コーギーwithハスキー、初めての休日に
「明日、定休日ですね七さん」
暖かな夕食の時間、さりげなくハートマークがケチャップで描かれたオムライスを前にして。
千代は僅かな期待を含ませた声で言った。
よく耳を立てればぱさぱさという、椅子の背もたれに尻尾が当たる音が聞こえるだろう。
「そういえば、私達が恋人になってから初めての定休日かしら」
「あ……なにか、予定とか入ってますか?」
小さくオムライスを掬い取って、伸びた顎から器用にぱらつくチキンライスを零さずに。
しっかりと噛んでから飲み込んだ七は、しんなりと耳を倒してしまって、尻尾も止めた千代に言った。
「こういう記念日になりそうな時、どこに行けばいいのかしら。千代ちゃんは知ってる?」
「え?ええと!その……ええと、泊りがけはダメですよね」
「そうね。明後日はまたお店だし、あまり夜遅くなったり、日をまたいだりしない所がいいわ」
「えっと、それじゃあ……んー!」
長考の姿勢に入ろうとした千代に、すっと七は釘を刺す。
「千代ちゃん、デートの行き先は後でネットで検索でもしながら考えればいいから。ご飯冷めない内に食べようね」
「はっ。はい!」
七の言葉に、オムライスに手をつけようとする千代だったが、その手は止まってしまった。
その様子を見て七は千代の様子を伺いながら声を掛けた。
「どうしたの千代ちゃん。食欲ないの?」
「いえ、あのっ。折角七さんが描いてくれたハートマーク崩したくなくて……」
そういいながら、スプーンを握った手の指先で黒い鼻を擦った千代に、七は言った。
「これから何度も食べる事になるんだから気にしないで食べて。それに」
「それに?」
「私からの気持ち、受け取ってね」
七に何気ない風に言われたその言葉に、千代は尻尾をぴんと立てた。
それから、にまにまとだらしない顔でオムライスを食べ初めて、尻尾を再びふりふりする事になるのだった。
二人とも綺麗に夕飯を平らげて、食器を綺麗に片付けた後の事。
普段ならそのまま食卓でのんびりテレビでも眺めるのだが、今日は七の部屋にあるPCの前に二人とも収まっていた。
千代と並んで、とは行かなかったので七は千代の膝の上だ。
ぴょこんと立った尻尾が服の布地越しに千代の腹をくすぐる。
その事にちょっとドキドキしながらも、千代は自分達の住む美慰栖都内のデートスポットを検索していた。
七は必死にコーギーサイズのキーボードにポチポチと爪先で打ち込みながら検索をする千代に、ちょこちょこ口を出している。
「ねぇ千代ちゃん。無理にお洒落な所選ぼうとしなくてもいいからね?私が着ていく服無いかも知れないから」
「大丈夫です!それより七さんはこう、なんていうか、こうされたら嬉しいなーっていうシチュエーションとか無いですか!?」
「うーん。そう言われても……私に任せると一日中千代ちゃんの部屋の布団で寝てるとかになるよ」
「そ、それはそれでっ!うぅ、でも折角の初めての日……ロマンチックにしたり、思い出に残る事したい……」
わしわしと硬質な長髪を掻き毟りながら、ほんのちょっぴり口から野生を覗かせて唸る千代の胸に寄りかかりながら、七は言った。
「そういえばさ。私と千代ちゃんって一緒に泳ぎに行った事ないよね」
「え?あ、はい。そういえば無いですね」
「だから……ちょっと季節を外してるから室内で……施設の整った所……どこか温水プール無いか調べてみない?」
「お、温水プールですか?」
「嫌?」
「わ、私実は泳げなくて……」
「あー、それは……」
恥ずかしそうに七のつむじに鼻先を押し込んだ千代の言葉に、七はしばし目を瞑る。
そして結論が出たのか、自分の頭の頂点を押す千代の顎をふんわりと掴んで言った。
