明日のために、マッサージ
「凝らないように早め早めにマッサージ、今日も解しますよ七さん!」
お風呂にも入った、晩酌もした、そして程よく酔いが回っていい気分になった七と千代。
二人は千代の部屋で一日の疲れを労わるマッサージをお互いに施す。
この習慣は二人が恋人になってからしばらくして生まれた習慣だ。
ある日晩酌を切り上げようと言う時に、七が億劫そうに肩をまわしたのを見て。
千代が、マッサージしましょうか?と言い出したのだ。
その日は適当に済ませて終わったのだが、そうそうマッサージなど受けに行く事も出来ないし。
ということで、電動マッサージ器を購入して、お互いに簡単なマッサージを施し合うようになったのだ。
「じゃ、行きますよ七さん」
「うん。お願いね千代ちゃん」
ダボダボのTシャツの襟ぐりからブラ紐を覗かせながら千代の布団の上で寝転ぶ、小さな七の背中に。
千代はぐっと震える電動マッサージ器を当てる。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ」
この時、服越しとは言え電動マッサージ器を強く長く当てないように気をつける。
毛皮と言う擦れ合いやすい衣を纏っている彼女達は、電動マッサージの摩擦で容易く熱を篭らせる。
この世界の電動のマッサージ用具はいかに毛を巻き込まないかに苦心して進化してきたが、毛並み同士が擦れる熱だけはどうしようもなかった。
「はい七さん、このまま背中全体解したら腰に行きますからね」
「う゛ん゛」
身体を震わせられる事で声も震わせる七が返事をすると、千代はつっつっつっと、電動マッサージ器を動かしていった。
その度に七が小さくくぅんという鳴き声を上げるのを聞いて、千代は耳を立て尻尾を揺らしていた。
「ふふふー、七さん気持ち良さそうですね。じゃあそろそろ腰に行きますね」
「はぅ……千代ちゃんにも後でやってあげるからね」
「はい。楽しみにしてます」
嬉しそうに顎を開き舌を出す千代を横目にしながら、七はぽすんと自分の床についた腕の上に頭を乗せる。
そして口を開いたり閉じたりしながら、振動に身を任せる。
「はぁ。こんな事いうとおばさん臭いけど、凝りが解れるね」
「そんな事無いですよ。若くても気持ちよければ声でちゃいますって」
「そっかな。わふぅ……」
「あはは、七さんのそんな顔見れるのこの時間だけですね」
低い振動音を立てるマッサージ器が臀部を辿り太ももからふくらはぎをなぞる頃には尻尾が明確に揺れ始める。
小さな体に対して大きいと言える尻尾はふさふさと揺れ動き、千代の手先に当たる。
その感触に、千代ははふはふと息を上げる。
その脳内をきっと、可愛いよ七さん可愛いよ七さん、という言葉で埋め尽くされているだろう。
こうして足の裏までほぐされた七はしばらくぐったりとした七の身体を、千代はマッサージ器ではなく自らの手で摩る。
さらさらと毛の擦れる音が聞こえるかのような錯覚。
いや、聴覚も強い七と千代はその音を捉えているかもしれない。
そんなすべらかな感触を楽しみながら、千代は七が力を入れられるようになるのを待つ。
「どうでした七さん。今日も気持ちよかったですか?」
「はぁ、はぁ、うん。とっても良かった。ここしばらくは凝りに悩まされる事もなくていいね」
「いやぁ、もっと早く気づいて始めれば良かったですね」
「それは……なんていうかな、恋人同士からこそ気兼ねなくできる事のような気がしない?」
「そうですか?」
「うん。なんだか、家主兼雇用主だから千代ちゃんを労働させてるような気持ちになったかも」
「え!?わ、私はそんな事思いませんよ!」
「ごめんね、私のほうがね……それに……」
「それに?」
「恋人同士じゃなかったら、私のほうからのマッサージ、千代ちゃん遠慮しただろうから」
「あ、もう良いんですね七さん」
ゆっくりと布団から立ち上がった七の姿に、千代は嬉しそうに尻尾を振る。
千代の尻尾の動きを確認して、七は千代に布団に寝そべるように促す。
「はい。寝転んで千代ちゃん。私じゃちょっと力が足りないかもしれないけど」
