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こーぎー&はすきー  作者: belgdol
おまけ
11/21

散った純情の花弁

今回、七さんが少し酷い人かもしれません。

でも恋愛で一人を選ぶってこういうことなのです。

「すいません!この手紙、受け取ってください!」


 中高生や買い物帰りの主婦で賑わう喫茶アーモンドの店内で、1人の少女の声が響いた。

声を出したのは左耳から額の中央辺りまで黒毛に覆われ、右耳の先と頭部の右より後頭部から右目の下までを茶毛に覆われ、さらに顎の周囲は白毛に覆われた。

 150cmほどの身長の、三毛猫族の……三毛猫族といえば大部分が雌であるという話だが、彼の制服は確かに男物だった。

 詰襟で、金ボタンの付いた袖口からまばゆいほど白いシャツの袖を覗かせた、茶と黒と白の毛に覆われた手の男の子。


 七は彼の差し出した手紙を一言、解りました、と言って受け取った。

その時、尋常ならざる気持ちが千代の胸の中に生まれて、思わず低い唸り声を上げ、牙を剥いてしまった。

 ただ、飛び掛ってその少年をどうこうしようというのは我慢した。

きっとそんな事を七は望んでいないからという一心で。


 ただ、店が上がってからは大変だった。


「七さん!七さん!」

「なあに千代ちゃん」


 夕食の大根の味噌汁の為を作る為に白くて太いそれの端を切り落とす七に千代が声を掛けた。

その声の中には不安という、暗い色が含まれていた。

そんな千代を安心させるように、七はいつもと変わりない落ち着いた声で答えたのだ。


「どうしたの千代ちゃん。落ち着いて話してね」


 するすると大根の皮を剥きながら聞く七に、千代は尻尾をぴんと立て、ダイニングキッチンの棚部分に手を付いてて言う。


「あの、昼間に手紙貰いましたよね!?あれどうするんです!?」

「どうするもなにも。普通にお返事するわよ」

「あの、あの、男の子からラブレター貰ったからって、わ、私の事……」


 顎をわなわな震わせ、眼を潤ませる千代に、七は言った。


「大丈夫。千代ちゃんが心配する事なんてなんにもないわ。もしラブレターならきちんと断るから」

「本当ですか!?」

「本当よ。だって私、千代ちゃんとの恋人生活、楽しんでるもの」

「七さん……」


 七の言葉に千代は尻尾をフリフリ、顎を開いて舌を出してハッハッハッハと原種のハスキー犬のように喜びを露にする。

 そうすると、さくさくと大根を千切りにしてから、七はちょいちょいと指で千代に顔を下げるように促した。

 これを見た千代は、ハスキーサイズの台越しに、ぬっと顔と身体を突き出した。

七はそんな千代の顔の両脇に手を添えると、顔の毛皮を引っ張るようにわしわしと千代の顔の前方側に揉みあげた。


「私の心はちゃんと千代ちゃんに向いてるから。安心してね千代ちゃん。でも……」

「で、でも?」

「あの子には、ちゃんとしたお断りをしないと良くないと思うから。その間千代ちゃん以外の人の事を考えるのを許してね」

「は、はふぅ。そんな事言われたら……断れませんよぅ」

「ん、良い子。じゃあ夕飯待っててね」

「はい~……」


 その後はダイニングテーブルの上に顎全体を乗せるようにしてに千代はへらとしていた。

時折ふすふすと鼻息を漏らし、先ほどの顔を揉まれた感触を反芻しているのは明らかだった。


 その後風呂を共にしてから、七は夜の肴を摂らずに歯を磨き、自室へ篭った。

そして、昼間に少年から受け取った手紙の封を切る。

中身には、拙いながらも少年の精一杯の気持ちが詰まっていた。


『 古儀居 七様へ。

 一目見たときから、というわけではありません。

 だけど、お店のアップルパイを目当てに通っているうちに、

 小さいのにいつも落ち着いていて、1人で来店しているお客さんが、

 どこか話したそうにしていると、そっとお話を聞いてあげているのを見ました。

 

  その優しさと可愛らしさに、僕はいつの間にか、古儀居さんみたいな女の人に、

 恋人に成って欲しい、そう思うようになりました。

 正直、女の人(当然女の子を含めてですが)相手にこんな気持ちになったのは初めてです。

 出来れば、いえ、付き合っている人が居なければ恋人になってください。

 お願いします。

 