「あのさ、それじゃ二人でスパにでも行かない?」
「スパですか?」
「私は行った事ないけど、並んでマッサージと毛づくろいしてもらって、それが終わったらちょっとお洒落なラウンジで食事。ダメかな?」
「う、うぅー。ど、どうしよう……」
「マッサージの前に一緒に温泉に入ったり、ダメかな?」
「えと、じゃあ、そうしましょっか」
「うん。じゃ、早速検索しよう。近くにあるかな」
ひょいっと千代に寄りかかっていた体を起こしてキーボードで検索ワードを打ち込む七。
その身体の毛皮の感触が離れたことに、少し残念な気持ちを抱きながら、千代はさくさくと目的地を絞り込む七を見ていた。
七の手馴れた検索の様子を見ながら千代は、七さんはこういう時もクールに決めるなー、などとのんきに考えるのだった。
「ん、電車で2時間くらいの所に良さそうな所あったね」
「七さん。そういえばそういう所って予約が必要なんじゃないですか?」
「あ、あー。そっか。ちょっと待ってね……うわー、本当だ。予約は一週間前から受付で当日飛び込みとかは受け付けてないみたい」
「そうですか……ちょっと残念ですね」
「そうだね。これはココは今度また機会があったらかなぁ。うーん、そうすると本当にどうしよう」
再び考え込みながら背後の千代に身体を預ける七に、千代は思い切ってという声色で言った。
「七さん、ロマンチックさは減っちゃうかもしれないですけど、明日は夕飯だけ食べに出かけて。後は家でスパごっこしません?」
「スパごっこ?」
「その、正直言うと他人に七さんの身体マッサージされるくらいなら私がしたいなって……毛繕いも、いつもより気合の入った事私だって出来ますし……」
千代が言葉と共に自分のお腹に腕を回してくるのを感じながら、七はふむと考える。
こんな事を言うと薄情に思えるかもしれないが、日々の恋人らしい距離感を計るのに精一杯で、初めての二人揃っての休日にどうこうなんて、まったく考えていなかった。
それなのに自分でデートプランの提案らしきことまでして、千代から希望らしきものまで聞き出せた。
これは大進歩なのではないだろうかとぼんやり思いながら、決定を下す。
「じゃあ、明日予約入れられるレストランに夕飯を食べに行くって事で。昼間はうちに居ようか」
「はい!」
嬉しそうな声を出した千代はそのまま、七の耳をはみ始める。
七の敏感な部分を守る毛皮が湿っぽい口内に入れられてくすぐったくなる。
「あ、こら千代ちゃん。くすぐったいから。もう、しょうがないなぁ」
しかし、顔は見えないが、椅子に当たる尻尾の音でどれだけ喜んでいるか解る七は千代を本気では止めない。
存分に好きにさせてから、二人で入浴しようと誘う。
二人で入るとついつい長くなるのだが、恋人に成ってからは半ば習慣のようになってしまった。
お互いさっぱり洗いあって風呂から上がってから、軽い雑談とアルコール、それから肉系のツマミを楽しんでから歯を磨いて寝るのだ。
なんだかんだいって、七も千代も恋人という関係を愉しんでいるのだった。
翌日、朝食を取り終えて、少しアーモンドの仕入れ量の確認をしたいと言い出した七に、千代はそれなら少し買い物に出かけてくると言い残してどこかへ出かけていった。
そんな状況に七は、なんだかいつもの休日と変わらないけど大丈夫かな、と考えながら仕入れに問題はないことを確認する。
そして昼過ぎ。
七は千代に携帯で連絡を取ってから昼食を作り始め、千代が帰ってきたらすぐ暖めて食べられるように、シソの葉の天ぷら丼を作った。
二人分のお昼を用意した七は、改めて恋人としてこんな事でいいのかしら、と考え込むが、それは程なく解消された。
