公園で待っていた
短編小説書きたいな、
と思って書き始めたはずなのに連載になりました。
3~5話くらいで完結させたい。
「できたーっ」
時計を見ると、とっくに日付は変わってしまっていた。
「でもいいんだ!できたもん!」
睡眠時間は2時間くらいしか取れそうにないけれど、
でも、ものすごい達成感。
やっと、完成した。
「永那ーっ」
「あ、綾江ちゃん。おはよう」
「おはよーって、どうしたのそのクマ」
「えー?」
「入学式早々ひどいよそれ」
朝、鏡を見たときも目立つかなーとは思ったけど、
「やっぱりわかっちゃう?」
「だってかなりひどいよ。寝てないの?」
「うーん・・・2時間くらいは寝たよ?」
「そんな遅くまでなにやってたの」
「内緒ー」
綾江ちゃんはなんだか呆れた顔をしている。
「まあ、永那が徹夜好きなのは今にはじまったことじゃないけど」
「え、べつに好きなわけじゃないよっ」
「そうとしか思えない。って!そんなことより!!」
綾江ちゃんはわたしの腕をつかむと、人ごみをかき分けてズンズンと歩いて行く。
「あれ!!ほら!!!」
「え?」
壁に貼られた大きな紙を見ると、綾江ちゃんの指さす先に、わたしの名前があった。
「あ、わたしF組?」
「うんうん。で、その5つ下見て!」
「えーと・・・あ!」
「高校でもよろしくっ!」
「同じクラス!!うそっ、やったぁー!!」
新しい生活。不安でいっぱいだったけど、親友と一緒ならたぶん大丈夫だ。
「で、結局、昨夜なにしてたわけ?」
「あー・・・知りたい?」
教室に入ると、知らない顔がいっぱいだった。
「人に言えないようなことしてたの?」
「そうじゃないけど・・・」
でも、やっぱりそんなに不安はない。綾江ちゃんと一緒だし。
「曲、作ってたの」
「え、作曲?」
予想外のこたえだったのだろう。綾江ちゃんはキョトンとしている。
「作曲・・・っていうか、編曲?」
「永那って、そんなことするんだね。何の曲編曲してたの?」
「んー・・・わたしって、ピアノ習ってるじゃん?」
「うん」
「小さい頃使ってたテキストにあった、とっても短い練習曲なんだけど。昔っから、これって続きそうだな~と思ってて」
「続きそう?」
「うん。終わりがなんか、納得いかないっていうか。続きがありそう、みたいな」
はじめてその曲を弾いたとき、
そこで終わっちゃうの?
って、思った。
確か、5歳くらいのときだっけ。
不思議な感じだった。この曲は、まだ続いていきそうなのに、って。
「でね、続きを作りたかったんだけど、当時のわたしにはちょっと・・・難しくて。なにせ5歳くらいだったし」
「で、なんで今さら?」
「今さら・・・っていうか、実は小学校3年生のときに作り始めたんだけど、なんか思ったより時間かかって」
「え、7年前?」
「うん・・・でもね、これじゃあキリがないなぁ、って思って。高校入学する前に完成させちゃおう!って決めて・・・なんとか間に合いました」
・・・あれ、日付変わっちゃったから、結局間に合ってないのかも。
「へ~・・・7年かけた力作かぁ。聞いてみたいなぁ」
「ダメだよ。ほんと、自己流っていうか、てきとうだから。作曲の知識なんてないしね」
「音楽科いけばよかったじゃん?」
「無理だって!ピアノもフルートも作曲も、あくまで趣味だもん」
「ふーん」
実はこの高校、音楽科があったりする。
最初は・・・実はこの高校を受験しようと決めたとき、音楽科に入ろうと思っていた。
でもやめた。ピアノだってそんなに上手くないし、きっとわたしに、音楽の才能はない。
「式っていつからだっけー?教室に先生が来て、説明してくれるんだよね」
綾江ちゃんが、暇そうに呟く。
「うん。保護者は先に体育館に行ってるっぽいけど。担任の先生、優しそうな人だといいなぁ」
だから、この高校の普通科に入学したこと、実は少し複雑だったりするけれど、
でも、親友と一緒の新しい生活。
不安よりも、楽しみな気持ちのほうが、ずっと大きかった。
