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こーぎー&はすきー  作者: belgdol
おまけ
14/21

選べなかった人の来訪

また七さん関連の失恋者が。

ただ、日之本君が甘酸っぱい青春なら、今回の人は少しビター目に。

よろしければご賞味ください。

 喫茶アーモンドは朝7時に開き、午後6時には閉まってしまう。

これは小型犬を祖とする七の体力の限界があるからだ。

それでも千代が働き始めて、仕事を覚えるようになってからは営業時間が1時間延びた。


 しかし、それでも普通の喫茶店に比べれば営業時間は短いだろう。

それでもきちんと黒字を出せているのは、ひとえに主人である七の調理技術に拠る所が大きいだろう。

こういった事情のある、アーモンドがラストオーダーになる閉店30分前。

その人物は現れた。


 七にはその人物に見覚えが、嗅ぎ覚えがあった。

千代が働き始めるより以前、7年ほど前から通い始めて、千代と入れ替わりのように就職して、アーモンドのお得意様を卒業した女性。

 その女性はどこか草臥れた白いブラウスを着て肩から小さなオレンジ色のバッグを下げ、淡い桃色のタイトスカートを穿いたその足は靴を履いていない、鋭い鉤爪のためだ。

 種族はカタシロワシ。

体格は、千代より少し小さいだろうか、180cmほどで、鋭い先端の黒い嘴に鋭いイーグルアイ。

濃茶と薄茶が斑のようになった羽毛に包まれた頭部から、原種にはない金の羽毛の延長が伸びる。

その背中には、適切な体重をトレーニングで保っていれば飛べると言われるほど巨大な羽がある。

この為、彼女はアーモンドに通っていた時よく七に肩こりについて愚痴っていた。

それは決して胸が大きいからではない。

むしろ彼女の胸は鳥族にありがちな鳩胸で胸囲という範囲で見れば大きいだろうが、カップで見ると七より小さいのではないか、というサイズだ。

肩こりは鳥族共通の悩みなのだ。


 そんな彼女が、目を細めて、夕飯の買出しを千代に任せて店番をしていた七を捉える。


「お久しぶりです。古儀居さん」

「ええ、本当にお久しぶりです、主凌さん」

「何年ぶりかしらね……3年ぶり?」

「もう少し長いかもしれません。どうぞカウンターへ」

「ええ、お邪魔するわ」


 すっと、進化の過程で物を掴めぬ翼だけでは足らぬと、肋骨を減らしてまで獲得した腕で金の羽毛を背後に流しながら、主凌はカウンターの席。

七の目の前に座った。


「ご注文は何に致しますか?」

「そうね。昔良く飲んでいたウィンナーコーヒーだけ。あれ、載せられてたクリームを溶かして飲むと美味しいのよね。あのクリームは古儀居さんの手作りだったのかしら」

「はい、そうです。ご注文承りました」


 短いやり取りの後、コーヒーを入れ始めた七の背後に主凌が声を投げかける。


「風の噂に女の子と付き合い始めたって聞いたわ、古儀居さん」


 主凌の言葉に、ぴくりとも動揺を見せず七はコーヒーを挽き続ける。


「はい。千代ちゃんというんですけど、頼りになる王子様みたいで、良いお付き合いをさせて貰っています。時々……いえ、度々可愛いんですけれど」


 柔らかい、千代の事を語る、その余りにも柔らかい声音を聞いて、主凌は両肘をカウンターにつき、顔を下げながら背中全体を丸め、ため息を嘴の間から漏らす。

 そのため息は、七の耳にも届いた。


「どうしました主凌さん。お仕事でお疲れですか?」


 そんな、労いの声を掛けた七に、主凌は自嘲の混じった声で囀った。


「いえ……やっぱり、あの時に、3年前に告白すべきだったわ。こういうことばっかりだか、私……いつも後悔ばっかり」