千代が帰宅し、二人で丼を食べ終わると、千代は買い物で買ってきた都内にある毛艶用のブランド品のオイルを取り出し言った。
「七さん。早速二人でお風呂入った後、ゆっくり毛艶のお手入れしあいましょうね。夕飯は外でするんですから」
にぱっと口を開いて舌を出しながら言う千代の黒い唇に付いた米粒を、椅子の上に膝立ちになって身を乗り出し取って食べた七は、僅かに口の端を持ち上げ微笑む。
「それじゃあ千代ちゃん。お風呂いこっか」
こうして入った風呂の中では、近頃恒例になっていた洗い合いっこの後、毛皮用のコンディショナーシャンプーをお互いの毛皮で泡立たせて肌を合わせ戯れるという事をした。
二人とも抱きしめあい、お湯でしっとりとした毛皮を絡ませあう。
そしてそれは往々にして千代が風呂の床に寝そべり、七が身体をこすり付けることで行われる。
毛先と毛先が潜り込みあい、一体になる感覚。
七の毛皮が長めなため、彼女の毛先が千代の地肌に触れる。
それはコンディショナーと合わさって滑らかでくすぐったく、少しの間千代の身体を刺激する。
だがそれも、すぐに互いの毛皮に含まれる水分によってぴったりとくっつく感触に覆われる。
そしてもぞりもぞりと動く七の体の柔らかさに埋もれるのだ。
千代はそんな泡塗れの触れ合いに溺れるのだった。
そして今日はそんな行為が終わってお互いの毛皮を乾かしたら、大きなタオルを持って裸……毛皮姿だ……のまま千代の部屋に向かう。
そこで、毛艶オイルと、専用の毛先が球状になっているケアブラシでどちらがまず相手の手入れをするか話し合う。
「千代ちゃん。私が先にやってもいいかな?」
「え?私も早く七さんの毛艶を良くしたいです」
「えっとね、千代ちゃんには悪いけどココは譲って欲しいなぁって」
「なんでですか?」
きょとんと首を傾げる千代に、七は千代の顔を見上げて千代の足の毛皮を引っ張りながら言った。
その姿は見た目に幼いものだったが、言葉の内容も、少々子供っぽかった。
「私が年上だから。リードしてあげたいの。ダメ?」
たとえその歳が30代でも、小さな恋人に見上げられながらそんな事を言われれば千代に抵抗する術はない。
てれてれと舌を覗かせながら、七さんがそういうなら……と大人しくタオルの上に寝そべった。
「えっと……ブラシの上に5滴ほどふりかけたらブラッシングする、と」
「七さん、細かいことは追々覚えるとしてですね。今はドーンとやっちゃいましょ。こんな高級オイル使うのなんて初めてですし」
ちなみに今回千代が買ってきた毛艶用オイルは10mlほどの小瓶で1万円ほどする、中々の高級品だ。
一般的な恋人同士の記念日の為の一品としても少しお高めな値段設定だろう。
七はそれを慎重に、ぽつりぽつりとブラシの毛先に行き渡るように振りかけて、千代の髪混じりの背中の毛皮にブラシを掛ける。
毛艶を良くする為のブラッシングに力は要らない。
地肌を擦る必要は無いので、ただ丁寧に毛を満遍なく梳いて行く事が求められる。
その点では七は満点だった。
小さな薄毛皮に包まれた手をさーっ、さーっ、と千代の毛足の長さに合わせて動かして満遍なくオイルを染み込ませていく。
「あふっ……七さんの手櫛とはまた違った優しい感触が気持ちいい……匂いも良いし天国ですー……」
うっとりしながら鼻をすぴすぴさせる千代に、七は優しい手つきのまま言った。
「ラベル見たらミルクエッセンスの香りなんだね。どう千代ちゃん。ミルクの匂いは」
「……七さんの体から嗅いだらぺろぺろしちゃうかもしれません」
「それは我慢してね。はい、背中の方は大体終わったからひっくり返って」
七に言われてうつ伏せから仰向けになった千代、最初は頭部や肩、腕、足と大人しかった。
