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尋問

 大和は真新しい軍装姿で、憲兵団の詰所の狭い部屋の中で独り身じろぎもせず、立ちながら自らの掌を切れる程に強く握りしめていた。


 感じるのは、自分の足元が崩れ去り、根幹から瓦解(がかい)していくような感覚だった。

 言いようのない憤りとも、哀しみとも判別がつかぬ感情が大和の心に激しく湧き上がっていた。

 ―自分がこの腕を失えば、火神家の者として生まれながらに課せられてきた使命を(まっと)うすることは二度と出来なくなる。だが、最初から自分が下らぬ迷いなど一切を持たず、粛々と処断を下すことだけを考えれば避けられた事態だった。消し去ることが出来なかった、弱さや迷いゆえに人を守るどころか、(あや)めた自分はもう二度と戻れぬ道を歩んでいくしかなくなった。


 大和が(ふところ)から、白金の睡蓮の花の印の刻まれた証を出すと、じっとそれを見つめた。

「……これから何処へ行けばいいんだ」


 その時、部屋全体が揺れ、何かが大きく軋みをあげる音が響いた。

 (うつ)ろな眼差しの大和がゆっくりとそちらに目をやると、壁の一部が大きくひしゃげ、その先には虚空(こくう)の闇が広がっていた。






「よく、分かった。もういい……! 」

 厳しい眼差しの偕人がそこまで言って、首を絞め上げていた憲兵の男を乱暴に解放した。

 拘束を解かれた男の首元には、絞められていた指の跡が(あざ)としてくっきりと浮かび上がり、よろけながら床に向けて苦しそうにえずいた。

 偕人はそんな目の前の男に軽蔑した眼差しを向け、憲兵団の詰所の廊下を足早に歩き出した。


 その背後から、あやめが慌てて追い掛けてくる。

「偕人さん! 憲兵団の方にあんな脅すような真似をするなんて……! 後で大変なことになったらどうするんですか! 仕返しされるかもしれませんよ! 」

「そんなものはどうとでもしてやる。俺は面倒なことは好まん。それに、あいつらの中で事情を知っているであろう人間をとっつまえて尋問(じんもん)して吐かせる方が早かったからな」

「……」

「何だ、この気分の悪さは! 憲兵団(あいつら)が、家に大量に押しかけてきやがったのも、大和(あいつ)に余計なことを喋られるのを恐れてのことか! 自分達の保身しか興味が無い連中、気に入らねえ! 」


 不意に偕人が急に立ち止まり、あやめに鋭い口調で言った。

「あやめ、お前は外に出てこのまま風丸と家に戻れ! 」

「……! 」

「自分もそれに賛成です。あの方は闇落ちしていく人間によく見られる危うい眼をしていました。一人にしておくと危険かもしれません。さっきの話で事情はよく分かりましたが……我々の一族のようなある種の力を持つ人間が呼ぶ闇は危険極まりないのです」

「……」

(そいつ)の言う通りだ。だからお前は戻れ! 俺達も大和を(あいつ)を探して捕まえたらすぐに戻る」

「で、でも……! 」


「それにここは『場』も悪いのです。その上、今夜は新月。急いだ方がいいかもしれません」

 要の言葉に偕人が(うなづ)き、そして叫んだ。

「そう、ここは幕府時代の処刑場の跡地だからな! 条件としては最悪なんだよ! 」


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