お風呂にて
夕飯を摂った後、七が食器を片付けてから言った一言は千代に衝撃をもたらした。
「千代ちゃん。お風呂入ろう」
その一言に千代は耳を疑う。
何度も何度も自分の耳をパタパタ動かしながら、自分の胸と七を見比べる。
「何。そんなに見比べられても私の胸は千代ちゃんのより大きくなったりしないよ」
「えと、いや、そうじゃなくてですね……お風呂入るって、良いんですか?」
「何が?私久しぶりに人に背中洗って貰いたいんだよね」
「それなら喜んで!って、裸見られるのに抵抗とか無いんですか?」
「ああ。んー、千代ちゃんならいいや」
「ホントですか!?」
七の言葉に色めき立ち、千代の尻尾が揺れに揺れ、嬉しそうに顔が緩む。
「ほら、銅鐘さんにも言われたでしょ。好きならそれなりの事をしてあげなさいって。私が背中を流して欲しいのもあるけど、千代ちゃんの背中流してあげたら、喜ぶかなって。どう?」
「嬉しい!嬉しいですよな七さん!」
「ただの家主じゃ横暴だけど、恋人ならいいよね」
「勿論ですよ!ささ、入りましょ!お風呂お風呂!」
普段は七に言われるまで入浴しようとしない千代が、自分から率先して七の背中を押して脱衣所に向かう。
よほど七と一緒に入浴できる事が嬉しいらしい。
「七さん。私これだけで七さんと恋人に成れてよかったです!」
「あ、お風呂から上がったらお互いに毛繕いしようね。どうしても自分だと見えない部分があるから」
「毛繕いまでしてくれるんですか!?」
「うん。私恋人作る意味ってあんまり考えた事ないけど、こういう相互扶助的な事ができるのはいいよね」
色気のない七の言葉だが、その中には柔らかい物が含まれていた。
それを楽しんでいた千代が脱衣所に入る直前に、七がそれを止める。
「あ、脱ぐのは脱衣所に2人はいれないから順番ね。先に入って待ってるから」
そういってするするとTシャツと短パンを脱ぎ、ブラを外してパンツも足から抜き出しその全てを纏めて洗濯機に放り込む。
毛皮一枚の姿になった七は、そのまま浴室のすりガラスがはめ込まれた引き違いの入り口を開いて中に入る。
「それじゃお先ね。千代ちゃん」
小さなお尻の尻尾を揺らしながらクリーム色の壁面の、二人で入っても余裕のありそうな大き目の浴槽のある室内に入っていく恋人。
その背中を見送った後、千代はブラウスのボタンを引きちぎらんばかりの勢いで外していき、タイトジーンズを一気に降ろす。
すると中からはぼさっと毛並みが姿を現し、その中にブラとショーツが埋まりかけている姿が現れる。
下着も剥ぎ取るように脱ぐと、七に倣ってそれらを洗濯機に放り込むと、彼女も浴室に入ると入り口を閉じる。
「お待たせしました七さん!まずはどこから洗います!?」
「元気だねぇ千代ちゃん。それじゃあ頭からお願いしちゃおうかな」
「解りました!痛かったら言ってくださいね」
浴槽にお湯を張る音の中、よっこらしょとちょっとおばさん臭く風呂椅子に座った七の背後で、千代はお湯洗い用のブラシを手にして膝立ちになる。
彼女達の体毛の密度の前にはちょっとざらざらのあるタオル程度ではまったく歯が立たない、だからブラシを使ってこれでもかと身体を掻くのだ。
千代は七が自分の手で調度良い温度に調節したシャワーのノズルを渡されて、自分の身体にもお湯を当ててみた後七に言った。
「はーい。それじゃ頭にお湯行きますよー。目を瞑ってくださいね」
「うん。お願いね」
「……じゃ行きますね」
答えから少し待って、七の耳の間の頭頂部からお湯を掛け、千代はブラシで毛並みをごしごしとそれなりの力を入れて梳いていく。
その感触が物足りなかったのか、七が声をあげた。
「千代ちゃん。もう少し強くお願いね」
「はいー」
七の言うままに力を強める千代のブラッシングに、七の口から満足げな声が漏れた。
「くぅ~~~~ん……気持ち良いよ千代ちゃん」
