討伐者、火神大和(第二部完結)
―数週間後。
「怪我は治ったんですかー? 」
美月家から程近い市電の駅前にある屋台の焼き鳥屋で、焼酎を煽っていた偕人の横に、暖簾を上げて入ってきた大和が腰掛けながら言った。
それから隣に目線を移し、更に大和が言葉を続ける。
「珍しいじゃないですかー。あなたから僕を呼び出すなんて」
「……詰所の話はどうなった? 」
「また、同じ場所に再建です。工期を極限まで短縮した物凄い突貫工事になりそうですけどね。あなたに封じてはもらっても、あの『礎』の上からは、そう簡単に動かせませんからねー」
そう言ってから、大和も屋台の店主に向かって、焼酎と何本かの鶏皮とネギマ串を注文する。
「また迷惑野郎のお前と隣同士の時間が続くわけか……。だが、新しく建つまではもう役所側には来んなよ! 」
「残念ながら、憲兵団は役所のお偉方のご厚意で、お隣に仮住まいさせていただけることになりましてー。役所側も結構な被害を受けていますから、直しながらになりますけど。余りにお申し出が有り難いので、せっかくですからご迷惑が掛からないよう、人員配置の少ない古書物保存課の隣の会議室をお願いしておきました」
大和の言葉に、偕人は顔がテーブルにめりこみそうになった。
「おい、ちょっと待て! 」
「そういうわけで、決定事項をお伝えしに来た次第なんですよー。自分達の身の振り方が決まって心底ほっとしましたー」
偕人は暫く大和を恨みがましく睨んでいたが、ややあってから口を開く。
「お前、この間のことを、上に話さずに本当に自分の中だけで収める気か? 」
「ん、何のことですか? 」
「難を逃れて助かった他の連中も、追い出さずにそのままらしいな。そいつらとは、わだかまりは無いのか? 」
「あれはただの局所的な突発性の竜巻だったんですよー。何処の新聞でもそう書かれていたじゃないですかー」
「あれだけの人的被害まで出しておいて、その無理やり考えたような理由付けだけで押し通すつもりか。現場を実際に見た人間は誰も信じないだろ」
「こじつけは僕の得意分野ですからねー。視察は断って穏便に書類だけで済ませますし……まあ、実際、それ以外にも色々面倒事は有りますけどねー。それでも何とかやっていきますよー」
そこまで言うと、大和は一旦言葉を区切り、湯気が立つタレの塗られた鶏皮串にかぶりついた。
「別に僕が改めて処断を下さずとも、既に皆さん、前回の一件で充分怖い思いをしましたしー。更にここで失業までさせて路頭に迷わせても気の毒ですからねー。だから、誰も自ら何か喋ろうなんて考えもしません。それにあれ以来、余程僕が怖いのかお願い事をよくきいてくれるので、今は素直で善良な良い人達なんですよー」
食べ終わった串で軽く空を斬りながら、上機嫌でそう言う大和に、偕人が青ざめた。
「そうか……権力で捻じ伏せたか」
「人聞き悪いですよー。そんな露骨なことはしてませんからー」
「……」
「……あくまで推論の域を出ない話ですが、あの潜んでいた化け物が、他の者達を惑わせていた可能性が捨てきれないのも事実ですから。……それに、あの礎が以前から相当不安定な状態だったことを踏まえると、今後は他でも同じようなことが増えてくるかもしれない。いずれにしろ、あの化け物は何時かは引きずり出して討伐しなければならなかったでしょうから……あれ以上になっていたら、僕の手にもおえたかどうか……」
大和が声を潜めながら言った。
「……」
「今回の一件で、過去に先人達によって書き残されてきたものは、単なる結果と事実だけに過ぎないんだと改めて実感しましたよー。それを実際に動かしてきたのは、迷いが尽きず限られた手段しか持てない、今の僕等と何ら変わることが無い、ただの『人間』なんだということも……」
目の前で炭火の激しい炎で炙られていく何本かの串をぼんやりと眺めながら、二人は並んで腰かけたまま、暫し沈黙した。
両者どちらからとも言葉を発する事が出来ぬまま、僅かな時が流れた後、大和が再び自ら口を開いた。
「……自分がどうにもならない状況に追いやられて、余計にそう実感させられました。常に最善の道を選ぶべきことを、頭では分かっていても、感情に引きずられた挙句に、不甲斐ない結果を招くことになってしまった。それでも、僕等はこれからも課せられた役目の為に、足掻き続けなければならないんでしょうね。今回のように犠牲を最小限にとどめていく為にも……」
独り心情を吐露し続けた大和の言葉を横目で聞きながら、偕人が自らの開いたグラスを指し示すと、屋台の店主に目配せしながら、焼酎を追加で注文した。
手にしたグラスに店主が手にした酒瓶からなみなみと無色透明な酒が注がれていくさまを眺めつつ、偕人が顔をしかめながら言った。
「……認めたくはないが、お前の言葉は事実だろうな」
それからグラスに口をつけ、身体の内部が焼けるような感覚を感じながら、偕人はそのまま勢いよく喉の奥に酒を流し込んだ。
「そういえば、この間のー」
「この間の、何だ……? 」
「介抱してもらった時には、あやめさんが余りにいじらしくて衝動的に抱きしめたくなって困りましたよー。僕も男ですからー」
その瞬間、横を向いていた偕人が盛大に酒を噴いた。
「はあ?! 」
「まぁ、あなたがいたから、行動に起こすのはやめておきましたけどねー」
「……じょ、冗談だよな? 」
偕人が噴いた酒を手の甲で拭いながら、焦りながら訊く。
「勿論、冗談ですよー」
笑顔で大和がそう言った時、偕人は背後から不意に肩を叩かれた。
「偕人さん、ちっとも戻ってこないと思ったら、こんなところにいたんですか! ふたりだけでずるいじゃないですか! 私も焼き鳥食べたいのに! 」
突然現れたやや不満げなあやめの言葉に、思わず偕人は飛び上がりかけた。
足元には相変わらずの好奇心旺盛な様子の、尻尾を振る風丸もいる。
「お、お前、まさか今の話聞いて……! 」
「……え、話って何のことですか? 」
訳が分からないと言いたげなあやめの様子に、大和が声をあげて笑った。
「あやめさん、大丈夫です。今日はどれだけ頼んでも、偕人の驕りですから、ついでにお土産用にご家族の分も頼むといいですよー」
そう言いながら、大和が腰を上げ、自分と偕人の間に隙間を開けて、あやめに座るように促した。
「今日は随分気前がいいんですね。偕人さん、どうしたんですか? 酔っている割に顔色が悪そうだし……」
偕人が気まずそうに顔を背けかけたが、急に我に返って大和に向かって怒鳴った。
「……って、お前、驕りって、勝手に決めんな! むしろ迷惑かけたお前が払え! それが筋だろうが! 」
「えー僕がですかー」
「その不満げな物言いはやめろ! 」
「で、話って何だったんですか? 」
「その話はもういいんだよ、忘れろ! お前には関係ねーよ! 」
「もう、偕人さんは、そればっかり! 」
三人と一匹のその様子を、焼き鳥屋の屋台が立つすぐ脇の、駅舎の屋根から眺めていた朔夜がため息混じりにぼやいた。
「……前向きになったのはいいとしても、何だか更にややこしいことになってきた気がしますねえ。それにしても、あの人、何処まで本気なんでしょうね……? ま、そこは考えないようにしておいた方がよさそうですねえ」