 暗いその声に、ネルフィルターに細かく挽いたコーヒー豆を入れていた七の手が、僅かに止まった。

しかし、その動きの淀みは本当に一瞬の事で、ネルフィルターをコーヒーサーバーに入れる。

そこに細口のポットからコーヒー豆を湿らす程度の火傷するほど熱いまではいかない、しかし十分な熱を持ったお湯を注ぐ。


「私、私、本当は大学生時代、古儀居さんの事好きだったの。時々、カウンター越しに世間話をする程度だったけれど、私、確かに古儀居さんの事好きだった」

「そう、ですか。なぜ告白はしてくれなかったんですか?」

「私、見た目は厳ついとか、気が大きそうだとか言われるけれど、本当は気が小さいの。古儀居さんにも……告白したら、ダメになってしまうイメージが拭えなかったわ」


 この間の数10秒で蒸らしを終えたコーヒーに、七はフィルターの縁から回すように、少量ずつお湯を注ぎ始める。


「だから、私、そんな性格のせいで、また失恋しちゃった」

「この3年、一度もお店にいらっしゃらなかったのは。お仕事が終わる時間の関係だけじゃなかったんですね」

「それはある、といいたいけど。今思えば言い訳だわ。好きなら、仕事の時間外で会える事に望みを掛けて、会社の休日にでも来れば良かったんだわ」

「私、全然気づきませんでしたよ、主凌さん」

「やっぱり。露骨なアピールの一つもできない自分が、ほんと、嫌になるわ」

「いえ。私も敏い方ではありませんので、主凌さんのせいばかりではないですよ。すいません。気づけなくて」

「良いの。古儀居さんが悪者になる必要なんか無いわ。悪いのは全部私、自分の気持ちに気づいてるのに、失敗の恐怖で逃げ出した私の……」


 ぽとりと、サーバーの縁に触れないように持ち上げられていたネルフィルターから最後の一滴がコーヒーサーバーに落ちる。

 それを確認すると、七はネルフィルターを清潔な布の上に載せると、あらかじめお湯を入れて暖めていた鳥族用の容器。

 上に伸びたカップ部分に開け閉めの出来る注し口のついたカップのお湯を捨て、そこへコーヒーを注ぐ。

 こうしてから、一旦カップスタンドにそれを立てると、巨大な冷蔵庫の中から生クリームを取り出し、少し甘めになるように砂糖を入れて泡だて器でホイップする。

 それをコーヒーの中へそっと投入する。


「自分の失敗を認めるのは潔いですけど、それで落ち込むばかりではいけませんよ。次に生かそうと言う前向きな意志が無ければ、失敗は糧になりません」

「じゃあ、ちょっとだけ、私の失恋のどろどろした気持ち、受け取ってくれますか?古儀居さん」

「はい。クリームが溶けるまでの間。存分に吐き出してください」


 七のその言葉の後に、しばしの時間を自らの恋心を語る事に費やした主凌の言葉は、二人だけの秘密だ。

 二人だけの秘密。

恋人を裏切るようなものではなく、ただただ、哀しく終わった片恋の消化をする為に作られた秘密のお墓。

 その墓標をお互いの胸にしまって、主凌はそれを水の中に沈めるように、ウィンナーコーヒーを飲み干した。


「ただいま帰りました七さん!いらっしゃいませお客様、ごゆっくりどうぞ!」


 主凌がコーヒーを飲み終わった後も、無言で閉店の時間まで過ごしていて、そろそろ出ていかないといけないと言う時に千代が帰って来た。

 店の中の、安寧を含みながらも、どこか後ろ向きな暗さが吹き飛ぶ。


「あれ?どうかしましたかお客様」


 明るい声と共に入ってきた千代を見て、主凌が笑った。

鳥族は特に感情を表す口元と目元の動きが少ない為、感情の表現を発声と羽毛の開閉に頼るが、彼女は羽毛は閉じたまま嘴を開いてキーピヨピヨという、その体格に似あわない可愛らしい鳴き声を上げた。