  日之本 三毛より。』


 手紙の作法というのも存在しない、ただ年頃の少年が頭を悩ませて、必死に綴ったであろう文章。

それを前にして、しばらく七は黙考してから、机の中から白い四角い封筒と、白の便箋を取り出して筆を取る。


『拝啓 盛夏の候、夏毛への生え変わりも終わりましたね、

 貴方の毛並みは生え変わったでしょうか。


  まずは、お手紙ありがとうございます。

 日之本さんのお気持ち、確かに受け取らせていただきました。

 ですが現在私はお付き合いさせていただいている女性が居て、

 その方とは良い関係を作らせて頂いていると思っています。

  ですので日之本さんのお気持ちを受け取る事はできません。

 どうか、同世代のクラスメイトなど、もっと歳の近い人を見まわしてご覧になってください。


 私も不慣れな恋愛についての手紙の返事でしたが、

 日之本さんが前に進む為の材料になれば幸いです。

 それではどうか良い恋愛を。 敬具


 2001年 ○月×日


  古儀居 七』


 一枚に内容を纏めた便箋に、もう一枚白紙の便箋を添えて封筒にしまい、七は封筒に封をする。

スティックのりで綺麗に封をしたそれを眺めながら、七は思った。

 そういえば、いつ返事を受け取りに来るのか聞いていない。


 でも、と七はすぐに気を取り直す。

毎日店の方へ持っていけば、さほど時をおかずに返事を渡せるだろうと。




 その時は三日後の5時になった時だった。

件の三毛猫少年は1人で店に入ると、千代の案内を受ける前にカウンター越しに七の前に立ち声を上げた。


「こ、古儀居さん!手紙の返事は書いていてもらえましたか!?」


 緊張に震える声を張り上げて、毛を逆立てる可愛い子猫に、七は優しく答えた。


「はい。日之本さん。お返事書かせていただきました。こちらになります」


 履いているズボンのお尻ポケットから取り出した白い、宛名の無い封筒を七は日之本くんに手渡す。

それを見て、しばらくぽかんとしてた日之本くんだったが、その手紙の実在を確認するようにその臭いを嗅ぐ。

 するとぶわりと尻尾を膨らませてたったったと足でリズムを取るように踊りだす。


「ぶなーお!」


 思わず原種そのままの鳴き声まで飛び出す始末。

さすがにこれは他のお客さんに迷惑なので、七みずからが火消しに掛かる。


「日之本さん。他のお客様に迷惑ですからどうかお静かにお願いします」

「は、はい。返事ありがとうございます!帰ったらすぐ読みます!絶対です!」


 そう言うと、日之本少年は素早くアーモンドを後にした。

その嵐のような少年の出て行った扉を見ながら、千代は言った。


「あの、細かい内容は聞きませんけど。私の事を選んでくれるという事は……」

「……日之本さんには、ちょっとかわいそうな事になるわね」

「なんだか、落ち込みますね」

「そうね、あんまり楽しいものではないわね。でも……変に気を持たせて千代ちゃんをやきもきさせるのも嫌なの」

「な、七さん!くふぅ~ん!」


 てれてれと尻尾を振る千代を見て、店内に居た客は全員確信を強めた。

この二人はすでにくっついている!

 その事に内心涙するもの、祝福するもの、その反応は様々で、多少の売り上げの減少もあったものの、それでも大過なく日々は過ぎていくのだった。


 そして、あの失恋少年はその後店に来なくなるかというと、そうではなかった。

まだ想いを残しているのか、好物のアップルパイをちょいちょい齧りながらアイスティーを飲みながら、七を見に顔を出していたのだった。

 ただ、そんな日は千代を落ち着かせる為に、目の前で千代の仕事が無い間、カウンター越しに手を握り合う二人の姿を見せ付けられてがっくりうな垂れる事になったのだったが。

 彼も始めての恋をすっぱりと諦めるには、まだまだ時間が必要なようだ。


 夜、街はまだまだ眠らないが、明日の為に七と千代はもう寝る時間。

布団の中で七を抱きしめながら言った。


「七さん。あの子には悪い事しちゃいましたね。中学生くらいでしょうか」

「どうかしら、三毛猫族は原種もそれほど大きくないから……」

「中学生の失恋かー……大丈夫ですかね」

「若いからこそ大丈夫、と思いたいね」

「七さん」

「なあに千代ちゃん」

「ぶれないでくれて、ありがとうございます。七さんがぶれないから、私も変に不安にならなくて済んでますから」

「ん。これでも恋人だからね。千代ちゃんは安心していいよ」

「七さん、愛情が無くなったらすっぱり切ってきそうですもんねー」

「……意外と、未練ったらしいかも知れないよ」

「未練、もってくれます?」

「少なくとも今千代ちゃんから別れてって言われたら、旅に出ちゃうかな」

「……七さん、キスしていいですか?」

「いいよ」


 一旦、身体を離して、七の身体を動かして千代はくっと顎を上げる七の鼻先であり口先である部分に、自らのその部分を押し当てる。

 お互いの湿った鼻先が触れ合うたびに、角度を変えて何度も。

それが終わってから、千代は七を再び抱きしめる。

離さない、離れないというかのように。

いや、それは確かに千代の口から漏れ出していた。


「七さんのこと、離さない。離れたくない。大好きです……」

「ありがとう千代ちゃん。私も、好きだよ」


 千代の谷間で感じる七の鼻息。

そして触れ合う事で重なる毛皮と、それを通してもお互いに聞こえる心音。

千代は、体格差で自分の呼吸を七に伝えられないのが少し残念だなと思いながら、ゆっくりと眼を閉じて眠りに就いた。

 そして七は、気がつけば以前より強く、千代の体臭を嗅ごうとしている自分に気づきながら。

ゆったりと、千代ちゃんはもう手放せないね、と思いながら眠りに就くのだった。

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