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こーぎー&はすきー  作者: belgdol
おまけ
17/21

危ない水着

 世間は夏休みで、喫茶アーモンドのそこかしこで、休みに遠出する計画をする少年少女達の声が聞こえる。

そんな話を何日も小耳に挟み続けた結果とでも言うのだろうか、ある暑い夜、本当に噛まずに飲み込める長さのそうめんを啜り、てんぷらを食べ終わった後にて。


「千代ちゃん。夏のお休み取りたくない?」

「え、お休みですか。お休みなら毎週水曜日に……」

「そういうお休みじゃなくて、私の実家に帰ったときみたいなまとまったお休み」

「欲しいです」


 七に問われて、思わずという感じで千代が口を開く。

しかしすぐに我に返って口を閉じ、打ち消すように両手を顔の前で振る。


「いやいや、今の無しです。冗談です。聞かなかったことにしてください」

「いいよ千代ちゃん。行きたいところあるなら一緒に行こうよ」

「えっと、その、まだ早いかなーって思っただけで嫌なわけじゃないんです」

「早い?」

「その、実家で七さんを紹介しちゃうのは、ちょっと早いかなって」


 照れているのか、両目から頬にかけてを手で覆い隠す千代に、七は優しい声で言う。

なるべく照れが混じらないように、率直に言う。


「千代ちゃんの実家って天下だっけ。ご両親に挨拶するなら早くてもいいなんじゃないかな。私の両親とは、あんな風になっちゃったけど」

「あのっ、私の家の親ならきっと七さんの事変に構いすぎたりしないと思うので、そういう点では大丈夫です!」

「じゃあ千代ちゃんさえ良ければ行こうよ、挨拶」

「あ、やっぱりそういうのはも少し長くお付き合いしてから、七さんとの思い出とか、話してあげたいんです」

「そう?じゃあまとまった休みは取らなくても大丈夫かな」


 顎に人差し指を立てて考える七に、千代はぽんと手を打って言った。

その瞳は良い事を思いついたという輝きで満ちている。


「そうだ七さん!初めての定休日の時はプールに行きません?」

「え?でもあの時千代ちゃん泳げないって……」

「泳げません!でも今夏なんです!七さんの水着姿、見たいんです!」


 力強く語る千代に、七は、あっ千代ちゃんスイッチ入ったな、と思った。

そしてその瞳に篭る期待に応えて見せるのも恋人の甲斐性、そう考えて返事をする。


「じゃあ、来週の定休日は二人で水着見にいこっか」

「はい!七さんの水着、選んじゃってもいいですか?」

「いいよー。千代ちゃん好みの女になります。なんてね」

「わーい!やったー!七さん大好き!」

「はいはい、大声出さないの千代ちゃん。ご近所に聞こえるよ」

「あう、すいません……」

「はい、反省したね。それじゃ夕飯の片づけしたらお風呂入ろうね」

「はいっ」


 ぱたぱたと尻尾を振る音を聞きながら、七は千代が選ぶ水着がどんな物になるか。

可愛いの好きみたいだからそういう系統かな、などという想定をしながら水仕事に向かうのだった。




 そして明けて次の水曜日、七と千代は美慰栖都の都会的な部分に当たる、兎蘭に向かった。

兎蘭には数多くのブティックが集まり、ここならどの族でも着られる服が見付かる、と言われる場所なのだ。

 千代はそこで七用の水着を選ぼうと言うのだろう。


 その肝心の千代は前日になにやら張り切って七の部屋で検索していたのだが、その様子が妙だった。

いつもなら膝の上に七を載せて、喜々としながらこれはどう思う、これって七さん的にはどんな感じですか、といった事を聞いてくるのに、その時は絶対見ちゃダメですと言い張った。

