淘汰されるなら上等だ
「なんだ、この車は。憲兵風情の給金じゃ、百年働いたって買えねえだろ。他に選択肢は無かったのか? 」
風景が勢いよく後ろへ流れていくのを横目に見ながら、偕人がうんざりしたように言った。
道の端に立つ人々が、一様に驚いた表情で、物珍しそうにこちらを指差してわらわらと集まってくるのが見える。
その上空を朔夜が黒い翼を広げ、程よい距離を取りながら飛んでいた。
「米国製の最新式のT型フォード、とか言うやつらしいです。僕もよくは知りません。ただの豪勢な借り物ですよ」
「こんな目立つもんでわざわざ乗り付けるな、あの家に迷惑がかかる。本家の人間は相変わらず考え無しの人間達の集まりらしいな」
「あなたが戻って統率しないせいだ、とは考えないのですか? 」
「……」
「俺は戻らないと言っただろう? 何回言わせる気だ」
「直系の血が絶えれば、今までの神代の時代から受け継いできた、一族の努力の全てが無駄になることに、良心の呵責は感じないのですか? 」
「淘汰されるなら上等だ。家を絶えさせないことを最優先にしてきたことで歪んだなれの果ての奴等の集まりなど、いっそ消えた方がいい。実際の世界は、技術の進歩はめまぐるしく、常に動き続けている。……この車のようにな。いずれ俺達が必要とされない時代になるだろう」
「だが、それはまだ『今』ではありませんけどね」
「……」
「まぁ、偕人にとっての直近の問題は、それより別にあるんでしょうけど」
「は……? 直近の問題? 」
「見合いです。いい加減身を固めて跡継ぎを作らせろ、と実力行使に出るつもりのようですよ。神憑りが出る、律令時代に神祇官だった月城の直系の血筋は大変ですねー」
「はあああ?! 」
「あ、危ないからいきなり立ち上がって、僕の胸倉に掴みかかろうとか頼むからやめて下さい。この車で余所様の家の壁に突っ込んだりしたら、それこそしゃれになりませんよ! 」
「……お前、まさか見合いを最初から分かってて、俺に家に戻れと? 」
「やだなぁ、だから僕なりの温情で実力行使はしなかったじゃないですかー。僕は別に本家の犬になり下がりに来たわけじゃないんですからー」
「で……その話はどこまで進んでいる? 」
「なんだ、僕から情報が欲しいならもっと友好的にすればいいのにー」
「……余計な御託はいい。何を聞いたかを、きっちり包み隠さず話せ。今すぐにな」
「まぁ、候補に挙がってるのは、華族のお嬢様とか子爵家のご令嬢とかですかね。数十人は名前を聞きましたけど、幾らの僕だってそこまで全部覚えきれませんよ」
数十人、と大和が言ったところで、偕人の顔がみるみるうちに青ざめていく。
「……」
「まぁ、御相手方の釣書も見ましたが、どの方もやんごとなき由緒正しい家のお嬢様方でしたよ。その方々もまさか自分の相手がこんなさえない教師だなんて思わないでしょうけどねー気の毒だなー種馬だもんなー」
「……大和、お前のこと本気で殴っていいか? 俺は今猛烈にそうしたい」
「……やめて下さい。あ、そろそろ目的地に着きそうです」