「ふ、ふふ。古儀居さんを口説けるのは、こういう娘だったのね。ふふふ、──ッ!」


 一際高い声を上げた主凌は、席から立ち上がると、涙を滲ませた眼を細めて、コーヒー代を置いた。

彼女が来店しなくなってからも値段の変わっていなかったウィンナーコーヒーの代金ぴったりの金額を。


「古儀居さん。代金足りてる?」

「ぴったりですよ、主凌さん」

「よかった。値段変わってないのね」

「はい。出来る限り、値段に変化はつけないようにしています」

「……そんな変わらない古儀居さんを変えた娘は、良い子みたいね。私も良い人を見つけて、今度こそ捕まえるわ」

「はい、頑張ってください。貴方は鳥族の中でも狩猟者として名高い、鷹族なのですから」


 少し、振った形になった自分が言うのは酷いかもしれないと自覚しながら、七は言った。

主凌も、その言葉をそっと胸に仕舞ってドアに向かい、千代とすれ違う。


「お幸せに、ね。お二人さん」

「へ?あ、はい!絶対に!ありがとうございます!」


 なんだか解らないなりに、自分と七の事を言われたのだと直感した千代は、よく通る大きな声で礼を言った。

 その声を背中に受けて、主凌はドアを開けて出て行った。

恐らくは、1人の自宅へ帰る家路に就く為に。


「えっと、七さん。今の人は?」

「古いお客様。千代ちゃんがここに来る前の年までそう、4年くらいかしらね。通ってくれていたお客様よ。私に恋人が出来たと噂に聞いてきてくださったみたい」

「そうなんですか。義理堅い人なんですね」

「うん。そうだね。自分の決着をつけに来た、潔い人だよ」

「なんか格好良いですね」

「そうだね。さ、もう時間も時間だし、お店閉めちゃおう。お掃除の時間だよ千代ちゃん」


 静かに口の端を持ち上げ微笑む七の言葉に、千代は即座に反応した。


「はい!クローズの札出しておきますね」

「うん。私は中の掃除、先に始めてるから」


 その後は、二人でいつもどおり店内の清掃をしたが、調理場周りは基本的に七の担当で、この日は特に千代を中に入れなかった。

 最後に淹れたコーヒーの後片付けを丁寧にして、いつもより時間を掛けた。

その様子に千代は、七さん疲れているのかな、という感じでいつもどおりだった。

ただ、お風呂の後はマッサージをしてあげよう、とは思ったようだが。


 そして、どちらかといえば思ったら行動派な千代が自室で七にマッサージをしている時、七が寝転がり、凝る肩や腰を解されて心地よくなり目を瞑りながら言った


「ねぇ千代ちゃん。私がお見合いするって言わなかったら、告白もしなかった?」

「……したかもしれないですけど、多分もっと時間が必要だったかもしれません」

「なんでかな?」

「七さんは変わらない、変わらず迎えてくれる。そんな安心感のある人ですから。つい、告白とか、先延ばしにしても大丈夫っていう気持ちになっちゃうんですよね」

「……やっぱり、私のせいかもしれないね……」

「ん?何がですか七さん」

「あ、ええとね。私が人の失恋の原因になっちゃう理由」

「あ、あー……そんな事無いですよ。きっと」


 少し言葉を濁す千代の、あからさまにぎこちなくなった手の動きを毛皮越しに感じながら、七は言った。

 千代に伝わるかは解らないけれど、たくさんの感謝を籠めて。


「ありがとう。優しいね千代ちゃんは。私、救われるな。そういう千代ちゃんの優しさに」

「そう言ってもらえると、私も優しくし甲斐がありますよ!」


 かぱっと顎を開けて、千代は七の体を弄る手の動きを早める。

その感情に素直な感触を感じながら、七はその日もゆっくりと千代の部屋で眠りに落ちてゆくのだった。

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