だが徐々にブラシを掛ける部分が特に羞恥心を煽り、毛足の長さが薄くなる部位になるにつれて、思わず声を漏らした。
「あうぅ、七さん……」
「何?」
「その、先っぽ……」
「千代ちゃんは本当にエッチだね。発情期でもないのに、ここを弄られるのが嬉しいの?」
「七さんが触れてるんだと思うと、その、もっと欲しくなっちゃうっていいますか……」
「ふふ、おかしな千代ちゃん。触れてるのはブラシなのに。でもいいよ。気が済むまで『ブラッシング』してあげる」
つるつる滑る球形のオイルが塗られたブラシの先端でも、体に触れればそれは刺激になる。
千代は思う存分、それで七にまさぐられる感覚を楽しんだ。
寝転がって体の下になった尻尾も、動く限りの部分でファサファサと敷かれたタオルを擦る音を立て、喜びを露にする。
こうして柔らかな乳の匂いと七の優しいブラッシングで悦に入った千代は、そのまま眠りに入ってしまった。
少しはしたなく、股を開いて腕を胸の横で折りたたんで眠る千代を見ながら。
私のブラッシングまだなんだけどなぁ、と思いながら、それでも幸せそうに顎を開いて眠る千代を起こそうとはしない七。
ただ、夕食に予約した店がそれなりにフォーマルな店なので、自分も毛艶用オイルを使って毛皮に磨きを掛ける。
自分でも手を届かない場所はどうしてもあるが、そこは衣装で隠れてしまうと割り切って作業を済ませる。
そしてまだ夕食の予約時間まで4時間以上間がある事を確認してから、1時間後の目覚まし時計を仕掛けた。
後は千代の部屋の大きな掛け布団を自分と千代の上に掛けて、少し布団の中に潜り込んで、濃厚な千代と自分の臭いの中で昼寝をする事にした。
今ではすっかり慣れて、落ち着きの香りとなった恋人の匂いの中で目を瞑ると、寝つきの良い七はすぅっと眠りの中に入っていった。
「はっ!?七しゃん!?」
けたたましい目覚ましの音共に千代の意識が覚醒する。
それでもまだ目覚めきってはいないが、眠る前に確かに近くにいた大好きな七の匂いを求めて鼻を引く付かせる。
鼻を働かせたことで微かに香る七の匂いに、安堵する千代。
同時に、ああ毛繕いをしてあげる前に寝てしまったという後悔が胸を締め付ける。
折角七の小さな身体を思う存分楽しみ、毛繕いされる快感を与えてあげる機会だったというのに。
そんな後悔を抱いていると、もぞもぞと千代に掛けられた布団が動き、その中から七が出てくる。
瞬間、開かれた布団の中から千代にとっては甘い七の体臭と毛艶用オイルの香りが混ざった蟲惑的な匂いが千代の鼻を突く。
「くぅ~~~~~ん……」
なんだかその匂いだけで全てがどうでも良くなってしまったという様子の千代の鼻をぺちんと七が叩く。
「きゃぅん!」
「ほら、千代ちゃん。後3時間くらいで予約の時間だから。きちんと起きてお洒落してご飯食べに行こう」
「へ、あっ、はいぃ!」
七に活を入れられてパッと立ち上がった千代だが、はらりと落ちた掛け布団の下が何も身につけない毛皮だけの状態である事に気づいて、七を見る。
すでに自分も出かける準備をする為に千代にお尻を向けていた七に聞いた。
「あの。私裸だったんですけど。七さんはその、悪戯とかは……」
「してないよ。してほしかった?」
「んん!ご、ごほんっ!それはー……あの、寝てるときにされてももったいないのでいいです」
「そう、なら良かった。でも千代ちゃん、暖かくてくっついてると気持ちよかったよ」
「は、はうぅぅ……」
言い残して部屋を後にした七が出ていったドアを見つめながら、しばらく千代は耳を伏せながら尻尾を振るのだった。
家から七が車をだして、20分ほどの所にある貸し衣装屋で30分ほど時間を掛けてお互い着飾る。
