時間を超えて
「おいっ」
「・・・・・」
「おい、おきろ!」
「ん・・・・・」
「おきろってば!!」
「いたっ!!」
いきなり腹部に痛みを感じ、わたしは飛び起きた。
「やっとおきたか!!ねぼすけ!!」
「・・・・・?ええと・・・」
起き上がると、目の前に男の子が立っていた。
小学校低学年くらいだと思う。黒いランドセルを背負っている。
「おまえ、こんなところでねてんじゃねーよ。オレが遊べねーだろ」
どうやら、この男の子にお腹を蹴られたらしい。
「・・・ここ、どこ?」
「はぁ?なに言ってんのおまえ。公園だろどう見たって。ていうかなんで公園でねてんの」
「ええ・・・?」
本当だ、公園だ。
公園の地面にそのまま寝っ転がっていたらしい。制服が砂まみれ。
「もうすぐオレの友だち来るからおまえどっか行けよ」
「う、うん、ごめん・・・」
すぐ近くに放り出されていた通学鞄を手にとって、歩き始める。
わたし、なんで公園なんかで寝てたんだろう。
朝起きて、制服に着替えて、朝食食べて、家を出て・・・
―――そうだ、公園の男子が気になったから、今日はゆっくり公園の横を通り過ぎようと思って、
それで・・・
「えっと・・・?」
そこから先の記憶がない。
「・・・・・」
結果的になぜ公園で寝ることになった?
「・・・ていうか、自転車は?」
公園の中にはなかった。
公園を出てみたけれど、やっぱり見当たらない。
「・・・ていうか、今何時?」
振り返って、公園の時計柱を見る。
「・・・・・3時15分?ってええ!?」
わたし、何時間寝てたの!?
おそらく今学校では、6時間目の授業中だろう。
今から行っても、15分くらいしか授業受けられないかもしれないけど、でも、
「『欠席』よりは、『遅刻』のほうが・・・」
わたしは、学校にむかって駆けだした。
「・・・・・あれ?」
正門についた途端、わたしは違和感を感じた。
校舎が、なんか昨日と違う。
・・・新しくなっているような気がする。
「気のせい・・・?」
いやいや、
新しくなってる、とかそれ以前に、
どう考えても校舎の数が昨日より減ってる!!
「普通科の校舎しかないっ・・・どういうこと?」
音楽科の校舎があった場所は、駐車場になっている。
「えーと・・・」
とにかく一生懸命走っていたからあまり覚えてないけど、そういえば公園からここに来るまでの街並みも、昨日と変わっていたような。
「どういうこと・・・」
校舎の窓に、廊下を歩いてく女子生徒が見えた。
・・・制服のデザインが、違う。
「・・・どうしよう」
明らかにおかしい。
校内に入っていく勇気がなくて、わたしは来た道を歩いて引き返すことにした。
とりあえず、家に戻ってみようか。
「嫌な予感がする」
そんなのあり得ない、と思いつつも、
わたしの中では、それしか思い浮かばない。
案の定、わたしの家の外見も、少しだけ新しくなっているように感じた。
というかそれ以前に、ここに来るまでの間に、とっくの昔に閉店したお店や、記憶にないお店をたくさん見かけた。
「これもしかして、このまま家に入ったら、不法侵入、とかになるのかな・・・?」
自分の家なのに。なんだか寂しい。
「・・・日付と時間を確認したいな」
家の近くのコンビニに・・・
ダメだ。あそこはきっと、まだ建っていない。
コンビニ以外で日付と時間を確認できそうなところ・・・
「携帯、家に置いてきちゃったしなぁ・・・まぁ、使えるかどうかもわからないけど」
そういえば、ここから15分くらい歩いたところにある小さな花屋、わたしが小学生のころに開店したんだっけ。
何年生だったかは覚えてないけど・・・花屋になる前って、なんだった?
「コンビニ・・・だった気がする」
よし、行ってみよう。
新聞を手に取る。・・・腕が震えていた。
恐る恐る、日付を見る。
「―――――っ」
予想はしていた、けれど。
「10年前・・・の、4月9日」
自分の心臓の音がきこえてくる。
「どうしよう」
あり得ない現実に直面したとき、人は勝手に自分の中で言い訳して、逃避しようとするものだって。
そんなことあるはずない、って。別の仮説を立てて。
でも実際、逃避したところでどうにもならない。
「落ち着け自分。こんなの、マンガやラノベなんかじゃ、よくあること・・・」
そう。
こういうのはだいたい、決められた課題を達成すれば、もとの時間へ帰れるもの。
「わたしがここへ来たのには、なにか理由があるはず」
店内の壁にかけられた時計で時間を確認する。
4時50分。
これから、どうしようか。
「公園・・・」
わたしは、気が付いたらあの公園で寝ていた。
「戻ってみようか」
また1時間以上の歩くことになるけれど。
他に行くあてもないし。
・・・・・もしかして、このままだと今晩野宿?
