こーぎーwithはすきー
「はっはっは、そうかそうか。二人とも一緒に風呂に入る程度はしたのか古儀居さん」
「はい。銅鐘さんの言うとおり、ここまでならして良いという程度の事はしました」
昨日と同じように、ミートボールスパを食べた後に一服する満に、七は静かに報告を行う。
臭腺の嗅ぎあいをしたなどという、詳細なことは告げずに、単に風呂を共にした、程度の話だったが。
「蓮紀伊さんはどうだったね?古儀居さんとの恋人初日は」
「えっと、それは。……思ったより七さんは大胆でした」
「そうかね。それよりワシは蓮紀伊さんが恋人に成れてよかったと思ったかが聞きたいのぅ」
「あ、それはですね。思ったより辛い事になったかもしれないのが銅鐘さんのおかげで……私もう、死んでもいいかも知れません」
銅鐘には見えないが、昨日の事を思い出したのか、胸に手を当て、耳と顔を伏せてうっとりと舌を垂らしている。
銅鐘はゆっくりとコーヒーを飲むと、七に向かって言った。
「そうそう……昨日からの蓮紀伊さんの態度の変化。敏いお客さんは気づき始めるかもしれませんな」
「えと、なにか問題が?」
「問題というほどにはならないと思いますがな。少し探りを入れられるかもしれませんぞ」
「ああ、そういう事ですか。大丈夫です、といいたい所ですけど、千代ちゃんには少し言っておいた方がいいかもしれませんね」
ここで一旦言葉を切ると、七はだらしなく尻尾を垂らして振っている千代に少し強めに声を掛ける。
「千代ちゃん。顔を引き締めて」
夢中に居た千代も、大好きな人の声はしっかりと耳に捉えたのか、はっとしたように顔を上げ、舌を仕舞う。
「は、はい七さん」
「千代ちゃん。私達の事色々聞いてくるお客様が居ても落ち着いて受け答えをしてね。仕事に障りが無いなら適当にお話してもいいから」
「わ、解りました」
慌てて居住まいを正した千代にうなずいて見せると、七は銅鐘に言った。
「コーヒー。お替り自由ですがどうなさいますか?」
言葉と共に店の常連の中でも、親しい人間にしか見せない笑みを七は浮かべる。
その笑顔を見ながら銅鐘は、つるりと頭の天辺を撫で上げると言った。
「時間制限のある若い二人の邪魔はできませんな。お会計を」
いつものようにきっちりミートボールスパとコーヒーの代金をぴったり置いて、満は店を後にした。
その後、千代は今気づいたという様子で七に尋ねた。
「そういえば。考え無しに恋人に成ってくださいなんてお願いしちゃいましたけど。その、ご実家からの提示ですよね、お見合いって。断っても良かったんですか?」
七は千代のその言葉に、目を瞑り小首を傾げながら耳を動かしながら答える。
「そういえば、千代ちゃんには言ってなかったわね。私の七っていう名前はそのまま兄弟の順番なの」
「え、それじゃあ七さんって、上にお兄さんとお姉さんが6人もいるんですか?」
「まぁ、ね。まかそんなだから私一人お見合いしなくても家には問題ないわよ」
「……良いんですか?」
「まぁ、いいでしょ。上の兄と姉達が巧い事やっているから、家に問題が起こることは無いと思うわ」
「そうなんですか?」
七は静かに適当なグラスを取り、ウォーターサーバーから水を注いでそれを飲み干す。
「千代ちゃん、私より年上の兄弟が6人もいるのよ。当然跡取りとして結婚して子供を作ってるのもいるし、家は安泰よ」
「……なんだか家の事を話す七さん、あんまり楽しそうじゃないです……」
「兄弟の数が多すぎたのかもしれないわね。両親も忙しい人達だし。家門に泥を塗らないようにという以外はさして注意も払われなかったし、その影響かもね」
「その、なんていうか、すいません。私七さんのそういう気持ち知らずに、自分の家族の事はぺらぺら喋って」
少し耳を伏せながら申し訳なさそうにする千代から視線を外し、グラスを洗って立てかけてから七は千代を手で呼び寄せる。