そしてそこから40分ほどの所にある美慰栖都の外れにある、住宅街の近くにある時間制の駐車場に車を止め、住宅地の中を10分ほど歩く。
そうして辿りついた、一見瀟洒な館という外観の建物の中に、七はインターフォンで予約客であると告げると千代を連れて入っていく。
二人の格好は、七が小さな身体をタイトなスカートときちっとしたスーツの上着に身を包んだ、皮のローファーを履いたキャリアウーマン風のスタイル。
千代がワイルドさを健康的な色気を発散する、背中の大きく開いたオレンジのショートラインのドレスに、高い身長を更に高く、スタイルを良く見せる高いヒールの紅い靴。
赤レンガに白い窓枠の窓が取り付けられ、穏やかな橙色の灯りを漏らす建物の中に入る。
するとそこは色とりどりの細かい模様が織られたペルシャ絨毯が敷かれ、磨かれた木製の建てつけの家具の配置されたレトロな西洋風の造り。
電気全盛のこの時代にあえて微かに油の燃える匂いを感じさせるランプが吊り下げられる中、二人を出迎えるタキシードの樋熊族の男性が頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました古儀居様。そちらのお方は蓮紀伊様でしょうか?」
「はい。予約の古儀居と蓮紀伊です」
「畏まりました。ではお部屋へとご案内します」
七は慣れた様子で対応しているが、千代はテレビの中でくらいしかお目にかかれそうに無い光景にちょっと口をあけて呆然としている。
そんな千代を、七はそっと手を握ってエスコートする。
「はい千代ちゃん。できるだけロマンチックな場所をセッティングしたよ」
「あ、う、な、なんていうか。凄い所をチョイスしたんですね七さん」
「記念日だから、ね。これなら記憶に残るかな?」
「は……はいっ、とっても……凄く素敵で夢見たい……」
夢心地の千代の手にそっと唇を当てて七は言った。
「夢じゃないよ。だからしっかり料理とお酒を楽しもうね。七ちゃん」
「はい……七さん、小さくても格好良くて素敵です」
「大人の女、だからね」
千代からの憧れの眼差しに、ちょっと背伸びをして答えてみせる七。
無理に胸など張らなくても、柔らかく握った手を、千代がきゅっと締める感触で、千代が七の態度に感激しているのが彼女には伝わった。
後は通された適度な装飾……例えば緑色のグラデーションになっているガラス製の壷などの調度品が飾りのついた卓の上に飾られたりしている……部屋で。
本来なら8人は掛けられそうな円卓を、二人で対面になって使う豪華さ。
当然部屋は個室で、他の客は居ない。
どれだけ二人の話が盛り上がっても聞くものは注文を取る為の従業員のみという環境で、二人は良く話して、よく食べた。
その内容は、例えば舌を使った毛繕いで臭いが付くのが嫌ならお風呂の合間にしてみるのはどうでしょう?とか。
千代の胸が羨ましいという七に、千代が七さんの胸はそのくらいが可愛いです!と熱弁したり。
お酒が進めば、千代からはもっと七とキスしたい、触りたい、抱きしめたいという声が漏れ始める。
そしてそれはいつの間にか椅子を動かして七の隣に移動して、べったりと寄り添うようにツマミの一口サイズのクラッカーの上に生肉と塩分の強いチーズを乗せた物を食べる状態に発展する。
そうなると七も、そろそろ引き上げ時かなと、千代に後は家に帰ってからねと言い聞かせながら、ふらつく千代にお冷を貰い、店の人間に運転代行を呼んでもらい少し時間を潰す。
店の人間が運転代行が到着した事を知らせに来たときには千代も少しは調子を取り戻していて、しっかりとした足取りで車のある駐車場まで歩いていった。