「あ!大丈夫です!私七さんの押し当てる力が丁度いいみたいで」
「そう?それにしても千代ちゃん、カッチカチだね。凝りじゃなくて筋肉の密度が」
「あはは。鍛えてますから」
「でも、何時鍛えてるの千代ちゃん。いつも私と一緒に寝て、起きてるよね?」
「あ、実は私三時ごろに一度起きるんですよね。それで1時間、みっちり動きます」
「そんな事してたの千代ちゃん。貴方昼間辛くなったりしないの?」
「体力だけはありますからねー。むしろ運動しないと眠れないくらいで」
「羨ましい身体してるね……ん、千代ちゃん。背中終わったよ。お尻行くからね」
「はい!」
お尻と一言に言っても七と千代ではまったく違う。
七のお尻が小ぶりながらも丸っとしたまろやかヒップだが、千代はちょっと筋肉質で尻えくぼのできるスポーツマンヒップだ。
そこに、尻というより腰の位置を重点的に刺激してから、七は千代の足に移る。
千代の足は千代が噛み付こうとしても食いついたら顎が外れてしまうのではないかと言う程度に太い。
といっても、毛皮の厚みも結構あるのだが、それ抜きにしても太い。
基本的にスタイルの良い千代だが、少し筋肉太りしているように見えるかも知れない。
その証拠に千代はデニムのパンツを履くと何時もぱつんぱつんに青い生地を張り詰めさせている。
「うーん。千代ちゃんの足はお見事の一言ね」
「そうですか?」
「そうだよ。あ、足がご立派といえば、足の太い子は大きくなるっていうよね」
「え?なんですかそれ」
「あれ、千代ちゃん知らない?」
「知らないですね」
「うーん。地味な年代差を感じるなあ」
マッサージの終わった足の毛並みをすっすっと手櫛で整える七を、千代が肩越しに振り返る。
「なんで足が太いと大きくなるんですか」
「そこまでは聞いたこと無いなぁ。多分、足がしっかりしてないと上半身を支えられないからそういってるんじゃないかな」
「ああ、なるほど」
「ね、千代ちゃん。尻尾握って良い?」
「ま、またですか?太ももとかじゃダメですか」
「尻尾、触りたいなぁ。ダメかな」
首を傾げて聞く七に、苦笑するように牙を見せながら千代は言った。
「いいですよ。でも本当に千代さんは尻尾触るの好きですよね」
「千代ちゃんの尻尾、掴むのに丁度良いボリュームなんだもの」
「逆撫ではしないでくださいね」
「しないよ。でも臭いは嗅いじゃうかも」
「も、もう七さんったら」
言葉と共に自分の尻尾を両手でわっかを作って締め鼻先を埋める七に、千代は尻尾をまさぐられるくすぐったさと喜びを覚える。
尻尾と言う大事な部分を大切な人に握られている。
出来るなら今すぐにでも仰向けになって降参のポーズをとりたい所だ。
それを我慢して七の手に尻尾を委ねる。
きゅうきゅうと毛並みと、その中にある芯を締め付けられる感覚に、千代は強い被支配感を受ける。
千代の脳内では既に自分よりずっと小さな七に好きなようにされているというイメージが出来上がっている。
「千代ちゃん。口閉じなさい。涎垂れるよ」
「はっ!?こ、これは七さんが尻尾を握るからですね……」
「あ、ごめんね。じゃあ今日はここまで」
「あっ……」
七が尻尾を放すその時、確かに千代は未練を混じらせた声を上げた。
しかし七はその未練をかき消すように、布団の上に寝転ぶ千代の横に自らも身を横たえる。
「じゃ、身体もほぐれたし寝ようか」
「う、うー。そうしましょうか」
時は夏真っ盛り、冷房も入れていないので、僅かに汗ばむ二人。
すぐ近くに纏められていた薄いブランケットを、お互いの腹か腹へ渡すように掛けると、長い飾り紐をつけた照明のスイッチを落とす。
「明日の朝、軽くシャワー浴びないとね」
「仕込み、遅れない様に気をつけないといけませんね」
「そうだね……そのためにもお休み、千代ちゃん」
「はい。おやすみなさい七さん」
そっと、手を絡め合わせながら目を瞑る二人。
夏毛に生え変わっても、暑いものは暑い。
しかしそれでも二人は寄り添って、部屋に充満するお互いの臭いを嗅ぎながら夜を過ごすのだった。




