俺は犯罪者じゃない
「憲兵さんに追われているなんて、これまでにどんな悪どい犯罪行為を繰り返してきたんですか? 短い間とはいえ、そんな危険極まりない人と一緒に暮らしていたなんて……」
あやめはそう言って、不安げに顔を曇らせた。
「俺は何もしてねえ! 勝手に決めつけんな! 」
「……」
「あやめ、なんだそのものすごく嫌な感じの疑いの眼は! 誰よりも善人の俺を信じるだろ? な! 」
「無理です」
「せめて答える前に、二秒くらいは考える心の余裕を持たないか? 」
「だから、それが無理だと」
「あやめさん、一応偕人のなけなしの名誉の為に言っておくと、確かにこいつは性格は最悪に悪いが、流石に犯罪者ではないですよ」
朔夜が見かねてため息混じりに言った。
「性格が悪いは余計だ! ふざけんなよ! お前ら! 」
「じゃあ、どうしてなんですか? ちゃんと説明してください」
あやめがじっと見つめると、偕人は急に狼狽し、言葉に詰まった。
「それはだな……いや、あの」
「よく分かりました。やっぱり言えないような理由なんですね? 」
「だからそうじゃねえ! 」
偕人はそう叫んでから、大和を見た。
「大和! 大体、お前がそんな姿で現れるから、余計な誤解を生むんじゃねえか! 誰のせいだと思ってんだ! 」
「偕人の普段の素行の悪さを僕のせいにされても。まぁ、実際、僕は今日は本当は非番なんですけどねー。でもこの姿の方が声を掛けた時に、皆さんが親切に色々教えてくれるんで便利なんですよ」
そう言って近付いてきた大和が、偕人の鳩尾辺りに、拳を叩き込もうとした。
が、逆に偕人から腕を掴まれ、小手返しを食らいかけたので、僅かに退いた。
「……」
偕人が大和を挑むような鋭い眼差しで見据える。
二人は暫く互いに視線を逸らさず、見合ったままだったが、先に動いたのは大和の方だった。
大和は鍛えられた胸襟を窺わせる自分の制服の胸のポケットに手を入れると、一枚の身分証を抜き取ってそれを見た。
「ふーん、暫く行方知れずになってどうしているかと思ったら、今は女学校の教師なんかやってるんですか? 笑えるくらいに似合いませんね」
「お前! 俺の身分証、何時の間に! 」
「あなたはいつも詰めが甘いんですよ。僕の得意分野を忘れたわけじゃないでしょう? 」
そう言って、憲兵の男は身分証を偕人に軽く投げ返した。
「憲兵様の特技がスリ行為とは聞いて呆れるな。犯罪者はどっちだ」
偕人は苦々しく身分証を受け取った。
「道を外れた悪い人達を取り締まるにはそれに負けない、見合うだけの相応の能力も必要ってことですよ」
大和は笑顔を崩さずに言った。
「それにしても教師とは最も予想外でした。どうりでこんな可愛らしいお嬢さんと一緒にいるわけだ」
大和はそう言ってあやめに近付くと、前屈みになりながら微笑んで言った。
カーキ色の軍装を纏い、同色の制帽を深く被り、腰に細く長いサーベルを帯同した、目元が涼しげな風貌の男が見せる笑顔に、あやめは直感的に嘘くさいものを感じ、思わずじわりと後ずさりしかけた。
「大丈夫ですよ、お嬢さん。そう警戒しなくてもー。そこの朔夜が言うように、確かに偕人は犯罪者なんかじゃない。ただちょっと事情が事情で、特殊なだけで……僕達の一族の当主でありながら逃げ回っているので、連れ戻しにきただけですから」
「当主……? 」
「そう、偕人には、本来はもっとやるべきことが他にあるんですよー」
「断る! 俺は絶対あそこへは二度と帰らないと言ったはずだ! 」
「どーせそう言うだろうことも折り込み済みです。僕が歓迎されないことくらいもねー」
「もっと他にやることがって、何ですか? 」
あやめの口にした問い掛けに、大和は目を細めた。
「それはいずれ、本人が話すでしょう。僕が言わなくとも、戻りたくなくともいずれはそうなるでしょうから」
大和は改めて偕人を見てから、更に言葉を続けた。
「まぁ、連れ戻すと言ったのは退屈しのぎのほんの冗談です。こんな大人の男をのして引きずっていくことなど不可能だ。今日来た本来の目的は、偕人の直近の生活を見てくるように言われたことと……それから、一番の目的はこれです」
大和はそう言って、自分の腰にさげた細長いものを差し出した。
「先日、とある古墳から出てきた剣と、勾玉です。これが見つかった後から、おかしなことが繰り返し起きるようになってしまったのでー。近々僕もそこに行くつもりですが、その時に一緒に来てもらえませんか? 」




