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処刑場跡の激闘

 ―それはまるで、何かを無理やりに引きずり出すかのような、あの世からの激しい咆哮だった。

「大和、何処だ! 」

 偕人が未だ姿を見せぬ男の名を叫んだ。

 異界、常世との門が開きかけた憲兵団の詰所は既に大混乱に陥っていた。

 轟轟(ごうごう)と吹きすさぶような激しい風が吹き荒れ、戸棚の書類が巻き上がり、衝撃を直に喰らった窓硝子が次々に破壊されていく。


 ここでも今夜宿直勤務だったはずの憲兵達が、本来は可視出来ぬはずの無数の亡者達に襲われ始めていた。

 その者達を掴み、押しのけながら、偕人が怒鳴った。


「お前ら早く外へ行け! これ以上無駄な犠牲になるな! 」

「おさがり下さい! 自分が出ます! 」

 偕人の背後から要が出て、手にした厚みのある和紙で出来た札を四方に向けて放った。

 札は互いに呼応するように、陣を張り、その中央から一体の人の倍ほどもある大きさの獣が現れ、周囲の魍魎達に襲いかかった。

 その姿はさながら、(ぬえ)のような様々な獣が合わさったような、異様な姿の幻獣だった。

「動物霊を使うのか、お前? 」

「はい、人の死霊も使えますが、余り褒められたことではなく、禁域に属することとされていますので、出来るだけ控え、獣にしています」

 要がそう言い終わるか終らぬか分からぬ時、建物全体が大きく揺れ、瞬間的に二人の前面の床が抜け落ち、一気に崩落した。


「……! 」

 揺れに足を取られ、つんのめりかけた要を、偕人が咄嗟(とっさ)に片腕を掴んで支える。

 二階建ての詰所の一階部分である筈の場所に、空いた底の見えぬ奈落の果てを思わせる、闇に閉ざされた穴を前に、要は驚きを隠しきれぬ様子だ。

 穴は廊下の横幅のおよそ八割程を(えぐ)り取り、その崩れた端の部分は建物の土台である基礎が剥き出しになって、上から覗き込むとそれがはっきりと見えるまでになっていた。


「気を付けろ。こうなってくると、ここを全て閉じない限りはもう止められない」

「ここは、この真下全体が礎なのですか……? 」


「ああ、だから今の時代になっても、他の物が建てられなくてな。無責任に民間に二束三文で売り渡すわけにもいかないだろ? まあ、昔の処刑場としては、(むくろ)を片付ける意味に()いては優秀な場所だっただろう。墓穴に放り込むより遥かに手っ取り早い、亡者たちにとってはいい餌の狩場だったろうしな」

「……」

「幕府時代の連中は悪趣味で、この礎が大きすぎることを逆手に取って、ここを罪人どもを喰わせることで保持しようとしたらしい。所謂(いわゆる)人柱みたいなもんか」

「時代の流れと共に、様々な試みが行われてきたことは知っていましたが……こんなことまでとは」

「だが、お前も知っての通り、その手探りの数々の試行錯誤も、大概(たいがい)はろくな成果も残せないまま失敗に終わった」

「……」


「現状、お前や大和のような『討伐者』はまだ多くとも、神憑(かみがか)りだけが可能な『結界能力者』の方は今では極端に数が減り、その上壊れかけた礎を直すことしか能の無い、僅かばかりの人間が残っただけ。その手詰まりな現状を知れば知るほど、誰が家を継ごうとも結局は同じだとしか思えなかった。前衛的な能力者だけにすがる方法は既に時代遅れだ。いずれにしろ先が見えた状況なら、近代的な技術革新に期待した方がまだ可能性は有る」


 偕人は苦い表情でそう言い、一旦言葉を区切ると更に言葉を続けた。


「それにこれまでの歴代の奴等が手詰まりにしてきた、この現状を引き受けざるを得ない状況に自分が置かれたことに、納得がいかなかったこともある。好きでこの時代に生まれたわけでもないのに、慣習通りに双子は忌まわしいと散々言われた挙句に、思った以上に潜在能力が高かったと知るなり、周りからお前が数百年前に生まれていれば、根本から状況を変えられたかもしれなかった、などと、嘆かれながら言われてみろ。言われる側はたまったもんじゃないぞ」


「けれど、行き場の無い状況でも、あなたは前に進むことに決められたのですね」


「……ああ。俺も結果的には次代に禍根(かこん)を残すだけになるかもしれんがな。行きつくところまでは行ってやるさ」

 偕人はそう応えたきり沈黙し、僅かに頷いた。


 その時、要が宙に向けて放った呪符が役目を終え、紅蓮(ぐれん)(ほのお)を上げながら、めらめらと一気に燃え上がり、同時に使役していた幻獣の姿も霞みながら消失していった。


 それをまるで待ちかねていたかのように、今しがた開いたばかりの穴から人が半分獣に喰われたような姿の亡者の群れが、怒涛(どとう)の勢いで這い出してきた。

 一部は処刑された姿のままなのか、首を()ねられた姿の者も含まれていた。

「仕方がない……これを使ってみるか」

 偕人はそう言って、手にしていた短刀を(さや)から引き抜いた。

 剣には刃の部分に翡翠(ひすい)の宝玉が埋め込まれており、全体が神々しいばかりの輝きを放っていた。

「それは……? 」

「使うあてが無いので片付けておいたものを、さっき収蔵庫に行ったついでに、思い出したから持ってきた。少し前に真神(まかみ)と一緒に古墳から出てきた年代物だ。何も無いよりか幾分はましだろう」


 そう言いざまに、偕人は地を蹴って駆け出すと、剣を振りかざし、亡者達数体に向け斬りつけた。

「まあ、切れ味については、実際にここで斬って確かめるだけだがな! 」

 次に目の前に起こった光景は、二人にとって半ば信じ難いものだった。

 刃が当たった亡者達の姿が次々に跡形も無く爆散(ばくさん)していくように消滅していく。

 瞬く間に砂塵と化していく化け物を見ながら、要が大きく目を見開いた。

「……! 」

 それは他ならぬ斬った本人である偕人が、最も衝撃を受ける事態だった。


「おい、これ斬れ過ぎだろ! 斬るどころか、触れただけでもこれか! 何なんだ、これは! 」

 だが、その直後、偕人が忌々しげに自身の肩を抑えながら(うずくま)った。

「くっ……こういうことか!!! 呆れる程使えないらしいな」

「月城様……! 」

 動揺の余りに思わず駆け寄ろうとしかけた要を、偕人が制止させる。

「俺に構うな! 囲まれたら、面倒なことになる! いいから、お前は他の奴等を片付けろ! この剣はどう見てもまがい物だ。斬れば斬るだけ使う側が力を抜かれるらしい。何かの足しにと期待したが、無駄だった」

 

 その時、ふたりの間近にある既に破れた窓から、割れ残った硝子を巻き込みながら黒い影が風圧と共に、ひとつの黒い影が勢いよく飛び込んできた。

 その翼から派生した風圧がつむじ風となって、化け物の何体かを吹き飛ばし四散させた。


「……お前、来るのが遅すぎだろ。何時まで俺を待たせる気だ」

 翡翠の剣を手にしたまま顔をしかめつつ、呆れたように偕人が言った。

「だからまたあなたが死ぬ前には、戻って来たでしょうが。私はそうそうあなたに()き続けていたくはないので」

「……お前のその憎まれ口も、今回ばかりは正直有り難くすら感じるよ、朔夜」

 偕人が横目で乾いた笑いを浮かべながら言った。


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