時計柱で時間を確認すると、もう6時を過ぎていた。
「お腹すいた・・・」
そういえば、学校で昼休みに食べる予定だったお弁当を持っていたはず。
これ以上なにをしたらいいのか思いつかないし、とりあえずお弁当でも食べようか。
そう思って公園内のベンチに目をむけて・・・
「あ、」
先客を見つけた。
「さっきの男の子・・・」
ベンチの上で横になって、眠ってしまっている。
「風邪、ひくよね。ていうかもう6時だし、家に帰らなきゃ・・・」
近づいて声をかけてみるが、全く目を覚ます気配がない。
「うーん・・・どうしよう」
ほっぺたをつねってみたり、脇の下をこそぐってみたり・・・それでも無反応。
「・・・困った」
とりあえずブレザーの上着をかけておく。
そしてわたしはその横に座って、お弁当を食べることにした。
「・・・・・」
さっきもそうだったけれど、公園の中には、この男の子とわたし以外、だれもいない。
「友だちが来る・・・って言ってたけど、その子たちはもう帰ったのかな」
それにしても、本当に気持ちよさそうに眠っている。
「どこの家の子なんだろう。できれば送り届けてあげたいけど・・・」
独り言を呟きながら、わたしはひたすらお弁当を食べる。
そしてちょうど食べ終わったとき―――・・・
「時悸っ!」
声が聞こえて、わたしは振り向いた。
公園の入り口に、
見覚えのある男子が立っていた。
「時悸!ほら起きてっ・・・時悸!!」
彼は、男の子に近付くと、思いっきり体を揺さぶった。
けれど、やっぱり目を覚ます気配はない。
「まったく・・・あ、」
それから、やっとわたしの存在に気付いたようで、
「えっと・・・」
わたしを見ると、しばらく考え込むような様子を見せたあと、
「あ、すみません!」
男の子の体を揺さぶったときに地面に落ちたわたしのブレザーに気付いて、急いで拾うとわたしに差し出してきた。
「これ、あなたのですよね」
「あ、はい」
「すみません、落としてしまって・・・砂まみれに」
「いえ、これ前からけっこう砂まみれだったので・・・」
思わず、彼の顔をじっと見てしまう。
この顔、やっぱり・・・
「宮依、悠さん・・・ですか?」
「え?あ、はい。そうですけど、ええと・・・」
「あ、すみません!新聞で見て・・・」
あれ、あの記事が書かれたのって、4月9日より前だっけ、後だっけ・・・?
「作曲コンクールの?」
「あ、はい。それです」
よかった。前だったっぽい。
「そう・・・ですか」
「最年少で優勝した・・・って、すごいですよね」
「いえ・・・ええと、ありがとうございます」
なんだか空気が気まずい。
「あの・・・」
「あんなに大きく記事になるとは思ってなくて・・・なんだか、恥ずかしくて」
彼は、少し照れながら言う。
「ところで・・・もしかして、時悸の知り合い・・・ですか?」
「いえ、あの・・・わたしが公園に来たら、そこで寝ていて。起こそうとしたんですけど、起きなかったので・・・」
「こいつ、寝るとなかなか起きないんですよね。すみません、ご迷惑おかけしました。上着も、ありがとうございます。・・・ええと、本当にすみません、落としてしまって」
「いえいえ、全然。大丈夫です」
「あれ、悠?」
「え、」
いつの間にか、男の子は目を覚ましていた。
「ここ公園?あれ、オレ寝ちゃったんだっけ」
「そう。もう6時すぎだよ?」
「え、うそっ、マジ?」
「公園で遊ぶときは、一回家に帰って荷物置いてから、っていう約束だっただろう?門限も、5時だったはずなんだけど」
「・・・だってさ、家に帰ると、母さんがピアノの練習しろってうるさいから」
「おまえが全然練習しないからだろ。もういっそ、ピアノやめるか?」
「それはやだ!!・・・っておまえ、なんでこんなところにいるんだよ」
「え」
やっとわたしの存在に気づいたらしい男の子が、じっとわたしを睨んでくる。
「こらおまえ、なんてこと言うの」
「だってこいつ、3時ごろ、公園のど真ん中でねてて、オレが公園で遊ぶのぼうがいしてきたんだぞ」
「え、公園の真ん中で?」
彼は、不思議そうな顔でわたしに視線をむける。
どうしよう。なにかいい感じの言い訳を・・・
「ええと・・・気が付いたら、公園の真ん中で気を失っちゃったみたいで。・・・貧血かな」
「本当に!?大丈夫ですか?」
「大丈夫です。もう全然・・・」
「てかはらへった。もう帰ろーぜ」
ベンチに座っていた男の子は立ちあがると、彼の服の袖をひっぱった。
「・・・まったく時悸は。お姉さんにちゃんと謝って。あとお礼」
「はぁ?なんで」
「迷惑かけただろ。上着も貸してくださったし」
「やだ」
「時悸!」
「・・・・・」
男の子は、しばらくほっぺたを膨らませて黙っていたけど、
「ごめんなさい。ありがと。でもよけいなおせわだよバーカ!!」
と言って、走っていってしまった。
「ちょ、時悸!!本当にすみませんっ」
「いえ。気にしてませんから」
彼は何度もわたしに頭を下げたあと、男の子を追って去っていった。