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こーぎー&はすきー  作者: belgdol
おまけ
19/21

たくましハート

 そろそろ夏も去るかという時期に、昼の休憩へ入った喫茶アーモンドに、クローズの札が掛けてあるにも関わらずノックをする人物が現れた。

 千代が七の判断を仰ぐように七を見ると、七は静かに言った。


「ああ、私の友達だと思うわ。この時間に来るって言ってたの。扉を開けて千代ちゃん」


 指示されたとおりに扉を開けると、店内にぬっと首と口吻の長い女性が入ってきた。

その体毛は栗毛、さらりとうなじにたてがみを流したどっしりとした少し短足気味な体格。

160cmほどの身体を包むのは青のノースリーブのシャツと、緑のジャージズボン。

彼女は気安い様子で七に手を上げ挨拶する。


「やっほー七。久々だね。ってもメールは結構してたけどさ。この子が千代ちゃん?」

「そうだよ。挨拶してあげて千代ちゃん」

「あ、はい!蓮紀伊 千代です!よろしくお願いします!」

「どもども、私は晩英ばんえい 道山どうさん。男みたいながたいと名前だけど、女ね」

「いえ、声で解りますよ可愛らしい声ですね晩英さん」

「ありがとね千代ちゃん。声だけは可愛いってよく言われんだぁ。にしても七がねー。こんな若い子捕まえるなんて思ってもなかったわ」

「まあ話は席に付いてから。カウンターの好きな席に就いて道山」

「はいはい、それじゃ久々に友人の顔をじっくり拝む為にその前にでも座らせてもらいますか」


 初対面の千代にもフレンドリーに応じながら、晩英は七の前の席を引いて座る。

そこは昼休みの時間、いつも千代が座る場所だったが、久しぶりの友人の来訪に水を注すつもりは千代にはない。


「で、どうやってこんな子捕まえたの?」

「どうって、メールで千代ちゃんが住み込みで働いてたのは知ってるよね」

「うんうん。結構良い待遇で扱ってるみたいだね」

「……いい扱いなのかな?お給料そんな高くないし、休みも多くないし。どっちかっていうとブラックじゃない?」

「住み込みとはいえ、住居費食費電気代ロハで手取り18万っしょ。都内だと家賃も平均で3、4万いくし、これかなり割りが良い仕事だと思うよ」

「でも、うちは基本的に昇給が無いし、保険関係も手取りの中から自分で出してもらってるから。実際はもう少し手元に残るお金減ると思うな」

「ボーナス無しでも、この時代この条件で働けるなら就きたいって人いくらでも居るんじゃない。てか七はどうやって稼いでんの?メニュー見ると特別高いわけじゃないし」

「立地が良いし、土地が自分のっていうのが大きいいかな、大体毎日のお客さんの数って決まってるのね。で、うちの場合はそういう細かいロスを無くして、真面目に商売させてもらってるから何とか黒字を出させてもらってるの」


 よほど親しい友人のようで、七は仕事の内情も気軽に答える。

そして、会話の合間に冷蔵庫からレタスや人参などの野菜を取り出して、綺麗に洗ってから、千切ったりスティック状に切って、カットの入った透明なサラダボウルに盛り付ける。


