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こーぎー&はすきー  作者: belgdol
おまけ
18/21

熱い夏でも、二人の愛はカイロの温もり

 夏も後数週間経てばもう過ぎようかという、ある水曜日。

七と千代は車で30分ほどの所にある都営プールにやってきていた。

気温はいまだ高く、毛皮を持つ彼、彼女達は涼を求めて集まるのである。


「ふふ、なんだか不思議だね。家は冷房オフだけど、お店は冷房入れてるから、わざわざ涼しい所から暑い場所に涼しさ求めてプールにくるなんて」

「あはは、そうですね。でもプールの楽しみは水だけじゃないですから、ね」

「……うん」


 しっかりと握り合った手で、千代が先導するように都営プールの入場口でお金を払い、中に入る。

1日1人600円と、少し高めの入場料。

しかしこれは様々な族の人間が持っている毛皮からの抜け毛の掃除代なども捻出する為の金額も含まれている。

 なので、1日利用できる事を考えれば良心的かもしれない。


 それはさておき、着替えの時間である。

女同士、それも自宅で裸体を散々見せ合った仲とは言え、公共の場で着替える時は気を遣う。

七にとっては懐かしい着替え用のタオルで体を隠しながら、例の過激な水着を身に付ける。


 先日、七に千代が胸の先端だけを隠してお尻も殆ど見えるような水着を買った後の事。

七は至って普通な黒のビキニ水着を千代に買ってあげている。

彼女の、千代ちゃんにはシンプルな水着が似合うよね、という言葉で千代は大いに浮かれた。

試着室から飛び出してきて七の頬の毛並みをぺろぺろと舐めて整えようとする程度には浮かれた。


 そんなわけで、千代はデニムのパンツと都市の夜景をプリントしたシャツを脱いで素早くビキニに着替えた。

 七ももぞもぞと首から下を隠すタオルの中で例の過激な水着に着替えた。

そしてタオルをつけたまま千代の腹筋と毛並みをひっぱりながら七は言った。


「あのね千代ちゃん。傍に居てね。この格好で一人は、ね?」

「はい。それじゃあ、行きましょう七さん」

「……うん」


 しっかりと伸ばした手に腕を添えられた七が、貴重品を10円返却型のロッカーに貴重品を納める。

そうして今まで身につけていたタオルもそこに仕舞いこんで、その体を露にする。

交差した水着のブラ部分の紐の隙間から飛び出した毛並みは、紐の食い込みで渓谷を作り、その1房1房は鼻先を入れて嗅げば存分に七の臭いを感じられそうだ。

 そんな山がいくつも作られている。


 歩きながら、するりと再び手を繋ぐ二人。

ゆっくりと二人は他の女性達も着替える中をプールへの出口に向かって歩いていった。


 更衣室を出るとそこは眩い陽光の元、様々な水着を着た老若男女が思い思いに過ごす、行楽の場だった。

 自分が痴女扱いされたら、そしてそんな自分を連れている千代がおかしな目で見られたら。

そんな事を思った七の、千代の手を握る力が増す。


 だが、そんな七の不安を他所に案外七の格好を見ても好奇の視線を向けてきたりする客はいなかった。

 むしろ、普通の水着を着ている筈の千代の方に視線が集まっているようで、七は困惑する。

だが、はっと気づく。

もしかして身長のせいで殆ど視界に入っていないのではないかという可能性に。


 そうなると大柄でスタイルも良い千代の方に視線が集まるのは当然、そう思って七は握った手の力を緩めようとする。

だが、今度は逆に千代の方から握る手に力を入れられて、彼女を見上げる。

すると千代はふるふると尻尾を震わせながら、七に尋ねた。


「な、七さん。なんだか私見られてます。私、何か変ですか?」


 居心地悪そうに言う千代に、先ほどまでの自分の不安など脇において置いて、七は言うべき事を言った。


「千代ちゃんの体が綺麗だから皆見惚れてるんだよ。良かったね千代ちゃん。人気者だよ」

「く、くぅぅぅ~~ん!」


 一声鳴き声を上げると、七に覆いかぶさるように抱きついた千代の背中を、七はぽんぽんと叩く。

子供をあやす母親のように、優しい声色も使って千代を勇気付ける。


「大丈夫。皆千代ちゃんが素敵だから見ちゃうだけだから。ほら、プールの中に行こう。そうすれば視線も和らぐよ」

「うう、はいー。行きましょう七さん」


 七からの激励で元気を取り戻した千代は、再び手を繋ぎなおしてプールサイドへと向かう。

そして、プールに入る直前になってから千代に聞いた。


「そういえば、プールの深さって何種類かあるんですよね。これってどのタイプでしょう」

「あれ、解ってて来たんじゃないの千代ちゃん」

「いえ、なんとなくで来たんですけど」

「大丈夫。ここは飛び込み台なんて無いから。どのプールでも千代ちゃんなら足が着くはずだよ」

「そ、そうですか?なら安心ですね!」


 元気だけは良い声を出しながら、それでもプールの中に入ろうとはしない千代に、大丈夫だと示す為に七は水の中に入った。

 プールサイドからするりとプールに入り込んだ七は、立ち泳ぎで毛並みをたゆたわせながら千代を誘う。


「ほら、千代ちゃん。大丈夫だよ。はいっておいで」

「あうぅ、大丈夫ですね?ほんとですね?」