頭頂部から後頭部、うなじに背中と洗っていくと、普段あまり動かない七の尻尾がふるふると震えた。
頭から流れてくるお湯を散らしながら揺れる尻尾に、千代は目を奪われる。
もしかして今この人笑ってるじゃないかな、そう思った千代の行動は早かった。
シャワーのノズルとブラシを持ったまま、さっと回り込んで七の顔を確認する。
「どしたの、千代ちゃん」
身体にお湯が当たらなくなって振り向いた七の顔は、何時もどおりの可愛さだった。
しかしそこに緩い感情などは見当たらず、舌も出していない。
「なんでもないです……洗うの続けますね」
少ししょんぼりしながら背中を洗うのに戻った千代に、どうしたんだろう、と思いながら七は目を瞑る。
そして再び背中に当たるお湯とブラシの毛皮の内側を擦る感覚に尻尾を振る。
そうしてひとしきり背中が洗い終わると、七は立ちあがった。
「千代ちゃん、お尻と足の裏側もよろしくね」
立ち上がった七の、目の前に晒されたお尻に千代の鼻は釘付けになる。
臭いを確実に捉える千代の鼻は、ゆっくりと七のお尻に近づいてゆき、その臭いを嗅いだ。
それを感じた七は振り返り、千代の頭をぽんぽんと叩く。
「随分古風な事するんだね千代ちゃん。嗅ぎたいの?」
目を細めていた千代が顎を開きながら頷く。
それを見て七は何も言わず、再びお尻を千代に向けた。
すぅっと鼻一杯に、七のお尻の肛門腺の臭いを吸い込む。
すると千代の頭の中に七の体調などの情報が飛び込んでくる。
人として二足歩行になってから長い時が過ぎて、現在では退化を始めているそれ。
しかし確かにソコから千代は七を感じたのだ。
しばらくぼうっとした千代は、七に向かって甘えた声で言った。
その声は七の耳を覆う毛に絡みつくような感覚を与えながらも、しっかりと彼女の耳に届いた。
「七さん、私が貴女を洗い終わったら、私の臭いも嗅いでくださいね」
七は、ただその言葉を受け入れた。
「いいよ千代ちゃん。それじゃあ早く洗ってもらわないとね」
七の同意に、千代は多幸感を覚える。
発情期の時期でもないのに、頭の中がとろりと溶けたような感覚を味わって、よだれがたれる。
ただ、七に早く嗅いでもらいたいから。
もっと自分の事を知ってもらいたいから七の身体をブラシで洗う事は忘れなかった。
そして、外見の割りに立ち仕事で固いお尻や足回りを千代が洗うと、七は言った。
「前は自分でやるから、ありがとうね千代ちゃん。気持ちよかったよ」
この言葉と共に振り向いてブラシを受け取った七は、自らの体の前面をさっさと洗っていく。
ただ、乳房と股の辺りだけは柔らかい布に洗剤を染み込ませ、そこは手洗いで丁寧に洗う。
そうした後で少々はしたないがに股になり、陰部にシャワーの水流を当てて濯ぐ七を見ながら千代は考える。
ああ七さんでもこういう格好になるんだなぁ、と。
七と一緒に風呂に入れた事を喜んでいた千代だが、こういう赤裸々な姿を迷わず見せられたかというと、少し疑問符が残る。
そう考えると、意識されていないのか、それともそういうあまり人に見せられない姿も見せてくれていると考えるのかで千代は迷う。
だがそんな彼女の逡巡を無視して、七はシャワーを千代の顔に向けてグレーの毛並みをしんなりとさせる。
「ほら千代ちゃん。貴女の番だよ」
ぽたりぽたりと尻尾の先から雫を落とし、完全にぺたりと身体に張り付いてボディーラインをあらわした七に言われて千代ははっとする。
毛皮に嵩増しされていない体は普段を考えればまるでげっそりとやせ細っているようで、庇護欲を誘う。
だがそれは置いておいて、七に洗ってもらうために今度は自分が風呂椅子に座る。
「それじゃあ、ちょっとづつ強くしていくから、調度良くなったら言ってね」
「はい。お願いします」
七には大きく、千代には小さい風呂椅子の上で身体を縮こまらせて七が洗いやすいようにする。