そして代行の人間、彼女は短毛種のジャパニーズ・ボブテイル種の猫族だった。
夜目でも安心安全の快適な運転を約束しますと商売上の口上を述べる彼女に、安全運転をお願いしてから、七は千代と後部座席に乗り込んだ。
「千代ちゃん。今日は酔っ払ったね」
「はい……だってあんまり嬉しくて、お酒も美味しいしご飯も美味しくて……特にメインの合挽き肉のベーコン包み焼きは堪りませんでしたぁ」
幸せそうに座席一杯を使って七の膝枕に浸りながら舌を出す千代の頭を撫でながら千代は言う。
「ふふふ。千代ちゃんに喜んでもらえて私も嬉しいよ」
「そう言ってもらえると、私幸せです。お互いの嬉しいが反響しあって、どんどん嬉しくなっていって、二人は幸福な音叉になる。これって素敵ですよね」
「そうね。とっても素敵。私と千代ちゃんの幸せが共鳴しつづけると、とても嬉しいわ」
「ですよねー。わふ、七さん好きぃ……」
「ちょっと眠いのかしら?家に着いたら起こしてあげるからちょっと寝ていいよ千代ちゃん」
「んん……今日は私七さんに寝かされてばっかりな気がします……」
もぞもぞと目の辺りの鼻の根元を擦る千代に、七は言った。
「それだけリラックスしてるのよ。明日は千代ちゃんに貸衣装の返却に言ってもらわなきゃいけないから大変よ」
「あ、そうですよね……私、すぐに戻ってお店のお手伝いしますから」
「うん。待ってる。なるべく早く私のところに戻ってね、千代ちゃん」
「はい……それじゃあ、ちょっと寝ますね……くふぅ……」
言い終わると、すぅすぅと寝息を立て始める千代の顔を眺めながら、七は小さな口をほんの少し持ち上げるように笑う。
「はぁ。なんだろうなぁ。千代ちゃんはこんなに大きいのに、恋人に成ってからどんどん可愛くなっちゃって……ホントにもう。これは私のほうが千代ちゃんに引っ掛けられちゃったわね」
そんな独白と共に、さらさらといまだにオイルの保湿成分でしっとりとしつつも堅さを持った千代の、ドレスから覗く毛皮をなぞる七。
そのなぞるラインには鎖骨や、背中の肩甲骨の盛り上がり部分が含まれた。
安らかに眠る千代はピクリとも反応しないが、千代のその部分よりかなり逞しいそれに、千代は安心感を抱いた。
そして、いつかはこの骨太で大きな体格の千代に本当の意味で抱かれる日が来るのかしら、等と考えるのだった。
無事に家に帰り、千代を起こすと二人はまた風呂に入った。
毛艶用のオイルが無臭の物なら問題ないのだが、今回お互いがつけた物はフレグランスが付いた香油に近い物だったために、また明日からの仕事で料理の香りを邪魔しない為に匂いを落とすのだ。
そうしてさっぱりとした二人は、お互いの部屋で下着を見につけると、千代の部屋で布団に入った。
「ねぇ、千代ちゃん」
「なんですかぁ、七さぁん」
まだ10時ほどだが、彼女達の平素の朝は早い。
そのため既に体が眠りに就く体勢に入っていた千代は眠そうな声で七の声に答える。
「恋人に成って初めてのお休み、記憶に残るかな?」
「……忘れませんよ七さん。私あんまり頭良くないですけど、昨日今日と七さんと二人で初めてのデートに頭を悩ませた事、忘れません」
「そっか。なら良かった。それじゃあお休みね、千代ちゃん」
「はい。おやすみなさい七さん……愛してます」
瞳を閉じた七の小さな顎の唇に、ちょんと鼻先をつけるキスをする千代。
その後はお互い身体を寄せ合って、互いの毛と肉体の温かさを感じながら眠りに就いた。
これは、ちょっと不器用同士、経験無いの無い無い同士の恋人達の、記念すべき初デートのお話。
話の主役二人は安らかな寝息と共に、今日の互いの触れ合いを反芻する幸せな夢の中に入っていって終わり、という話。