女子高生に捕獲された千代の1コマ
午後4時、学校帰りの学生達や、近所のちょっと贅沢をしたい気分の奥様達。
そして少量の外回りの途中で軽くおやつを、というビジネスマンが。
思い思いにケーキやパイを、紅茶やコーヒー、そしてフルーツジュースをお供につついている、そんな時間。
千代はお客様である女子高生の3人組と話し込んでいた。
いや、話し込んでいたというより、捕まって恋の事情聴取を受けていると言った所か。
「ねぇねぇ蓮紀伊さん。マスターさんとお付き合いしてるんですよね?」
好奇心一杯という様子で話かけるのは虎縞柄の毛皮の日本猫族の短毛種の、セーラー服のスカートの尻尾穴から短い尻尾を覗かせる女の子だ。
名前を丹家 桜、今年近くの高校に入ったばかりの15歳の虎柄お下げの女の子。
女の子らしい150cm台で固まっているトリオの中でも一際活発な娘だ。
ミルクチョコパフェを食べている丹家の言葉に、脇から柴犬族の比較的きりっとした印象のベリーショート。
この場合のベリーショートとは、他の部位の毛並みとほぼ同じ程度に頭髪を切りそろえる髪型である、の薄茶毛の少女が止めに入る。
「止めなよさっちん。そういうのあんまり人に話さないものなんだからさぁ」
「えー、そんな事言ってぇ、梅子も聞きたい系じゃない?あたしも聞きたい」
「わたしはそんな……蓮紀伊さんの迷惑になるなら別に」
「あー、梅ちゃん。蓮紀伊さんのファンだもんねー。傷口広げたくないよね」
「な、おま、関係ないだろー!」
「へっへっへ、ネタはあがってるんだよ梅子ちゃん」
弄られているベリーショートの少女は湾弧 梅子。
彼女を弄り始めたトリオの最後の一人は八畳敷 狢といって、冬になれば全身こんもりと膨らむセーラー服を、今は夏毛のスリムなラインで着こなしている狸族の少女だ。
目の周りから喉元に掛けてと、腕と足の膝から下を黒い毛に覆われた彼女は、結構ないたずらものだ。
「ネタってなにさ!」
「そりゃあねー、桜も解るよね?梅子の熱視線」
「わかるわかる!わたしらと話してないとき、いつも蓮紀伊さんの尻尾追ってる!」
「な、な!」
目を白黒させる湾弧を丹家と八畳敷がさらにからかおうと二人が、口を開こうとしたその時。
千代が横から湾弧を助けるように口を挟む。
「ええと、はい。七さんとはお付き合いさせてもらってますよ」
この言葉を好奇心旺盛な高校生である彼女達は聞き逃さなかった。
「ほんとですか!?馴れ初めとか、付き合うようになったきっかけとか聞かせて!」
「ああ、噂はほんとだったんだぁ……あ、あの、私応援しますから」
「えっとー、私良く解らないんだけど、他の族の人と付き合うのとどのくらい差あるの?あたし実は狸なのに学校の狐族の男の子が好きで……」
「え!?うっそぉ!もしかしてむーちんが好きなのっていっつも突っかかってる百面君だったの!?」
「あ、やぶへびふんだ」
「本当なの?異種族ってその、性別より難しいじゃない。大丈夫なの?」
「あの、お話はしますから声の高さの方をもうちょっと下げてください皆さん」
千代の言葉から漏れた言葉に引かれて、ポロリと飛び出た言葉に女子高生トリオは盛り上がる。
さすがにこれ以上は他の客に迷惑という事がわかるので、千代が七の方を見ると、指先を口元に当てているのが見える。
なんとか静かにさせてという合図だ。
「あ、はぁいすいません……」
しょんぼりと耳を倒す丹家の姿を見て、千代は慌てて言う。
「あ、怒ってはいないですからね。それじゃあ新しいお客様が来るか、他のお客様が席を立たれるまでの間、お話しますよ」
「本当に?すいません蓮紀伊さん」
「うんうん。蓮紀伊さんのお話聞こうね。あたしの話はまた今度ってことで」
「あ、忘れないからね。後でぜーったい聞かせてもらうからね」
「はいはい。それよりアレね、あたし気になるのアレよ」
「アレじゃわからない。そういうの老化の現われだって言うよ狢」
「えー、これは物忘れじゃないわよ。女子高生が昼間の喫茶店でエッむぐ」
狢の七並に小さい顎を千代は思わず急いで掴んでしまった。
もごもごと開こうとする感触を手の平に受けながら、千代は言った。