それでようやく七に調度良い高さになる。
「それじゃあ眼、瞑ってね」
「はい、瞑りました七さん」
灰色の毛並みをお湯が押しつぶしながら流れていく、そこを七の操るブラシが髪と毛皮の間に潜り込み地肌を掻く。
お湯の温かさが染み渡る中で、七のブラシ遣いの柔らかさが千代にはもどかしい。
「七さん、もっと強くお願いします」
「うん。これでどう?」
僅かに強くなる圧力、しかしそれでも千代には足りない。
「あの、多分七さんの力だとフライパン振るとき以上の力を入れてくれると丁度いいかも……」
「そう?じゃあ行くよ」
わしわし程度だったブラシの音が、がしゅがしゅという力強い音に変化する。
それに連れて変わるブラシの感触に、千代の尻尾も揺れる。
「丁度良いですよ七さ~ん」
「そう?千代ちゃんは毛並み固いから結構力いれないといけないんだね」
「七さん的にはかなり力入れてます?」
「うん。ちょっとシャワー自分で持ってもらって良いかな。ちょっと片腕だと洗い終わる頃にはへとへとになっちゃいそう」
「はーい。貸してください七さん」
「はい、ありがと。じゃあいくよ」
言葉と共に千代が感じる摩擦が増える。
その感触は千代にとって好ましく自然と尻尾を振る。
激しくなる尻尾の動きと反対に、彼女の頭の中は見る間に鈍化していく。
幸せな感触と状況に、嬉しい、という感情一色に染まっていく認識。
ソレに浸ってって居るといつの間にかブラシの感覚が消え、千代の尻尾が小さな手に抑えられる。
何、と考えて千代はすぐに答えに行き当たる。
「尻尾、お湯飛ばしてくるから止めさせてもらうね」
その直後、お湯でぬるくなった尻の近くで何かを吸われる感覚が千代は、七の手の中にある尻尾を固くする。
嗅がれている!そう感じた千代は、何故さっきこんな所を嗅がれた七が緊張しなかったのか理解できなかった。
あの時嗅いだ臭いからは確かに七はリラックスしているという情報を嗅ぎ取ったのだ。
今、嗅がれている千代自身の感情も七に伝わっているはずだ、そう思うと千代は落ち着かなきゃと慌てかけたのだが。
「千代ちゃん緊張してるね。やっぱり最近じゃよっぽど親しい人とじゃないとしないことだからかな、恋人とか」
恋人という一言に千代の尻尾が七の手の中で暴れだす。
「ちょっとちょっと千代ちゃん。どーどー」
そんな事を七が言っても止められない。
それほど千代は嬉しいのだ。
だから思わずシャワーのノズルを放り出して振り返り、千代は七に抱き上げる。
「七さん!七さん!大好き!」
「あうぅん……きついよ千代ちゃん。力入れすぎ」
べしゃべしゃに塗れた頬の毛皮を擦り合わせ、千代は喜びをあらわにする。
そんな千代を、ぽんぽんと背中を叩きながら七は止めようと試みた。
「千代ちゃーん。早く洗って湯船に入らないと風邪引くよー」
しかし七のそんな行動も千代には功を成さず、彼女は大きな体で七を包み続ける。
それでも千代を止める為か、七が低い声を出す。
「千代ちゃん。怒るよ」
「あっ……ご、ごめんなさい七さん……」
胸の谷間から聞こえた七の声に静かな怒りを感じた千代は、思わず小さな身体を放す。
そして床に七を降ろすと、その顔が怒りに染まっていないか、恐る恐る確認する。
すると、七の顔には怒りは無く、むしろ少し口の端を持ち上げて笑顔を作っているのが千代にも見えた。
「良い子だね。それじゃちゃんと洗ってあげるから後ろ向いて千代ちゃん。貴女が洗い終わったら一緒に湯船に入るから」
「あの……七さん今ちょっと怒ってましたよね?」
「ん?ああ。だって千代ちゃんほっといたら風邪引きそうな事するんだもの。抱っことかしたいなら湯船の中でね」
「く、くぅぅ~~ん……」
20を越えているのにも関わらず、子供にするような心配をされたと解った千代が尻尾を丸める。
