重ねあった次の日は、少し不謹慎
千代の堅めの毛並みを肌で感じながら、七はまどろんでいた。
お互い、思うように毛並みを舐め整え、大きな差のある乳房を擦り合わせた。
そして、核心を突くその場所に、互いの爪の整えられた指を、多少の痛みを伴っても受け入れあった。
そんな夜の後の昼少し前。
店も今日は休みで、七はその感触を味わっていたかった。
唾液で濡らされた毛皮は、唾液が空気に触れたことで獣臭さを放っていた、だがそれも千代の臭いの一部だと思うと、すとんと鼻を通り、鼻腔を埋め尽くした。
七は考えた、今までも人生で楽しいことが無かったとは言わない。
だがこれほど満たされていた事があっただろうか。
今はただ、年下で、普段は自分の後を尻尾を振って着いて来るような恋人に、包まれていたい。
これが恋人を得るという事なのかもしれない、と。
そうして何分、いや何10分経っただろう。
じっと千代の胸に鼻先を埋めていた七に、声が掛けられる。
「はっ……あ、あぁ!お、おはようございます。起きてますか七さん」
ふすふすと自分の胸の谷間に顔を埋める七の、耳の間の頭頂部の匂いを嗅ぎながら、七が問う。
素直に応じるか、寝たふりをするか。
七は少し迷ったが、散々千代の匂いも堪能したことであるし、素直に顔を上げる事にする。
「おはよう。千代ちゃん。なんだか凄くお腹すいてるけど今何時?」
「えっと、今は……わ、もう11時半ですよー。お店、お休みじゃなかったらアウトでしたね」
のそりと嬢半紙を起こす千代から身体を放して布団の感触を楽しみながら七は言った。
「お腹すいたけど。その前にお風呂入らないとね」
「え?出かけないなら私は別にこのままでもー……」
にへらと顎を開いて舌を出す千代の言葉に、七は首を振った。
「買い物行かないと晩御飯のおかずが無くなっちゃうよ。だからお風呂入って、近くのファーストフード行って、ご飯食べたら買い物しよ」
「あ、そうですか……」
しょんぼりしてみせる千代に、七は少しいたずらを楽しむ子供のような明るい声色で。
しかし囁くほどの音量で言った。
「晩御飯寂しくなっちゃうけど、千代ちゃんがずっと家に居たいなら居ていいよ。私も塩ご飯に付き合うから」
楽しさを含んだその言葉に、七の身体を少し離して見上げた。
「いいんですか?」
「いいよ。それに、私が時間のある学生だったら……多分、時間も忘れて千代ちゃんと自分の臭いが交じり合うのを嗅いでると思うから。今、やってもいいよね」
僅かに色を含んだ七の言葉に、千代はぴんと尻尾を立てた。
「どうする?千代ちゃん」
甘やかな誘惑を持った言葉が千代のピンと立った三角の耳に、それを包む毛皮をすり抜けて流れ込む。
その言葉を聞くと、千代はの辺りになんともいえない疼きが生まれる。
そして、千代はつい答えてしまった。
「じゃあ、七さん。お昼ご飯食べたら、またお布団に入りましょう」
その言葉を聞いて、返事代わりに七は膝立ちになって千代の額に頬に耳の内側に、鼻先でのキスを落とした。
後は、脱いでいた下着や肌着を身に着けて、二人で一階のリビングに降りた。
そして七が冷蔵庫に残っていた卵でスクランブルエッグを作り、半端な数になっていたソーセージを大皿に盛り。
最後に残っていた5枚きりの食パンの袋の中に残っていた二切れをトースターで焼いて。
牛乳とフライパンで解凍した冷凍野菜を添えてささやかな昼食を済ませた。
最後に残ったソーセージは、七が千代に食べさせた。
少し、朝を抜いて昼に起き出した者の昼食としては少し貧相かもしれないが、それでも二人は満足だった。
食事の後に千代の部屋に戻り、行われる行為を思えば、それは最低限で十分な食事になるのだ。
「ちょっとお腹一杯には程遠いかな?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「もっと別なものでお腹一杯にするからかな」
「お腹というか胸というか、そっちのほうですよね」
「そうだね。じゃあいこっか」
「はい。お姫様抱っこはいりますか?」
にっと牙が覗く笑みを浮かべた千代に、七は少し首をかしげながら、すっと目を閉じ考えてから言った。
「それじゃあ、お願いしてもいいかな。王子様」
「はいお姫様。それでは寝室へ参りましょう」
今迄で言えば考えられない事だが、七は食事を済ませた皿をそのままに、テーブルを回り込んできた千代の腕の中に納まった。
食器を洗わないと、などという流れを断ち切るような事は言わない。
少し油汚れが頑固になったりするかもしれないが、近頃の洗剤は優秀だ。
きっと夕食前にでも丹念に洗えば汚れは綺麗に落ちるだろう。
それでも、恋人に成った直後の七なら食器を洗ってから、と言っていただろう。
これらが示す事は1つ。
千代に甘えているのだ。
30を越して、5つ以上下の恋人に甘えるなんて、と思うかもしれない。
だが七にとってこれは初恋なのだ。
千代だってそうだ。
お互い、このくらい恋と愛に酔うくらいは、きっと許されるだろう。
小さな千代の、茶色い毛皮の身体を、灰色の毛並みで包んで千代は階段を昇る。
そして想いを馳せる。
この後待っている素晴らしい時間に。
おそらく、性的な接触はそんなに多くならない。
それでもきっと自分は満足できるという確信がある。
なぜなら発情期でもなければ、犬族の彼女達の欲求の根源であり、満たされる要因は臭いである。
それを存分に嗅ぎあうのだ、不満などでようはずがない。
こんな事を考えながら、千代は片手で七を軽々と抱えながら自室の扉を開く。
これから始まる匂いの嗅ぎあいに胸を躍らせながら。
それから後は、特に語ることは無い。
二人は時折会話は交わすものの、臭腺のある互いの臀部を中心に、臭いが篭りそうな腋や首と顎の境目などに鼻先をつっこんで、無心に臭いを嗅ぎ続けたからだ。
所謂、忘我の境地というのに居たので、精々絡まりあう毛並みの摩擦で、少々熱い思いをした。
その熱を出す為に汗を掻いてよりお互いの臭いが濃厚になり、さらに夢中に成ったことくらいだ。
原種である犬は汗を掻かないが、彼女達ヒトは汗腺を獲得しているのだ。
そのせいで夏場汗で臭いが……という事態も起こっているのだが、彼女達の世界で臭うというのは、セックスアピールである。
強い臭いを出す者の方が、より強烈に他人の鼻に自己を焼き付ける魅力的な存在、という事になるのだ。
これに照らし合わせれば、千代はかなり生唾物の美女になる。
七は少し弱いかもしれない、臭い自体はするのだが、長い毛並みにその臭いが閉じ込められがちで、隠れ美人とも言えるかもしれない。
そんな二人がお互いの臭いを嗅ぎあうのだ。
互いの全身を鼻先で丹念に擦り、その臭いを嗅ぎあった。
それだけで十分だろう。
ただ、1つ蛇足を付け加えるなら。
千代は夕飯の白米に減塩味噌をつけながら食べて、本当におかずなかったんですね、と嘆いて七に笑われた、というオチはついたのだった。
気づいたら本編よりおまけの方が……おっと、これ以上は言わないお約束。
多分また気が向いたらおまけは増えるでしょう。
どの程度増えると、確たる事はいえませんが。




