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真逆なふたり

「例の話の件ですが、大体予想出来ましたよー。今度は間違いなさそうですけど、今、話せる時間はありますかー? 」

 畳まれた大きな紙を片手に、扉を開けて入ってきた軍装姿の大和を、すかさず偕人が(にら)み付けた。


「嫌だなー仕事中は私情は挟まないと、この前、話し合ったばかりじゃないですかー。せっかく隣になったんですからー敵意剥き出しはやめて下さいよー」

 言葉とは裏腹にさして偕人の反応も取り合わず、大和は手にしていた紙を机に広げながら手近な椅子を引き寄せると、その場に足を開いて腰を下ろした。

 そんな大和の様子に、それまで部屋の奥に居た要が、黙って書きかけの書類を戸棚に仕舞うと、奥から近付いてきた。

 大和が広げた紙は大判の地図で、詳細なこの街の建物の配置と地名が記されていた。


 現在偕人達がいる部屋からは、窓硝子(まどガラス)越しに建設中の憲兵団の新しい詰所が見えた。

 時々、大工達の作業音も響いてくるものの、建物そのものはまだ骨組みだけが出来上がっただけで、竣工(しゅんこう)には程遠い状態なのが見て取れる。


「大和……あえて()くが、お前、誰かに嫉妬したりすることは……あるのか? 」

「また、いきなり何の話ですかー? 」

 地図の中から目当ての地名を探し出そうと指で辿(たど)りながら、大和が訊く。

「いいから答えろ! 」

「んー、僕自身はあんまりそういうことは無いですねー。元々、子供の頃から何でもそつなくこなせる方でしたからー。ああ、でも最近はちょっとそういうこともあったかなー」


 地図を見て、考え込みながら、腰にサーベルを帯刀(たいとう)したままの大和が言う。

「誰にだ。俺が知ってる奴か? 」

 その直後、大和が顔を上げて言った。

「誰にって……勿論(もちろん)偕人(あなた)にですけどー。僕もまさか本人に、直接この話をすることになるとは思ってませんでしたけどー」

「は? 何言ってんだ、お前」

 思考停止した偕人の前で、大和の言葉は続いた。

「そんな反応をされてもー。僕はただ質問に答えただけじゃないですかー」

「お前が俺に対して、そんな風に思うわけないだろ?! 」

「思いますよ? 僕は偕人(あなた)のように、たった一人の女性をひたむきに愛し続けるということがよく分からないのでー」


 大和からの予想だにしなかった言葉を前に、偕人が握りしめていた鉛筆を思わず取り落としかけたが、大和の言葉は更に続いた。


「だから見ていて、少し(うらや)ましく思っていたんですよー。確かにあやめさんは可愛いですけどねー。僕は偕人(あなた)を見ていると、どうしても自分には何か欠けているのではないかと思わされてしまうのでー。んーやっぱり考えられるとしたら、やっぱり此処(ここ)なんだろうなー」


 地図にもう一度視線を落としながら、考え込む仕草を見せながら大和が言う。

「……」

「で、急に黙ったみたいですけど、質問はそれだけですかー? 」

 再び大和が顔を上げると、そこには(ひど)く気まずそうな偕人の顔があった。


「お前は色々な女と付き合ってるんだろ? 」

「……まあ、相手に断られない限り、それなりには」

「……」

「もっとも幾ら無為(むい)に数を重ねたところで、僕も結局は一人なので、最後はたった一人が側にいてくれればいいはずですから。何時もそう思っていますが、実際はそう感じてはいても、この先もそれが最も叶いそうにありませんけどねー」

 (わず)かに(さび)しげな表情を見せながら、そう言った大和の横顔を、偕人は思わずまじまじと見つめた。


 ―大和(こいつ)も俺も、結局はただの無い物ねだりだということなのか……?


 その時、丁度開きっぱなしになっていた、扉の奥の廊下を人影が横切った。

 この庁舎の他の部署所属の者らしい、事務服姿で両腕に書類を抱え、長い黒髪を首の後ろでゆったりと束ねた、何処となく(はかな)げで清楚(せいそ)な雰囲気を漂わせた、一人の若い娘だった。

 男の(さが)からか、大和の視線が娘の通り過ぎた方向へと引き寄せられる。


「あー今の子、可愛かったですねー。今度声をかけてみようかなー。付き合ってくれないかなー」

 事務服の娘に見とれた大和がそう言った瞬間、脊髄反射的に偕人が手にしていた鉛筆をばっきりと折った。

 ―くそ、一瞬でも、大和(こいつ)に同調しかけた俺が馬鹿だった! 何が『たった一人』だ! お前は言動自体が既に詐欺(さぎ)だろ!


「……で、何の話だったんですかー? 」

「お前にはもう何も聞かねえよ! 」

「えー急に、何を怒ってるんですかー? 」

与太話(よたばなし)はやめて、いいからとっとと、本題の話の方を始めろ! 」

 偕人が鬱陶(うっとう)しげにそう言いながら、立ち上がりかけた時、振動で机の端に置かれたままになっていた短刀が、刃先を下にしながら床にずり落ちた。

 板張りの床に、(わず)かに刃が刺さった瞬間、その周囲がまるでささくれ立つかのように、微かに上下したように見えた。


「……? 」

「片付けもせず、まだその剣に(こだわ)ってたんですかー? それ、多分、文化財としても稀少価値が高すぎる一級品なんですから、(しか)るべき場所で保管せずに放置しておくのも問題だと思いますけどねーその、蕨手刀わらびてとうは」

「うるさいな! いいから、そんなことより、本題の話をしろ、俺に何度も同じ事を言わせるな! 」

「だから、さっきからそう言ってるじゃないですかー。相変わらず自分勝手だなーまあいいですけど。で、その本題の仕事の話の方ですけどー」


「……どうせ、大方、俺の想像通りだったんだろ? 」

「ほぼ間違いないでしょうねー。共通項を絞っていくとそうとしか思えません。それでもお稲荷(いなり)さんのお社はたくさんあり過ぎるのが問題なんですがー。まあ、明治維新以来、だいぶ壊されはしましたが、まだ現存する数が多過ぎますからねー」

「……だろうな」

 偕人が浮かない顔で横を向いた。


「この前飛び出していった、あれはやはり管狐くだぎつねだったのでしょうか? 」

 要が大和が広げた地図を眺めながら話に加わった。

「そうらしい。そして『奴』は既に複数回、路上の通りがった人間が身に着けていた貴金属を強奪するという悪事を重ねた上、あちこちの稲荷神社を転々としつつもっぱら逃亡中だ」

「ですから、今回は憲兵団(ぼくら)も、共闘させてもらいますよー。人海戦術しか有り得ませんしねー」

「気が進まないが、選択肢は他に無いらしいな」

 偕人が顔をしかめながら言った。

「それでは全員動員での管狐くだぎつねの捕獲作戦といきますかー」


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