「うん。ほら、こっちにはしごあるから掴まりながら入ればいいよ」

「は、はい」


 千代は少し震えながら、恐る恐るといった様子で尻尾を固まらせながらプールの中へと入ってきた。

七は無理にそれ以上急かそうとしない。

ゆっくり立ち泳ぎで手と足をゆるゆると動かしながら、千代が入水するすぐ傍に浮かぶ。

そして、千代が完全に水に入って……そのプールは彼女の胸の下部が少し水に浸かる程度の深さだったのだが……千代は七にしがみついた。


「ううう、七さん。足ついてますよ。足」

「うんうん。だから言ったでしょ。ここなら大丈夫って」

「ここがダメだったら本当に七さんの水着見に来ただけになっちゃう所でしたね」

「そう?私も千代ちゃんの水着姿見てるんだけど」

「え、そ、そうですか?どうですか。似合います?」

「似合うよ。私が見立ててあげたんだから、似合うよ以外の言葉がでるわけないでしょ」

「そうなんですけど、なんていうか……やっぱり面と向かって言って貰えるのは、特別かなって」


 照れる千代に、七はふわりと微笑むと揺れる水面でしっとりと湿り気を帯びた千代の胸元の、腕の外側などに比べて薄い毛並みの臭いを嗅ぐ。

 ほんのりと香る塩素の臭いと、千代の香り。

恐らく、これから先も夏には嗅ぐことになるだろう香りを、しっかりと頭に焼き付ける。


 七がそんな風に千代の胸元の香りを嗅いでいると、千代がもぞもぞと動き出す。

どうやら彼女の尻尾は水を掻きまわす様に動いているようだ。


「あの、七さん。私も七さんの匂い嗅ぎたいです」


 囁かれる言葉に、七は顔を上げて千代に言った。


「じゃあ、一旦放してね」

「え?はい、解りました」


 千代が抱えるのをやめると、するりと七は水中に潜って一回転して再び水上に戻ってきた。

ぐっしょりとプールの水を吸って、べたりと張り付く水を手で絞りながら、流れる水が入らないように目を瞑った七が言う。


「はい千代ちゃん。プールでの私の臭いはこんなだよ。憶えてね」


 千代は臭いを覚えて……つまりは、私を記憶に留めて下さいという告白を受けて、七を抱え上げる。

その軽さは、水中に居る事も相まってか、かなりの物で軽々と千代は七を抱き上げられてしまった。

抱きしめると水を吸った毛並みからあふれ出すように水が流れる。

 この流れを感じながら、千代は鼻先の前にある千代の頭部の臭いを嗅ぐ。


 千代はその臭いを、はっきりと優れた嗅覚を司る部分で記憶した。

まあいくら記憶しても、完全に水中に潜られたり、流水の中を行かれれば臭いは流れて散ってしまうが。

それでも濡れただけの状態で地上を歩いた七の跡なら追跡できる。

そう確信できる程度には臭いを記憶した。


「憶えましたよ七さん」

「うん。私も千代ちゃんの臭い、憶えてるからね」


 そんな、イチャイチャとした二人に影響されたのか、同じプール内のあちこちで、嗅覚を誇る種族の人々が連れ合いの臭いを嗅ぎ始める。


 この行為はちょっとしたじゃれあい。

子供同士でも行うスキンシップの一種として認知されている。

その証拠に、恋人同士だけではなく、親子でもお互いの臭いを確認して親交を深めている。

特に、その中でも普段あまり嗅ぐ機会のない父親の臭いが子供には人気らしく、さかんに毛並みの中を鼻先でまさぐられている。


 行為がエスカレートして、臀部にある臭腺を嗅ごうとする子供も居るが、そういう子は苦笑と共に引き剥がされていた。

 恐らく、そういう事は将来恋人が出来た時にその相手としなさいとでも言われるのだろう。


「それじゃあ、千代ちゃんはプールの縁に掴まりながらでいいから、ちょっと水を楽しもうか」

「はいっ、あのっ」

「何?」

「手、繋いでもらってもいいですか七さん」

「ん、いいよ。両足だけでも立ち泳ぎは出来るからね」


 ゆらゆらと、水に浮かぶ枝のよう、しかししっかりと地面に繋がった千代に留められて揺れる七は水に濡れた毛皮越しに感じる太陽の温もりに目を閉じた。

 目を瞑っても危ないようなら、繋いだ手の先の千代がきちんと引きとめてくれるだろう。

布団の中でもないのにこんなに安心して目をつぶれるのは恋人が、千代が居るから。

もしかすると、恋人で無くとも千代はこうすても信じるに値する女性だったかもしれない。

だが、今は恋人。

その事をかみ締めながら、ゆっくりとゆっくりと、七は疲れで足の動きが鈍るまでプールの中に居続けた。


「ああ、良い天気だね千代ちゃん」

「ええ、本当に。来て良かったですね、プール」

「そうだね。ねぇ千代ちゃん、そろそろ上がってもいいかな?足がちょっと……」

「あ、疲れました?だったら私が抱えますよ」

「いいの?」

「はい。水の中で更に軽くなった七さんなら、腕一本でも支えられそうです」

「そう?それじゃあ……甘えちゃおうかな」


 すっと引き寄せられるままに、千代に身を寄せる七。

彼女は恋人に抱かれて、甘えるようにその身を委ねる。

時期は夏。

燃えるように熱い季節。

だが、七と千代はほんのりと暖かい、冬毛のような暖かさの愛も与え合っていたのだった。

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