七に愛情を示す時には感じなかった恥ずかしさを覚えて、彼女に背を向ける千代に、シャワーのノズルを拾って七がお湯を掛け始める。
そして先ほどは片手では疲れると言っていたのに、力を篭めて千代の身体を洗い始める。
「あ、七さん。シャワー持ちますよ」
「大丈夫。あと少しだから千代ちゃんは気にしないで」
尻尾の下から引き締まった、しかし大きい尻の下。
お湯があたり嵩が減るはずなのに七より数周り太い太もも。
そして張り詰めたふくらはぎをごしごしと七が洗っていく。
一通り洗い終わった後、七は千代に言った。
「物足りない所無い?ないならブラシ渡すよ」
「あ、はい。無いですよ七さん」
ブラシを受け取る為に振り替えた千代。
彼女の視界に再び機嫌の良さそうな七がとびこんでくる。
「そう。じゃあこれ。ふふ、こういうのも悪くないね。お湯に先に入ってるからね」
そうして湯船に入って毛皮をぶわりと膨らませた七は気持ち良さそうに眼を瞑り頭を振ると言った。
「私が茹で上がっちゃう前に入ってね、千代ちゃん」
「わぅぅ!」
嬉しさのあまりもう言葉にならない千代は、とにかく素早く身体を洗い終わる。
すると千代が入ろうとしているのを見て取った七が身体を浴槽の端に寄せると、思い切り、ではなく、ゆっくりと入浴した。
「はふー。気持ちいいですねぇ七さん。私の上に乗ります?」
「お願いしてもいいかな?」
「もちろんですよ。ささ、どうぞ私の太ももの上に」
「はいお邪魔します……んー、この枕気持ちいいなぁ」
「えへへ、もっと体重掛けていいですよ七さん。七さん軽いから」
「そう?じゃあお言葉に甘えて……」
ゆらゆらとお湯の中で毛皮がたゆとう中で、思い切り千代の胸に背中を寄りかからせて七はリラックスする。
お湯の浮力でますます軽くなっても、確かに感じる重みに千代は、仮にとはいえ恋人になった喜びをかみ締める。
だから、そっと腕を七の身体に回して、さらに毛皮同士を絡みつかせるようにひきつける。
「七さん」
「なあに?」
「恋人同士って、良くないですか?」
「今の所はね。千代ちゃんのおっぱいよりかかると気持ちいいし。歳の割りに初心なところも可愛かったよ」
「そ、それってさっきのお尻の……」
「うん。私くらいの歳になると、ああいう羞恥心ってほとんどなくなっちゃって。お尻の臭い、嗅がれてもそれがなにみたいな、あはは」
けらけらと笑う七の様子に、千代はなんだか普段のこの人からは考えられないくらいテンション高いなぁ、と思いながら答える。
「いや、歳のせいっていうかそれは七さんが特殊なんじゃないでしょうか」
「そっかな。まぁ私の事はいいんだよね。それよりも……なんていうかなぁ、千代ちゃんの若い臭いを嗅いだら若さもらったー、みたいな感じ」
「どういうことですか?」
「若い人に触発される大人気ない大人みたいな感じ。ちょっと親父臭いけど、若い子と付き合って回春みたいな」
顔と耳を千代の方へ向けていう七の言葉に、さすがの千代も苦笑いになる。
たしかにこういう所はおばさんかもしれないなぁ、なんて思いながらお湯で濡れそぼった七の耳の中へ鼻先を入れて臭いを嗅いで言う。
「七さん、耳も洗いっこします?」
「んー。耳は繊細だからー。自分でやったほうがいいんじゃない?」
「そうですか……まぁ耳掃除って濡れタオルで擦るだけですけど」
「猿型の人達みたいに綿棒いれてーとか行かないもんね」
そんな、どうでもいい会話をしている最中に千代は気づく。
「あっ」
「どしたの?千代ちゃん」
「あの。私七さんの笑顔を見たの、初めて出会ってこの家に来ないって言ってくれた時と、今さっきのお尻嗅がれても恥ずかしくない話で、二度目かも」
「え?私そんなに笑わない?」
「笑いませんよー。私の中でずっと七さんはクールキャラですから」
「そっか。んー、久しぶりに人とお風呂入るからちょっと緩んでるかもね」
「お風呂からあがってもずっと緩んでていいですよ」
