おまけ・こーぎーmeetはすきー
それは蓮紀伊 千代が頭を悩まして、煮詰まった為に気分転換をしよう。
そう思って目に留まった、小奇麗な喫茶店に入った時のことだった。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
先への心配の為に上の空でええとか、適当な返事をした千代を、喫茶店の小さな店主、古儀居 七はカウンターに座らせた。
「メニューはこちらになります。お決まりになられたらご注文ください」
そっと差し出されたメニューを見て、千代も本格的に目の前の食べ物に注意を移そうとする。
だがどうしても、ここの所千代の頭を悩ませる問題が過ぎる。
それは大家から1ヶ月半前に伝えられた、今借りているアパートからの退去勧告だ。
2ヶ月あればなんとか次の適当な家を見つけられると思った。
しかし、どうしても通っている大学への通学経路と、払える家賃の折り合いがつく物件が見つからない。
元々、追い出されそうになっているアパート自体、かなり古いものでそこに運よく入居できたというのが運が良かったのだ。
残る半月は諦めて家賃が上がる事を許容して、通学に便利な地域の家を探す事にしようか、なんて悩み始めてしまった千代に、七が声を掛ける。
「お客様。失礼ですがかなりお疲れのようですね。私のようなただの喫茶店の店主でよければお話を伺いますよ」
こんがらがった頭で見下ろしていたメニューから千代は目を上げる。
目の前に飛び込んできたのは、小さな可愛らしいコーギー種の女性だった。
可愛らしい姿を、少しボーイッシュな服装で包んだ彼女の顔を見て初めに感じたのは、こんな可愛い顔なのに声は落ち着いているんだ、という事だった。
「勿論不要なら私は黙りますので……」
すっと引こうとする小さな店主に千代は思わず声を掛けた。
「あの、聞いて、くれますか?」
千代は、耳からするりと入り込んだ静かで優しい声に導かれたかのように、今の自分の状態を語った。
七は黙って話を聞いて、時折相槌を打つ。
そんな落ち着いた態度にも惹かれたからだろうか、千代はもし家が見付からなかったら学校はどうなってしまうのか、等の不安も打ち明けてしまった。
ここ1月半ほどの時間をかけて徐々に重圧を増した悩みを語り終えて僅かに頭のさっぱりした千代はカフェオレを注文する。
七はその注文を受けて静かに濃いコーヒーを淹れながら、小なべでミルクを泡立てないように暖め、その二つを混ぜる。
こうして出来上がったものをそっと千代の前に出すと言った。
「蓮紀伊さん。少し驚くかもしませんけど私のお話聞いてくれますか?」
カフェオレに口をつけた千代に、七が語りかける。
「もしよければ、この喫茶店で住み込みの従業員になりませんか?」
「住み込みですか?」
カフェオレの入った吸い口から口を離し、千代は首を傾げる。
彼女の放った問いに七は小さく頷いてみせてから続けた。
「ええ、実は以前から若い人にお店を手伝ってもらえれば楽になるなとは思っていたんだけれど、1人でも廻せてるし……と思っていたんだけど、これは良い機会かもと思ったの」
「ええと、求人を出すほどじゃないけど、丁度良さそうな私が飛び込んできたから雇おうかなって事ですか?」
「そう取ってくれても構わないわ蓮紀伊さん。住み込む家はこの店の隣の一軒家。部屋は余ってるから個室を一人で使えるし、食事も出す。お給料もちゃんと働いてくれればだすけど、どう?」
「えっと、あの、いいんですか!?私で!」
「私は良いと思ったから、提案してるわ」
「あの、そんな、会ったばかりの私なんて家に上げていいんですか?」
お客だというのに、かしこまって聞く千代に、口の端をふんわり持ち上げて七は微笑みかける。
「なんとなくね、困っていると話す貴女にそういう悪い事をしそうな感じは受けなかったから」
「そんな曖昧な……」
「これでも客商売をしているから、その辺りの見立てには自信があるんですけどね」
「えっと、私が仕事できないからって追い出したりは……」
不安そうな千代の言葉に、ああ、と相槌を打ってから七は答えた。
「大丈夫です。もしウェイトレスが出来ないようなら少なくとも大学卒業まで、家賃を貰って同居という事で」
「な、なんだか私ばっかり得なお話みたい……」
「そうでもないわよ。蓮紀伊さんが働いてくれるならお給料も出すって言ったけれど、多分最低賃金くらいしか出せないわ」
「それでもお得ですよ!食費とか電気代とか、払わなくていいみたいな感じじゃないですか!」
「まぁ、そこはお給料分って事でね。あくまでウェイトレスをやってくれたらの話だから。勉強に専念したり他のお店で働くならきっちり家賃分で取らせてもらいます」
柔らかく言う相手の瞳の中を伺う様に見る千代と七はじっと見つめあう。
真っ直ぐに見つめ返されて、千代の方が何だか気圧されて視線を外してしまう。
体は七の方がずっと小さいのに、形にならない度胸のような物が七の方が大きい、という事だけは千代にも解った。
そんな千代に、再び七は問いかける。
じっくりと、言い含めるように。
「それでどうします蓮紀伊さん。この話、受けていただけます?」
七の問いかけに千代は冷め始めていたカフェオレの容器の吸い口に一口、口をつけてから答えた。
「ええと、休日とかどうなるんでしょうか」
千代の答えに、にこりと口の端を上げて笑うと七は言った。
「そうね。お休みがどうなるかもきちんと話し合いましょう。今後のお互いの生活をきちんとする為に、ね。よろしく蓮紀伊さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします古儀居さん!」
七と千代はこうして出会い、大学卒業後は本格的に七の喫茶店で働きたいと申し出た千代の申し出を七が受け入れた。
そうして二人は恋人になるまでの時間をゆっくりと過ごす事になるのだった。