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どうかこのままで

「……その姿で商店街を通ってきたのか、お前。……周りの人間は悪夢を見ているような思いだっただろうな、気の毒に」

「僕自身が既に悪夢でしたよー」

「よく不審者として通報されなかったな、お前」

「そりゃあ、僕は泣く子も黙る、柄が悪いのだけが自慢の最凶の憲兵ですしー誰も近付きたがりませんからー」

「……」


 ポンプ井戸から汲み上げた水で、鍛え上げられたのが一目で分かる体躯(たいく)の半身を晒し、憲兵の軍装をざぶざぶと洗う大和を、庭先に移動した一同が何とも言い難い表情で眺めている。

 着替えを持ってきたあやめが、気恥ずかしそうに柱の影から気遣う言葉を口にした。

「大和さん……大丈夫ですか? 」

「え、どうしてですかー? 見ての通り怪我は何処もありませんよー。ああ、でもこの制服はもう使えないかもしれないですけどー。血って落ちないものなんですねー」

 何時もとさして変わらぬ口調で、大和が応える。

「少し顔色が悪いように見えるので……」

 あやめは肌を晒したままの男の姿を直視出来ずに、わざと視線を逸らしながら縁側に用意した着替えをそっと置いた。


「いやーもう正気ですよー。さっきまでは何処をどう歩いてきたのかさっぱり分からなくなりそうでしたけどねー。魍魎を斬るのは平気でも、やっぱり生身の人間を斬り合いになるのは慣れないですねー何ていうか手応えが全然違うしー。特に首の辺りを突き刺すとこう大量に血が出てー」


「……」

 大和の言葉に、偕人が情景を思い描き、思わず胸が悪そうに口元を押さえた。

「おい……それ以上、詳細に言うのはやめろ。間違いなく、あと数日は物が喰えなくなる」

「本当に大丈夫ですか……? 」

 あやめの気遣う言葉に、大和が力なく笑った。

「あやめさんが膝枕(ひざまくら)でもしてくれたら、あっさり治るかもしれませんねー」

 冗談めかして大和がそう言った時、それまで黙って庭の隅に置かれた庭石に腰を下ろしていた、要が立ち上がった。


「連れてきてしまったようなので、自分が(はら)わせてもらってもいいですか? そこの血で穢れが残ると、この家に居着くかもしれないので……」

 偕人が驚いたように、要の方を見た。

「祓う、って何ですか……? 」

 要の言葉の意味を測り兼ね、あやめが思わず首を(かし)げた。

「死んだ人間が()いてきています、さっきからずっとそこに」

 要が淡々と言いながら、大和の背後をゆっくりと指し示す。


「やっぱりそうですかー。恨まれていますかー僕は」


「いいえ、自分にはそんな風にはとても……」

 そのやりとりを前にしてあやめが青ざめながら、思わず偕人のすぐ側に移動した。

 あやめの見せた動揺ぶりに偕人が意外そうに口を開く。

「何だ、何でも馴染むのがお前の数少ない長所だろ? 」

「幽霊が平気な人なんかいませんよ! ……それに要さんも『そういう世界の人』だとは知りませんでしたから! だったら最初からちゃんとそう言って下さい! 」

 あやめは偕人に耳打ちするように(ささや)いた。

「俺も知らん。今知ったところだ」

「……」

「まあ、何の能力持ちかを知らなかっただけだが……」

「……毎度のことながら、偕人さんって本当に適当ですね。もう慣れましたけど」

 あやめが脱力しながら言った。


「あのー、ちょっと待って下さい」

 要が近付きかけたのを、大和が首を振って止めた。

「僕はこのまま退散しますから、どうか何もしないでもらえませんかー? 」

「そのまま放置すれば、あなたご自身に良くない(さわ)りが出ますよ。放置することは自分には出来ません」

 要の言葉に、大和が(うなづ)く。

「分かっています。でもどうかこのままで……」

 よろけながら、大和が立ち上がった瞬間、その身体がぐらりと大きく傾いた。

「大和さん……! 」

 異変に気が付いたあやめの叫び声とほぼ同時に、大和は昏倒し意識を失った。


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