 千代は隙あらば七とスキンシップをとる事を楽しみにしているのに、その日はそうではなかった。

不審だ。


 なので、今日の七は少しの覚悟をしていた。

それはどんな珍妙な水着を提示されても動じないと言う覚悟だ。


 内心で七がそんな決心を固めている事などまるで気づかない様子で、千代は少し路地裏に入った所にある。

ビルの一室を借りて営業しているブティックに、印刷した紙で住所を確認しながら入っていく。


 内部は一言で言えば露出の世界だった。

背中や腹を見せる大胆な露出を意図したデザインの服が並び、なおかつそれらのサイズが千代のような大柄な族ではなく。

 七のような小型の原種を祖とする小柄な人々向けのサイズで並べてあった。


「いらっしゃいませ。本日のお客様はそちらのコーギー種のお姉様ですね」


 出迎えたのはヨークシャーテリア族の小柄な女性だった。

その身体を包むのは、薄いレースのようなカーディガンと、小さな胸を包むカップ部分から蜘蛛の巣のように細い紐が何本も伸びた胸部だけを隠すチューブトップ。

 下半身はスリットの入ったミニのタイトスカートで、その両脇は交差するレース紐で留められ腰の毛皮を露にするデザイン。

 彼女の肩辺りから背面に向かって黒い毛が混じる始める部分も腹や腰あたりまで丸見えという、大胆な服だ。


「はい!インターネットでお店のホームページ見てきたんですけど、この人に合うサイズのヴィーナスローズ、ありますか?色は白で!」

「サイズは試着をなさってみてください。ヴィーナスローズはこちらにございますわ」


 服装の色っぽさにそぐわない丸い瞳をにこりと微笑みで閉じてから、千代を案内する店主の女性の後を七も付いていく。

 内心、これは凄いものを着せられそう、と思っても七は沈黙を守った。

普段自分を支えてくれる、実家に帰ったときも自分を支えてくれた可愛い年下の恋人の望みだ。

全裸で公衆の面前で泳いで欲しいというレベルの要求でなければ受け入れる覚悟は完了済みである。


「はい、ヴィーナスローズはこちらでございます」


 そういって店主の女性が差し出したのは、二対のバツ字にクロスさせた紐のような模様がプリントされた白い布切れのトップ。

 アンダーはTバックになったパンツの上から、バラの花びらのようなスリットを幾重にも作るトップと同色のパレオがついている。


「やった!サイズ合いますかね?七さん、早く着てみてください!」


 嬉しそうに顎を開いて舌を出しながら笑う千代に、七は辛うじて口を開いた。


「千代ちゃん。この水着、ちょっとトップの布面積が危ないんじゃないかしら」

「大丈夫です!そこが見えないように試着してサイズを確認するんですから!」


 動揺でつい丁寧な語尾になった七に、テンションマックスの千代が店主から受け取ったヴィーナスローズを差し出す。

 ごくり、と七は生唾を飲み込む。

これは風呂場で裸で向き合うのとは違う気合が求められている。

そう感じさせられる何かがその水着にはあった。


 だが、千代からの珍しい、恋人らしいお願いである。

人には引けない時がある、そう考えて七は静かにそれを受け取った。


「うん。じゃあちょっと試着してくるね」

「はい!行ってらっしゃい七さん!」

「お客様、試着室はこちらですわ」


 促されて入った試着室内で七は手早く服と下着を脱ぐ。

こういった事は迷えば迷うほど恥じらいを増す、そう考えて手早く水着を身に着けていく。

問題の胸は隠れるべき場所は隠れていた。

 人より大きいと言うわけでない、と七が思っているそこをなんとか隠せるという程度だったが。


 そしてTバックのパンツの方だが、こちらは前も後ろも、パレオというにはいささか短い布地だったので、半分お尻が顔を出していた。

 七は恥ずかしい、と確かに思った。

ただそれは単純に布地が少なくて恥ずかしいという若者のような羞恥ではなく。

もうおばさんと呼ばれてもおかしくない歳の自分がこんな過激な格好をするのは、周囲の眼に色気がない方で毒なのではないかという恥ずかしさだった。

 それと、この水着の色は透けるだろうから、ニプレスを着けなければ水には入れないとも思った。


 だがそれでも外では恋人が待っている。

なので、その恥ずかしさを少しでも誤魔化す為に水着の着用で逆毛になった毛並みを撫で付けてから。

七は胸を張って試着室のカーテンを開いた。


「どうかな、千代ちゃん」

「きゃああぁぁぁぁ!七さん!七さん可愛い!エロ可愛いです!素敵素敵ー!」


 七の視界が巨峰に阻まれた。

そして鼻先を埋められ、顎も上から押さえられた状態になった七が喘ぐ。


「ふがっ。くるひいひょひよひゃん」

「えへへ、想像通りですよぉ。七さんにはこの水着がぴったりだと思ってました!」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、やり場の無い七の手はしばらく宙をさ迷った後、ぐっと千代の尻尾を掴んで握りこんだ。


「ひゃうん!」

「千代ちゃん。ステイ」

「は、はい……」


 尻尾を掴まれた千代はびくんと背筋を伸ばして気をつけをした。

それを確認した七は千代から身体を離し、改めて千代に声を掛けた。


「千代ちゃん、私みたいなおばさんでもこの水着、似合う?」


 そう言って七はゆっくりと身体を一回りさせると、千代を見上げた。

七のその行動に落ち着きを取り戻した千代は、ぱっと顔を明るくして頷いた。


「素敵ですよ七さん。その水着を着て一緒にプールに行ってくれますか?」


 膝をつきながら言う千代は、すっと手を差し伸べる。

七はその手を取って、毛並みを合わせて応えた。


「いいよ千代ちゃん。でも他の人におばさんが変な格好してるなーって笑われたら、守ってね」

「はい!勿論!」

「あらあら、お熱いですわね。お買い上げになられますかお客様」

「はい。いくらですか?」

「こちらのお値段は……」


 こうして千代は七にエッチな水着を着せる言質を取った。

ただ、それを着た七がどんな風に周囲から見られたかは、また別の話である。

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