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訪れた異変

「さて、ごちそうさまでした! いやーものすごく(うま)かったです! 」

 大和はそう言って豪快に手を合わせた。

 次の瞬間、そろそろと歩き出しかけた偕人の(えり)を後ろから強引に掴むと、あやめに敬礼した。

「それでは、偕人(こいつ)を少しだけお借りしますが、心配は無用です。夜にはちゃんとここにお返ししますから」

「心配なんて最初からしてません。それにその人はうちのただの穀潰(ごくつぶ)しです」

 あやめは笑顔で言った。

「お前ら……」

 偕人はため息をつきながら、嫌そうに立ち上がった。


「……とっとと行くぞ、大和。俺は面倒事は嫌いだが、仕方ない」

「あなたならきっとそう言ってくれると思っていました。では行きましょう」

 大和と共に歩き出しかけていた、偕人をあやめがじっと見た。

「何だよ? 」

「いえ、何でもありません」

「言いたいことが露骨にあるような顔をしていながら、言わないつもりか? 」

「……私も、一緒について行こうかと。古墳とか遺跡って見たことないから、何となく面白そうで」

「はぁ……? 」

「駄目ですか? 」

 偕人は掌を上げると、あやめの頭をぐいと押さえた。

「お前、物好きだな。またすすんで自分から(おとり)になりに行きたいとでも? 」

「そんなんじゃありません! 」

 あやめはむくれたように顔を背けた。

「いいから、待ってろ。どうせ、夜には戻る」

 偕人はあやめの頭から手を離し、その横を大股で離れて行った。





 台所で汚れた食器をがしがしと勢いよく洗いながら、あやめは頬を膨らませていた。

「なんだ、また何かあったのか? 」

 今さっき起きてきたばかりと分かる、眠そうな目であやめの兄の颯弥(そうや)が敷居をまたいで勝手場に入ってくる。

「兄様、なんでもありません! 」

「その割に、異様に声が怒ってるな。その調子じゃ、何枚か皿が割れそうじゃないか、また偕人(あいつ)絡みか? 」

「違います! 」

「そういえば、この間、あいつが連れてるカラスが喋ってるのを見たんだが、変な夢だったな」

「……」

「それにしてはやたらと鮮明な夢だったんだよな」

 颯弥はそう言うと、がりがりと背中を()きながら、伸びをした。


「兄様、もしかして普段から夢と現実の区別がつかない生活していませんか? 」

「なんだそれ」

「いえ、何でもありません。何となくそう思っただけですから、忘れて下さい」

「……」

「今、朝ご飯の準備をしますから、向こうで座ってて下さい」

「おう、頼む」

 颯弥が出ていく後ろ姿を見届け、あやめがかまどの上の湯気を立ち昇らせた鍋の蓋に手を伸ばそうとしかけた時だった。


 何かの気配を感じ、あやめは反射的に振り返った。

「……! 」


 そこには一人の少年が立っていた。

 間違い無く、『あの時』の子供なのだと、あやめには直ぐに分かった。

 一度見ただけだが、端正なその面差しは印象深く脳裏に焼き付いている。

 女学校の廊下で現れ、直後に掻き消えるようにいなくなったあの子供だ。

 ただあの時と違うのは、今目の前にある少年の輪郭は何処となくおぼろげで、直ぐにでも消えてしまいそうな心許なさげな風情を漂わせていた。


「あなたは誰なの? あの時の子だよね? 」


 少年はあやめをじっと見たが、何も話そうとせず、不意にこちらに向かって手を伸ばしてきた。

 避ける間も無く、少年の手があやめの(はかま)を掴んだ瞬間、料理の入った鍋の(ふた)がずり落ち、室内に大きな音が響き渡った。


「あやめ、どうした。大丈夫か? 」

 突然響いた大きな音に驚き、慌てて入ってきた兄は、台所の入り口付近で立ち止まった。

「……」

 そこには人の姿は皆無だった。

 しかも台所の奥は行き止まりで、そこから裏の庭に唯一通じる木戸には(かんぬき)がかけられ、固く閉ざされたままになっていたからだった。


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