そして少し手を出して、と言って千代に手を差し出させ、それに自らの手を被せながら言う。
「私の家の事なら気にしなくていいの千代ちゃん。貴女の家族の話は楽しかったし……それより私の方がいいのかしらっていう気がするわ」
「え?何がですか?」
七が珍しく愁いを帯びたため息をつく。
それを見て千代は首を傾げる。
「だって、貴女一人っ子でしょう?子供の出来ない同性愛だなんて……」
「だ、大丈夫です!パパとママならきちんと話せば解ってくれます!」
「そうかしら。こればっかりはきちんとお話しないと解らないわね」
そういって、どこか優しげな目つきで千代と繋いだ手を見つめる七に、彼女はなんとも言えない気遣いのようなものを感じた。
それを後押しされるように、七は千代に言った。
「もしご両親が反対するようなら、私は身を引くから」
七のその言葉に、千代は思わず叫んだ。
「嫌です!そんな事で諦めないでください!少し親に反対されただけで諦められちゃう私の気持ちも……考えてください」
千代の必死な呼びかけと、縋るような握った手への力を入れる行為に、七は頭を下げた。
「ごねんね千代ちゃん。私、どうも色恋事には後ろ向きみたいで……」
「そ、そんな事ないですよ!昨日はあんなに積極的だったじゃないですか!」
「アレは……恋愛に入らないっていうか……千代ちゃん相手なら、これくらいはいいかなって言う感じがね?」
「れ、恋愛じゃないんですか?」
「千代ちゃんの事は好ましいと思ってるのよ?でもそれが恋愛なのかなって言われると解らないっていうか……千代ちゃんはもう特別な、大切な人だから」
「な、七さん……」
特別な存在扱いにぱたりぱたりと尻尾を振る千代、七と繋いでいた手を両手で覆って小さな鼻歌が飛び出した。
そんな千代に、七は静かに、普段見せない不安げな様子の小声で聴いた。
「あのね、千代ちゃん。もし恋人としてダメでも、一緒に居てね」
その囁きを聞いた千代は七の瞳を見つめながら言った。
「七さん。そこまいうならもう恋人決定でいいんじゃ」
「だって……私みたいないい歳して……恋愛したこと無い女といきなり本格的に付き合うなんていったら、きっと千代ちゃん後悔する……」
七の言葉にそんな事ない、と言いたかった千代だったが、脳裏を昨日の銅鐘のアドバイスを貰う前の状態が過ぎる。
たしかに、誰の補助も無く七と本格的な付き合いをしていたらと思うと、千代の胸に痛みが走る。
考えてみれば昨日の晩の七が非常に積極的だったのは、その穴埋めもあったのかもしれない。
「ね、千代ちゃん。私そんな完璧な人間じゃないのよ」
「七さん……で、でも、昨日は銅鐘さんに手助けしてもらったとは言え、私達ちゃんと前に進みました!私達のお試し恋人期間は一週間、だから、お互い濃い時間を過ごさなきゃいけないと思うんです」
「その心は?」
「昨日一日で、お互い距離を計りあう時期は終わり。後はどれだけお互いの相性を見るだけ!私たち、一番高い山を銅鐘さんのおかげで越えられたんです!もう怖い者無いですよ!」
「千代ちゃんは、前向きね」
力強さを篭めた千代の言葉に、七はふんわりとした笑顔を作り口を開いて小さな舌を覗かせた。
気がつけば傾いていた七の耳も、いつの間にかぴんと立っている。
「私、千代ちゃんのそういう力強い所好きよ」
「な、七さーーーーん!」
感極まったのか、千代は七を持ち上げようとする。
しかし七は千代の自分のわきの下へ入れた手を叩いてそれを阻止する。
「ダメよ千代ちゃん。調理する場所や食べ物を置く場所より上に足を上げないの。ストップストップ」
「は、はうぅぅぅん。でも抱きしめたいです七さん!」
千代の言葉を受けて、七はチラリと周囲の様子を耳を動かして探った後、大きな胸を押しつぶすように胸の前で手を合わせる千代に言った。
