この闇の終わりに
「可愛らしい花の顔が台無しじゃないですかー」
振り返った大和が、僅かに屈みながら少し苦笑しつつそう言った。
あやめは結っていた長い髪が解け、泣き濡れた顔のまま、幾度も首を横に振った。
何か言葉を発しようとしたが、あやめの喉からは、まるで何かがそれを遮るかのように、風がか細く鳴るような音が出るばかりだった。
「怖い思いをし過ぎて、声が出なくなってしまったんですね。無理しないで大丈夫ですよー。無理に声を出そうとすれば喉を傷める。言葉は無くても、あなたの気持ちはちゃんと伝わっていますから」
表情を和らげた大和が言った。
あやめが大粒の涙を零しながらも、深く頷く。
「……」
その時、風圧で吹き飛ばされた化け物の巨大な身体が再び動き始めようとしていた。
地鳴りと共に、化け物が猛る咆哮が空気を震わせながら轟く。
大和が眼を上げ向き直り、化け物を睨み付けながら、再び口を開いた。
「あなたが僕を戻してくれた。だからもう何も怖がらなくていい。もうそんなことはさせない」
そう言い残し、地を蹴って、化け物へと向かった大和が大きく振り上げたサーベルが仄かな光を帯びながら唸りを上げ、そこから生まれた衝撃波が、化け物を一気に一刀両断にした。
瞬く間に化け物の身体の全てが砂塵と化していく前で、突如訪れた余りにもあっけない幕引きに、驚いたあやめがその場に立ち尽くしていた。
「ふざけるなよ、お前! 」
助け起こされながら、偕人が大和に毒づいた。
「あはは、許して下さいよー。僕だって迷う時くらいあるんですからー」
「お前のその『迷い』は被害が甚大過ぎるんだよ! なんだあの化け物は! 」
剣を鞘に収めた笑顔の大和に、負傷した身体に顔をしかめながらも、偕人が怒鳴った。
「だから、僕が斬って片付けたじゃないですかー」
そう言った大和の顎の辺りを、怒りに震えた偕人が迷わず殴った。
だが、傷口に障ったらしく、僅かに呻く。
それでも痛みに脂汗を滲ませながらも、偕人が言葉を続けた。
「俺のことはいい、先にあいつらを……」
そう言い掛けた偕人は顔をしかめながら周囲に目をやった。
少し離れた場所では、あやめが心配そうな表情で、要と菊乃を心配そうに助け起こそうとしていた。
二人とも身体に受けた傷は深いものの、意識があり、あやめからの問い掛けにしっかりと応えているのが見て取れた。
その様子に、偕人が微かに安堵の表情を浮かべる。
それから大和の方を再び向き直ると、偕人はもう一度口を開いた。
「おい大和! この惨状を見ろ、詰所は崩壊寸前じゃねえか! 今、ここで全員が崩れた建物の下敷きになったら、お前のせいだからな! 」
「まあ、詰所は建て直しになるんでしょうけどねー。天井が崩れそうでぞっとしますねー」
「お前が言うな! 」
「まあ、元々かなり老朽化していたんで、いっそここまで修繕自体が不可能なくらいに壊れてくれれば、気難しい上の偉い方々も、渋々建て直しに同意して下さるでしょうしー。そう考えれば悪くない話ですよー。まあ、ちょっとやりすぎましたけどー」
「……」
「あれ、何も言ってこないんですか? 」
「……急に戻ってきやがって、あの化け物を一撃とか、お前は一体何なんだ! だから俺はお前が嫌いなんだよ! 」