「そ、そういう話は確かに直接的にいうのはなしですね。えと、その、私も七さんも大人なので。ご想像にお任せします」
「えー!それってもう二人はぐぅっ」
空いたもう片方の手で千代は急いで丹家の顎を塞ぐ。
猫族の顎は犬族ほど前面に突き出していないので手を覆い被せるようにだが。
「わ、わー……まさかそんな事まで答えてもらえるなんて……それにしても、もう……なんですね」
「は、はい。それなりに……」
もごもごと口を動かす丹家と八畳敷の二人。
その二人に千代は念を押す。
「静かにしてくださいね。それじゃあ、放しますからお静かに」
そういって手を放された二人は、ぶわりと尻尾を膨らませていた。
実を言えば湾弧も尻尾をピンと立てている。
「う、うぅっ。アダルト……」
「やー。聞いといてなんだけど、生々しいわぁ」
「言っちゃって良かったんですか?蓮紀伊さん」
「え、あの。うーん。七さんとそういう関係だっていうのは、恥ずかしい事じゃないですから」
「わお!熱い!」
「ほうほう、これは大胆」
「わふー……七さん羨ましいなぁ」
千代の言葉は終始抑えたものだったので、他の客にはなぜトリオが盛り上がったのかの詳しい事は解らなかった。
だが、話の前後から七と千代の事で、何か盛り上がるようなことを言われたのだと推測はできた。
なのでちらちらと七と千代を見比べる客が増えた。
七はそんな視線の中でも静かにカウンターの中で、カウンター席に座って世間話を振ってくる客に応対している。
千代は見られている事に気づいていない。
彼女は自分に向けられるそういう視線にとても疎いのだ。
「えっと、じゃあデートとかもしまくりな感じなの?」
「いえ、それは。定休日しか時間が空かないですから」
「あ、ですよね。社会人はそういうの辛いですよね」
「それは皆さんも同じじゃないですか?学校に時間を取られるわけですから」
「んー。あたしらは休み時間ちょいちょい入るし……」
「だよね。結構、休み時間ごとに律儀に相手のクラスまで顔出しに行く子居るよね」
「いるけど、ああいうのは友達無くすね。男ばっかじゃなくて女同士の友達維持もしないと」
「梅子はそーゆーこと言うけど、きっと男に嵌るタイプだよね」
「な、なんで!?」
「んー、あたしは逆だと思うなぁ。梅子って結構周りの事気にするタイプだし」
興味の対象が千代から離れたその時。
「すいませーん。お勘定お願いします」
他の卓から声が上がり、千代はそちらに向かう。
だがその前に一言。
「すいません。ここまでですね。お話の種になったら幸いです。それでは引き続きアーモンドでのご歓談をお楽しみください」
そういって尻尾が見える綺麗な一礼をした後、呼び掛けの声の主の下へと千代は去っていった。
女子高生トリオはそれを機に、先ほどの八畳敷の好きな人の件を蒸し返し始めて盛り上がる。
こういった光景は、七と千代が付き合ったと知れ渡った後の喫茶アーモンドでは珍しくないのだった。
店を閉め、掃除を済ませた後のほんの数10秒の帰り道で。
「千代ちゃん」
「なんです七さん」
「聞かれたからって、あんな子供にああいう話は良くないと思うわ」
「え、あ、でも他に返しが浮かばなくて……」
「今度からは夜の事を聞かれたら、秘密です、で済ませればいいよ」
「あ、はい。そんなのでいいんですかね」
「いいのよ。そういう方向に話を進めたい子は自分でそういう想像をするから。種だけお出しすればいいわ」
「解りました。所で七さん」
「なあに?」
家の玄関にたどり着き、鍵を取り出した七はチラリと千代を振り返りながら問い返す。
「七さんは、私とそういう関係なの、恥ずかしいですか?」
「……子供が声を大きくして言いたがる事はそっと胸に仕舞うのが大人だね。ただし、人前ではだけど」
「え?それって結局どっちなんです七さん」
「私なら、千代ちゃんと二人きりの時に、行動で示すかなって」
「あ、あうっ……解りました……」
その後は鍵を開いて、家に入って。
二人はいつもどおりに過ごした。
ただ、次の日の朝は二人で朝風呂をする為に早起きする事になった、とだけ言っておこう。