「カウンター周り込んできてひっつくくらいならいいよ、千代ちゃん」
「はい!」
千代はカウンターの裏に回りこんで、サイズの基準が七のコーギー種で作られている為、二人すれ違うのもギリギリな中に入って千代は七の横に寄り添う。
そして七の着ているシャツからはみ出る首元の毛皮を擦る。
千代はその行動と共に、七に語りかける。
「あのですね。私達同棲は問題なくやってこれたじゃないですか」
「そうね」
ほんの少し、目元を細める七の同意に力を得たのか、千代はさらに続ける。
「だからですね、その、昨日みたいな事が嫌じゃないなら……もう恋人に成っちゃいませんか?」
「……体の相性は?」
「それは、七さんあんまりその、そういう欲求って無いんですよね?だったら……発情期にちょっと私がうるさくしちゃうかもしれませんけど、問題ないんじゃないでしょうか」
「それは千代ちゃんが辛くない?」
「そのあたりはほら、お互いが過ごした2年間を信じましょうよ」
傍に寄り添った千代の、自分を見下ろす顔を見上げながら七は鼻をくんと鳴らしてから言った。
「恋人じゃない2年間でも、信じていいのかな」
「信じましょう七さん。何事も信じてみなきゃ、はじまりませんよ」
千代の腰辺りにこてんと頭を預けながら、七は千代に言った。
「じゃあ、千代ちゃんが良いなら。私みたいなおばさんでいいなら、千代ちゃんに貰って欲しいな」
七の言葉に、千代はばっばと尻尾を振り、腰を屈めながら七に言った。
「じゃあ、私が後悔しないと約束すればお試し期間は終わって……ホントの恋人ですか?」
念を押すかのように真面目な声で言われた言葉に、七は千代の方へ向き直って小さな尻尾を立てながら言った。
「そうよ千代ちゃん。なんなら、誓いのキス、する?」
二人きりの店内、他に誰もいない空間で発されたその言葉。
その言葉に千代は夢心地で尻尾をぱさぱさ揺らしながら頷いた。
だが七は千代の太ももをつねる。
「きゃん!痛いです七さん!」
思わず声を上げる千代をじっと見つめて、七は更に問う。
「千代ちゃん。大事な事だから、きちんと考えて。私で、いいのね?」
「七さん、私はずっと貴女の事、好きですよ」
「そう」
返された言葉に七は何かを飲み込むように頷くと、千代の顔に自らの口先を寄せて、そっと鼻先と鼻先を合わせる様に口を重ねる。
多分、1分かそれに満たない時間。
口吻を合わせた後の二人の尻尾はその緊張を表すかのようにピンと立ち、微動だにしない。
そして、口付けには終わりが訪れる。
「七さん……」
声に潤いをにじませた千代の柔らかな毛皮の首元に、そっと七が腕を回す。
「千代ちゃん。私面倒くさい女かもしれないけど、捨てないでね」
ポスンと千代の肩口に顔を埋める七を、千代は壊れ物を包み込むようにして小さな七の身体を抱きしめた。
そして七の頭に自らも顔の側面を擦り付けながら言う。
「捨てませんよ七さん。もう嫌だって七さんが言うまで、私は貴女の傍を離れません」
その後は無言の時間が流れた。
互いの臭いを嗅ぎあい、首筋をあわせることで相手に自分の臭いを移す。
だが、既に昼も少し過ぎていて、貴重な昼食の時間を失ってしまう事になる前に七が声を掛けて、お互い身体を離す。
そして七の指示で一時クローズの看板を表に出して、千代は七のお手製の賄いに舌鼓を打った。
何か特別、というわけではない。
ただお互いの関係が変わっただけ。
それだけで千代にはそれが特別なメニューに思えたし、それは七にとってもそうだったようだ。
こうして二人はお試し期間の終了前に付き合い始め、少しファンのお客様を嘆かせつつも、意外と大胆な七と、押し捲られると冷静になってしまう千代でバランスが取れていたのか。
末永く幸せに過ごす事になったのだった。