? 」
「決まってますよ。洒落にならないくらい滅茶苦茶やばいじゃないですか! 今すぐ取り返さないと、このままだと、礎を守るどころか、僕自身の未来すら無くなりますから! 」
「最初からそれに気が付けよ! 」
偕人が叫ぶ横で、大和が真っ青な顔で黒い影が逃げ去った方向へ俊敏な動きで走り出した。
「兄貴の大切な証を取り返せ! 俺達も行くぞ! 」
一人がそう叫ぶのを皮切りに、一斉に強面の憲兵団の男達も軍靴の足音を響かせながら続いた。
「何で大和はこう何時も後先を考えねえんだ! 馬鹿野郎! 」
「……で、この後も大和さんに付き合うんですか? 」
偕人の頭の上に乗ったままの朔夜が心底嫌そうに訊く。
「他に選択肢が無いんだから仕方ないだろ! いいからお前も手伝えよ! 」
「……気が進まないですが、仕方ないですねえ」
かくして、こうして前代未聞の市街地での、憲兵団と若干名の役人を加えた集団との管狐との猛追劇が始まった。




