最低な求婚
大和が車を停めたのは、鬱蒼とした森に続く、両側が緩斜面に挟まれた細い獣道の、起点にあたる場所だった。
「この先が問題の古墳か? 」
「いえ、正確にはここも既にその墳丘の一部ですね。どうもかなり大きな規模のものだったようで……。この周辺には他にも造られた時代が異なる遺跡が多数点在しています。その中でもここは特に横穴式の石室を持つ墳墓なので、追葬された者も数多くいて、祭祀の場所としても長く使われていたようです」
「埋葬者は誰か分かっているのか? 」
「諸説あるようですが、どれも根拠が曖昧で決定打と言えるようなものが無いままですねー。……ですが、前方後方墳であるところから察するに、反骨精神旺盛な畿内のヤマト王権への従属を拒否した者達かもしれませんね。だからこそ、ここからあの蕨手刀が出土したのかもしれませんがー。あれが出たと知らされた時には、流石に僕も驚きましたよー」
「だからこそ、俺は特に今回はお前に関わりたくなかったんだがな。他には奈良の正倉院でしかほぼ見られないような、あんな完全な形の現物を見せられては、到底看過出来るわけがないだろうが。分かっていて、この俺に無言の圧力をかけるとは、相変わらずお前はふざけた野郎だな」
「あれを見せれば意図は明確に伝わるだろうと思ってましたしねー。先だっての台風で、墓室の入り口が開きさえしなければ、それまでは存在自体が把握されてもおらず、未盗掘状態だった場所から出てきたものらしいですからー。だから反面、箝口令を敷くのにも苦労しましたよー。専門家の方々があんなものが出たことで、妙に色めきだってしまっていましたからねー」
「当然そうなるだろうな。その辺りは俺にも簡単に推測出来るぞ」
「まあ、その後に頻発して、僕が呼び出される原因にもなった化け物騒ぎのことを考えると、軽々しくここが新聞にでも載って、人が集まって面倒なことになる前に実害が少なくて済んだことを思えば、当初の対応は別に間違いでもなかったとは思っていますがー」
「化け物騒ぎ……どうせ、お前が来た以上、そんなことだろうとは思っていたが。やはりな」
「そういえばあの剣はどうしたんですか? 見当たりませんが」
「置いてきた。単なる俺の直感だが、お前と行動を共にする以上に、更に面倒事になりそうな物を増やしてたまるか」
「まあいいんですけどねー。ここから先は歩きましょう。あれ……? 」
大和が森の入り口付近に目をやりながら、不思議そうに首を傾げた。
「……あの女の子、あやめさんじゃないですか? 」
大和の声に、思わず偕人が顔を上げる。
そこには困惑した表情の袴姿の少女が一人、不安そうにぽつんと立っていた。
少女の存在に気が付いたらしい、朔夜も急降下しながら下りてくる。
「おい、なんでお前がここにいる? 」
偕人は大股でそこに立つ少女、あやめに近付くと訊いた。
「偕人さんこそ、どうしてここにいるんですか? それに一体ここは何処ですか? 台所でお皿を洗っていたはずなのに、気が付いたらここにいて」
「なんだ、常世の魍魎どころか、こんなところまで車より早く辿りつけるお前自身が化け物もどきだったとは盲点だった。俺が真に倒すべき敵は実はお前か」
「はぁ? 違いますよ! 何言ってんですか! 私は普通の人間です! 」
「いや、間違いないだろ。違わない違わない! 」
「……」
「あやめさん、何があったんですか? ここに来る前のことを、何か覚えてはいませんか? 」
「台所にいた時、あの座敷童みたいな男の子がまた出て……その子が私の着物の裾を引っ張ったんです。そこまでは確かに覚えているのに……」
あやめの言葉に、偕人の表情が俄かに険しくなった。
「よく分かった。もういい。どうやらお前自身は化け物じゃないらしいな、安心した」
「だからそうだと。偕人さん相変わらず全然、人の話聞いてませんね」
その時、偕人は急に何かを思い出したように、強引にあやめの両肩を掴んだ。
「そうだ、そんなことはどうでもいいことだった! あやめ、何も聞かずに今すぐ俺と結婚しろ! 顔も知らないような面倒で高尚な女をあてがわれて家に釘付けにされるより、地味でとりえがなくてもお前の方が数十倍はマシだ! 」
「はああああ?!!! 」
あやめは間髪入れずに、偕人の顔面を迷わず殴った。
「何、ふざけて血迷ってるんですか?! 今度は一体何ですか?! 」
「あ、いきなり速攻でふられましたね。哀れすぎるなー」
「ですね、女性の気持ちがここまで分からないとは情けない」
大和に続き、朔夜が心底嘆かわしそうに言った。
「なんだ、そんなことだったんですか。お見合いなんて嫌なら断ればいいだけじゃないですか。びっくりさせないで下さいよ、もう」
古墳の石室へと続く木立の中を歩きながら、あやめが言った。
「そんなこととはなんだ。俺にとっては超絶深刻なんだ、簡単に言うな! 」
「それに相手の女性にも選ぶ権利があるかと、私なら真っ先に断るし……いえ」
「あやめ、今、何か言ったか? 」
「いえ! 何も言ってませんよ! 全然、一言も何も言ってませんからね! 」
「ならいいが……それにしても、なんで大和は女の履物なんか常備してんだ? 何かおかしくないか? 」
足元が足袋だけで立っていたあやめについさっき履かせたばかりの、真新しい草履を見ながら偕人が腑に落ちぬ表情で言った。
「偕人と違って、僕には隙が無いので。女性に対して、こんなことは基本中の基本です」
「隙……? 隙って何だ? 」
「……偕人さん、そこで真剣に悩まないで下さい」
「あやめさんも、偕人よりも僕の方がよっぽど良いと思いませんか? この通り気も効くし、それに分家の僕の方が、嫁に来ても後々面倒臭いことが少ないですよ? 」
大和はずいと顔を突き出すと、あやめににっこりと微笑んだ。
だが、当のあやめは返答に困った作り笑いをしながら、じわりと後ずさる。
直後に偕人が二人の間に割って入ってきた。
「おい、とっとと俺の生徒から離れろ。そこの不良軍人警官! 」
「言ってくれますね、屑教師」
掴み掛らんばかりのふたりを引き離しながら、あやめが言った。
「やめて下さい! 私はどっちも嫌ですから!!! 」
「……あやめさん、それはこの場合、考え得る選択肢の中で、多分最も懸命な判断です」
朔夜がため息混じりにそう言った。