「土地かー。建物も七の名義だし、そこらへんの経費が掛からないのは大きいねぇ」

「こういう環境を作る元金を出してくれた両親には心底感謝してるわ」

「ま、あの人達の機嫌が良かったって事でいんじゃない。それに開業資金出してもらったって言っても、全額ってわけじゃないんだし」

「そうかもね。でも、お金を出してもらえなかったらこんな良い条件で喫茶店はできなかったわ」

「そっ、で、お金返し終わったの?」

「まだまだね。この調子が続くとして、後10何年って所」

「気の長い話だこと」

「お店だけじゃなくて、近くに家と土地まで買ってくれたから、お父さん達」

「ああ、確かに都内でそんなことしてもらったら返済までそのくらいかかるわ。むしろ生きてる間に返せる当てあるの?」

「無利子でいいって言ってくれたから……事故か病気で突然死しない限り大丈夫よ」

「そっか。そんならいいんだ」


 どさりと野菜を盛ったサラダボウルを、よっこらしょと七が晩英の前に置くと、好きなように食べてね、と七は言い添えた。

 七の言葉に晩英は頂きますと手を合わせると、もしゃりもしゃりと意外と小さな口で野菜を食べ始めた。

 その合間にも晩英は話を続ける。


「で、千代ちゃんは当たりだったね、七」


 晩英の発したその言葉に、ずっと黙って二人の話を聞いていた千代はピクリと尻尾を動かす。


「そうね。私の事を助けてくれる、とっても素敵な恋人よ」


 答えた七の言葉には、千代は尻尾をばたばたと振り始めた。


「熱いねぇ。学生時代に恋愛なんて知らないって顔ばっかりだったのにさ。変われば変わるもんだよ」


 しゃくしゃくと人参スティックを咀嚼しながら言う晩英に、七はてらいの無い声で答える。


「千代ちゃんが変えてくれたのよ。恋がこんな素敵なものなら、もっと早くしておくべきだったわ」

「ははっ、そんな余裕無かったくせに何言ってんだい。学生と修行時代はなんか恋愛に関わる暇無いて感じで必死だったし。そんな七が恋なんかできるわけないじゃん」

「あ、酷いな。千代ちゃんみたいな人がもっと早く現れてたら、案外私喫茶店なんか営業しないでお嫁さんになってたかも知れないわ」

「……言うねぇ。本当に好きなんだ、千代ちゃんのこと」

「多分、千代ちゃんが居なくなったらお店閉めちゃうかな」

「そりゃ、重症だ。あの氷の七がそんな事いうなんて、時の流れってほんと不思議」

「私自身でも不思議だからね」

「ああ、メールでも言ってたね。でも実際話してもっと強く感じたよ」


 静かに、しかしどこか穏やかな雰囲気で話し合う二人の脇で、千代はひたすらうっとりしていた。

七は比較的ストレートに好意を表してくる方だが、こんなに熱烈に人に語る事は多くない。

彼女が千代に愛を囁くのは大体二人きりの時で、場所も家の、千代の寝室の中でというのが定番だ。

それが友人とは言え、人にのろけてくれている。

これはとても嬉しい事で、千代はついつい舌をだらりと垂れさせてしまう。


 七は千代の状態は好きにさせておくことにしたようで、そっと千代の前に4段重ねのパンケーキにシロップの容器を添えておく。

 そして一旦晩英との会話を打ち切って、千代に言う。


「千代ちゃん。お昼できたから食べてね。うっとりしっぱなしで食べ損ねちゃダメだよ」

「……ふすふす……」


 その声が千代に届いているのか居ないのか、まだ時間はあるし、そのままにして七は晩英との会話に戻る。


「そういえば、千代ちゃんちのご両親に挨拶に行くのはお断りされちゃったんだっけ?」

「うん。まだ千代ちゃんとしては早かったみたい」

「まぁお互い初めて同士じゃねー。でもまぁ、来年になれば状況も変わるんじゃない?」

「そうかな」

「そうだよ、あんたら見たいなカップルが人にカップルなのを見せ付けずにいられますかって」

「別に見せ付けるつもりは……」

「その気が無くてってのが一番性質悪いよ。あーあ、私も彼氏ほしいなぁ」


 晩英の嘆きの声に、自分の分のパンケーキを焼く動きをピタリと動きを止めて、七は聞いた。


「道山、メールで言ってた外国の彼は?」

「あー、仕事終わって帰国するからさー、着いてくる?って聞いたんだけどさ」

「……ダメだったんだ」

「うん。今の仕事辞めてまで日本には来てくれない、その程度の仲だったことよ」

「ごめん。悪い事聞いたね」

「いいのいいの。メールで別れたの、昨日の夜現地の空港でだし。メールで言う暇もなかった」

「道山はほんと思いっきりがいいね」

「思い切りがいいって言うのかね。私は単純に何よりも私を選んでくれる人が欲しいだけなんだけど」

「そこを妥協せずにすっぱり切っちゃうのは、やっぱり思い切りいいよ」

「そう?あはは!」


 話しながら、止まっていた手を動かした七だったが、少し焦がしてしまった。

普段ならしないミスだ。

それだけ、彼女なりに友人の別れ話というのはショックだったのだろう。


 しかし、失敗したのはそれ1枚。

それ以降は普通に会話を続けた。


「そういえば、雪からメールの変身あったかな、道山の方に返信あるなら大丈夫だと思うんだけど」

「ん?雪かー。あの子忙しいし、仕事以外でメールチェックするのメンドクサイとかいってるし。読んでないんじゃない。こっちにも返信ないよ」

「そっか。今度電話掛けてみようかな。どうも雪っていつ連絡取れなくなるかわからない不安があるよね」

「だねー。健康診断がちょっと良くない感じだったっていうし、心配だぁね」

「今夜にでも電話してみる。携帯なら残業中でも大丈夫だよね」

「さすがにそれはチェックするっしょ。まーそれしたら後は連絡待ちだね」


 こうして、お互いの恋愛の話から、他の友人達の話に話題を移しながら食事を進めると、そろそろ休憩時間も終わりに近づいてきた。

 七が時計でそれを確認すると、晩英に言った。


「そろそろ休憩時間終わらせてお店開けないといけないけど、どうする?」


 七の問いに、晩英は迷うことなく答えを返す。


「ああ、休みの内に会いたいの結構居るし。予定詰まってるんだ。ごめんね七。本当なら夕食まで一緒してゆっくり語り合いたいけどさ」

「そう?じゃあ、またね」

「ん。じゃあねー。そうそう。千代ちゃんとは仲良くね、七」

「うん。仲良くするよ。ずっとね」

「はいはい。元気でいてね、ばいばい、また」

「またね、道山」


 今度は自分で扉を開いて出て行く晩英を見送り。


「千代ちゃん。お店開ける準備よろしくね」

「解りました。しかし話しこんでましたね、七さん」

「顔を会わせるのは久しぶりだからね」

「ふふ、七さんが楽しそうで私も嬉しいです」

「千代ちゃんは素直で可愛いね」

「な、何です突然!」

「事実を言っただけだよ。さ、お店を開けよう」

「うぅん?とりあえず看板下げてきますね」

「お願いね」


 こうして、夏の終わりに訪れた友人は去っていった。

彼女が七と千代の間に残していったものは、予想以上に重たい七からの千代への愛情。

ただ、肝心のその愛を受け取る千代のハートが強靭なので丸っと背負ってしまう。

そんな事を無自覚にしている事に気づかない二人だった。

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