「……そうだねー。恋人同士だもんね」
「仮、ですけどね」
すこし、寂しそうに仮という言葉を使う千代に、七が身体に回された腕を摩りながら言う。
「ま、焦らない焦らない。まだ一日目だからね千代ちゃん。それに、前向きに考えれば本命になる可能性もあるんだよ?」
「……またまた、七さん的にはどうなんですか?一日恋人やってみた感想は」
少し眉間に皺を寄せながら聞いた千代に、七は完全に身を委ねた。
そして後頭部に乳房の柔らかさと水の中でゆれる毛の感触を感じつつ言った。
「思ったよりはいいかなぁ。千代ちゃんは?」
「私は……ちょっと辛い所もあったけど、今は最高です」
「千代ちゃんはすぐ最高になっちゃうからなー。今日だけでどれくらいうきうきした?」
「それは、でも午前中は本当に辛かったんですから」
「う、ごめんね。はぁ、恋人っていいけど難しいね」
ため息をつく七に、千代も合わせて胸の中のものを吐き出す。
「……ですね。私も、恋人に成ったら無条件で幸せになれるなんて思ってました」
「まぁもし恋人に成るっていうのがそういうことなら、私とっくに売約済みになってると思うけど」
「えー、それは酷いですよ。恋人の前で言うことじゃないです」
「そだね。ごめん」
しばらくクリーム色の室内に沈黙が降りた後、千代は言った。
「七さん。キス、しちゃダメですか?」
千代の真剣な声色を聞きながら、七はぱしゃりと湯船のお湯で顔を洗った。
それからゆっくりと声を送り出す。
「キスかぁ。どうしよっかな」
「ダメ、ですか?」
聞きながら七の首筋に、お湯で身体にまとわりついている毛をまさぐるよう鼻先を入れながら千代は問う。
そんな千代の鼻先の感触を受けながら、七は言った。
「そうだねー。これ以上持っててもしかたないし。千代ちゃんならあげてもいいかな」
「何をですか」
「私のファーストキス」
ざぶりと、身をよじり千代の太ももの両脇に膝をつき、七は千代と見詰め合う。
そして、千代の頬を両手で抑えると眼を瞑りながら言った。
「おばさんのファーストキスなんて気持ち悪いだろうけど、あげるよ千代ちゃん」
「七さん……あ」
ゆっくりと、ぎこちなく触れ合った濡れた鼻先、そしてお湯で濡れてもへばりつくほどの長さが無い顎の先の口先で口付ける。
互いの呼気を、お互いが感じる距離へと近づく。
しかしその感触は弱く、千代を満足させるものではない。
だから、千代の方からも七を求めて口づけを強める。
突き合う口頭を擦れ違わせ、千代は七の顎の側面の口と、自らのそれを擦り合わせる。
互いの短毛がそれぞれの地肌を刺激する。
そして顎を互い違いに触れ合わせた上体で頬に鼻先を埋め、相手の毛皮の臭いを嗅ぐ。
お湯に流され限りなく水の臭いに近いそれを嗅ぎながら、千代は手を七のお尻に伸ばす。
だが、それは七の手で止められた。
「ストップ千代ちゃん。それ以上はまだダメ」
顎を合わせたままで紡がれた言葉に、千代の手の動きが止まる。
「ふう。ちょっと長くお湯に浸かりすぎちゃったかな。そろそろ出よっかな」
そういって七は浴槽から上がる。
千代はその後姿に手を伸ばしそうになって思いとどまる。
無理やりな行為はしない、それが約束だから手を引いた。
もっと触れたいという気持ちを抑えて。
そんな千代の気持ちを知ってか知らずか。
七は再びシャワーのお湯を出して耳の中に水が入らないように気をつけて全身を濯いだ。
その後、全身を揺らし水分を飛ばしてから、浴室を出て行った。
すりガラス越しにぼんやりと映るタオルで全身をまさぐる七の姿を見ながら、千代は自身の中の七を求める気持ちの肥大化と戦っていた。
触れなければ、知らなければ我慢できたであろう気持ちが膨れ上がって、今にも体からあふれ出してしまいそうな感覚を味わう。
千代が七の後に続いて風呂から上がったのは、それから五分後の事だった。