俺とお前が何故か隣に(第二部開始)
「で、そこのカフェーの給仕の女の子が可愛いんですよー」
憲兵隊所属の火神大和が臆面も無く笑顔で目の前で話す言葉を、今日も月城偕人が額に青筋を浮き上がらせつつ、手元の書類を書きながら聞いていた。
「毎日違う女の話ばかりしてよく飽きないな、お前は」
引き攣った表情で偕人が言う。
「そりゃあ世の中に可愛い子はいっぱいいますしーこれからの時代は自由恋愛も謳歌しないとー」
悪びれもせずそう返してきた、大和に偕人が沈黙した。
「……」
「なんだ、反応が悪いなぁ。自分の未来の相手が心に決まっているからって、そんなに堅物にならなくてもー」
大和のやや不満げな言葉で、遂に我慢出来なくなった偕人が勢いよく椅子から立ち上がって言った。
「そういう問題じゃねーよ! その話はもうやめろと何度言えば……! それに何で毎日毎日お前がここへ来るんだ?! とっとと自分の仕事に戻ってろ! 」
「偕人の赴任先の庁舎が同じ敷地内で、憲兵団の詰所の隣だったのは、別に僕のせいじゃないですよー」
大和の直球の指摘に、偕人は思わず頭を抱え込んだ。
「そうなんだよ。何処をどう間違えて、何でこうなったんだ? 俺はお前や月城の家のもろもろと離れたかったから、家とは全く違うところで仕事を探したはずが、何故かお前のいる隣に……」
「この辺りの庁舎は、大抵がこの近辺に集まってますからねー。役人になるのなら必然ですよー」
「……」
その時、頭を抱えたままの偕人の背後から、一人の人物の声がした。
「あの……ここが古書物保存課で宜しいですか? 」
偕人が思わず振り返った先には、まだ十代後半と見受けられる着物の下に立ち襟のシャツを着て、袴を履いた書生姿のおとなしそうな若者が一人立っていた。
「何かの依頼ですか? 」
かしこまった口調で偕人が訊くと、若者が応えた。
「いえ、今日からここに配属された上條要です」
「大和が毎日来るのを何とかしたい……追い祓う為の、陣か結界を絶対に探すか編み出してやるからな! 」
偕人がちゃぶ台に置かれたスルメを噛みしめながら、苛々しつつ吐く言葉に、横で袴姿で襷かけをした女学生、美月あやめが菜箸で夕食用の法蓮草の和え物を混ぜながら言った。
「職場が変わっても相変わらず仲良しなんですね。むしろ前よりも繋がりが強まっている感じが……」
「はあ?! 」
「なんだかんだで何時も一緒にいるじゃないですか、大和さんと」
「俺はあんな奴とは一秒たりとも一緒にいたくねえんだよ! 」
あやめは立ち上がると、一旦台所へ戻ってから手にしてきた、陶器製の小鉢を幾つかちゃぶ台の上に並べ、それから手際よく料理を小分けにし始めた。
「……します? 」
「何がだ! 」
「味見」
小鉢に分け終わった後の少量が残った和え物を、あやめが菜箸でつまんで見せた。
偕人が身を乗り出して、しかめっ面でそれに喰らいつく。
「……」
「あ、黙ったから美味しいんですね」
「あ、ああ……旨いけど」
偕人が目を逸らしながら、渋々という表情で言った。
「……随分変わったものですねえ。なんとほほえましい」
唐突な背後からの声に、偕人が思わず飛び退いた。
「なっ、お前何時からそこにいたんだよ、朔夜! 」
「だいぶ前からですけど」
「……」
「朔夜さん、風丸と出かけてきたんですか? 風丸が喉が渇いてるみたいだからお水を出してあげなきゃ」
あやめがブリキの平たい器に井戸から水を汲んで持ってくると、庭先で風丸が尻尾を振って、それを勢いよくがぶがぶと夢中で飲み始めた。
その姿を横目で見ながら、偕人が言った。
「今日新しく来たやつがいたんだが……」
「……? 」
「面倒そうな奴だった……。嫌な予感がする」
「誰よりも面倒な人が、よくしゃあしゃあとそんなことが言えますねえ」
朔夜が半ば呆れたように言った。
「俺は面倒じゃねえよ! 話の腰を折るな! ……ったく、人がたまには何か話してやろうかと思ってんのに……」
「やー今日も一日お疲れ様でしたー! 」
庭先の木戸が開く音とほぼ同時に聞こえた陽気な声に、偕人が露骨に嫌そうな顔をした。
「悪いが、俺は偏頭痛が酷いから部屋に……」
そう言いながら立ち上がりかけた偕人の洋装の襟を、あやめが強引に掴んで止めた。
「あ、大和さん。お帰りなさい。今日もお勤めお疲れ様でした! 」
「あやめ、ちょっと待て! ここは大和の家じゃないだろ! 奴に勘違いさせるような発言はよせ! 」
「でも、もう入り浸ってるから、住んでるようなものですし」
「それを疑問も無く受け止めて、馴染んでるお前がおかしいって言ってんだよ、俺は! 」




