崇められ、畏怖されし巫女
「お前に聞きたいことがあるんだが」
大和の身に起きた凄惨な事件のあった翌日の晩、人気の無い収蔵庫に要を呼び出した偕人は開口一番にそう言った。
「お前があの時、大和の背後に見たのはいったい何だ? 新聞にも、大和のことの顛末は何処にも載らなかった。押しかけてきた憲兵どもも言葉を濁す上、本人が一向に口を割らない以上は、お前に訊くしか他に方法がなさそうだからな」
「……」
「何故黙っている? 」
「自分に『答えない』という選択肢はお与えいただけませんか? 」
「……」
「正直言って今の自分には判断が出来かねます。あの方ご本人も、憑いていた方もそれを望んでいないようでした。あなたの命通りに消しはしましたが、自分のような者は相手が例え死者であろうとも、その者の意志を優先させたいと考えます」
「俺に言うか言わないかの判断は、当然お前に任せるが……それ以前に、その口のきき方を何とかしろと言ったはずだが? 」
「自分の素性を知られた以上は」
「言っておくが、俺はお前の素性なんか知らんぞ? 興味も無い。これから先もな」
「……? 」
「月城の分家が一体幾つあると思っている? 俺はそういうものを総べる身を自ら放棄したようなものだ。今さら捨てたも同然のものに興味があるとでも思うのか? 」
「……では何故? 」
「言っただろ? 俺は純粋に『協力者』が欲しいのだ、と」
「……」
「何だ、まただんまりか」
「いえ……そうではありません」
「では、俺が『聞いていたこと』とは、随分違うからか? 」
「……」
「先日お前に会わせた、美月あやめは『神憑り』だった。これでお前の中にある疑問の答えになるか? 」
その瞬間、要が驚き、目を見開いて顔を上げた。
「だが、俺は歴代の巫女達がそうされてきたように、時代錯誤に神託の為だけに閉じ込めるような真似をさせたくはない。古い文書を引っ張り出して手当たり次第に調べてやったが、崇めながらも畏怖され相当酷い扱いだったようだな。これが俺の考えが変わった理由のひとつだ」
「それを自分が、他言すればあなたの希望が叶わなくなることも承知の上で、ですか? 」
「俺は力を貸せと言った、あの時、即座に返事を返してきたお前のような奴は疑わない。だから家にも連れて行った」
「……だから、あの家には結界があったのですか? 」
「ああ、気が付いたか。未だにそう呼ぶのにも抵抗があるような、大和と作ってみた拙い試作品だがな」
「……」
「お前から聞き出さずとも、俺にも大和のことは大方予想がついている。連中にとっての外部に漏れ出すと、何らかの不都合が生じるような内部的な粛清だったか、もしくはそれに近いものだっただろうってこともな」
その時、この収蔵庫の扉を叩く音がして、室内の二人が扉の方へ眼を向けた。
ゆっくりと厚みのある扉が開き、その隙間から背中に薙刀を入れた布製の袋を背負った姿の、艶のある長い黒髪を結わえた少女がそっと顔を覗かせた。




