舶来人形あやめ
「……偕人さんのお姉様ですか? 」
ようやく完全に居直ったあやめは正座し、自分の目の前に鎮座した女に改めて訊いた。
「はい、姉の月城菊乃です」
「えええ! 私よりちょっと年上なだけかと思っていました! 」
あやめが大袈裟に驚くと、菊乃が至上の微笑みを浮かべた。
「わたくし、幼少のみぎりに人魚の肉を食べましたの。以来、全く年を取らなくなってしまって……」
「ええ?! そんなことがあったんですか! 人魚の肉って不老不死になるというあれですか?! 」
「嘘に決まってんだろ! いいか、これをよく見ろ! 」
そう言うと、偕人が菊乃の手袋を勢いよく引き抜いた。
露わになった菊乃の腕を差して偕人が一言。
「騙されんな、こいつはただの行き遅れの年増だ! 」
次の瞬間、空を切る菊乃の鉄拳制裁を食らった偕人の身体が、盛大に庭先まで吹っ飛んだ。
大和が庭先に下りて哀れそうに偕人を眺めた。
「……身体を張って、『口は災いの元』を体現したかー」
「あやめさん、わたくし試してみたいことがあるんですの」
「……? 」
「大和、わたくしの化粧道具と着替えのドレスを、ここへ持ってきてほしいですわ」
「は! 」
大和が背筋を伸ばして慌てふためきながら出ていった。
「きゃあああ! これが私ですか?! 本当に?! 雑誌に載っている女の子達みたいです! 」
渡された手鏡に自分を映して、あやめは思わず悶絶した。
「わぁ、きれいですねー」
「あやめさんは普段から十分お綺麗だと思いますよ」
白い羽根付きの帽子を斜めに被り、袖や襟の至る所にフリルがあしらわれ、床までつく程の長い裾がふんわりと広がった海棠色のドレスを着せられた姿で現れたあやめを前に、着替えが済んで呼び寄せられた、大和と朔夜も口々に褒めちぎる。
「やはりわたくしの目には狂いが無いことが証明されましたわ! うっすら物憂げに開いた唇……まさに舶来人形そのものですわ! 」
菊乃が自信に満ちた表情で高らかに宣言した。
「洋装なんてしたことなかったですけど……それにお化粧だなんて、こんなの初めてです。夢の世界にいるみたいですごく嬉しいです」
色白の肌によく似合いの、艶のある薄紅の口紅を引かれた唇を、緊張気味に微かに震わせながらもあやめが嬉しそうに言った。
「菊乃、いい加減に帰れ……! 写真も全て持って帰れよ! 」
背後から聴こえた鬱陶しげな偕人の声に、あやめが振り返った。
「偕人さん! 私だってこうやって綺麗なのを着れば、それなりに見えるんですよ! 」
あやめとお互いの顔を見合った瞬間、偕人の動きがぴたりと止まった。
「……? 」
あやめがひどく怪訝な顔をした。
「偕人さん? どうしたんですか? 」
あやめの問い掛けにも偕人は応えず、硬直している。
「おやー? ははーん」
大和が近付いて、横から偕人の顔を至近距離から覗き込んだ。
更に何かを言い掛けた大和を、僅かに我に返った偕人が無言で無理やり押しのけ、踵を返すと、大股で部屋から出て行った。
その動作が何処となくぎこちない。
「……? 何か、何時もと違いませんか。偕人さんって普段ならこういう時、絶対悪態ついてくるのに」
「あいつはおそろしく感情表現が苦手なんですよ……特に自分の本当の気持ちにはね」
朔夜がため息混じりに言った。