次の日、学校がはじまる1時間前に、わたしは家を出た。
春休み中に実際に高校に行ってみたら、自転車で40分くらいかかることがわかった。
1時間前に出れば余裕だろう。
ひたすら自転車をこいで、学校まであと少し、というところで、そこそこ長くてそこそこ急な上り坂がある。
「よしっ」
これを自転車でのぼるには、少しの気合が必要だ。
一生懸命足を動かして、やっとのぼり終えた。
「はーっ」
すぐに信号があって、赤信号だと、ここでちょっと休憩できる。
信号が青に変わって、再び自転車をこぎはじめる。
・・・自転車のスピードにはちょっと自信があって、女子高生にしたら、結構速いほうだと思う。
すぐにスピードをあげて、風を感じながら、道を突き進む。
そのとき、
「・・・・・?」
視界の端に、同じ高校の制服を着た、男子高校生が見えた。
公園の横を通り過ぎるときだった。
噴水横のベンチに座っていた。
公園の中央にある時計柱をじっと見つめている。
・・・・・なんとなく、印象に残った。
教室に入って、すぐに綾江ちゃんを見つけた。
「綾江ちゃん!おはよう。早いねっ」
「あ、永那。おはよう・・・って、相変わらず髪ひどいよ」
「んー・・・自転車で来ると、どうしてもこうなっちゃうんだよね」
中学のときから、毎朝綾江ちゃんに『今日も髪ひどいよ』って言われるのが日課になっていた。
「暴走運転だもんね。事故っても知らないよ?」
「たぶん大丈夫。それより、今日の部活見学、どこ行く?」
「わたし特に見たいとこないから、永那の見たいとこ付き合うよ」
「じゃあ、普通科吹奏楽いかない?」
「永那、中学でも吹奏楽やってたもんね。・・・にしても、音楽系の部活だけ普通科と音楽科で二つずつあるなんて、変なの」
吹奏楽部と合唱部。この二つの部活だけ、普通科と音楽科で分かれている。
実力差もかなりあって・・・例えば、普通科吹奏楽部はコンクール地区落ちだけど、音楽科吹奏楽部は全国大会の常連だとか。
「場所も、普通科用音楽室、だったよね」
「そうそう『普通科用』」
綾江ちゃんは、不満げな表情で呟く。
「なんかさぁ、普通科と音楽科の間に壁ありすぎると思わない?」
「んー・・・でも、ここの音楽科有名だし、しょうがないよ」
「じゃあいっそのこと、音楽学校にしちゃえばいいのにね」
「あはは・・・」
教室の前の教室から、担任の先生が入ってきた。
昨日の入学式で発表された1年F組の担任の先生は、とっても優しそうな若い女性の先生だった。
終礼後、わたしは綾江ちゃんと二人で、普通科用音楽室にむかった。
廊下を歩くだけで、様々な部活動の勧誘がすさまじい。
無事音楽室にたどり着くと、教室に入った瞬間、先輩に声をかけられる。
経験者だと言ったら楽器をきかれて、フルートだと言ったらすぐにフルートを持ってきてくれた。
11月に部活を引退してそれっきりだったから、かなり久々に楽器を触る。
「永那永那、これ、どうやって持つの??」
「あれ、綾江ちゃんもフルート借りたの?」
「うん、とりあえず」
綾江ちゃんは中学ではテニス部だった。
フルートを持っている姿を見るのは・・・なんだか不思議な感じ。
「なに?わたしにはフルート似合わない?」
「え、そんなこと言ってないよ」
「視線がそんな感じだった」
「そんなことないって」
綾江ちゃんに、簡単に持ち方を教えてあげる。
「音、鳴らないんだけど。空気の音しかしないし」
「音出すには、コツがいるんだよね。コツさえ掴めば、けっこう音出るんだけど・・・」
綾江ちゃんは、ひたすらフルートと格闘している。
そんな姿を見ながら、わたしも楽器に息を吹き込んでみる。
・・・久々に吹いたから、やっぱり音が安定しない。
「・・・なんでそんなに音出るの」
「一応、3年間やってきたからね」
「むー・・・」
しばらくすると再び先輩がやってきて、いろいろと部の説明をしてくれた。
その途中で、
ふと、壁に貼られた新聞記事が、目に入った。
「あの、先輩、それって・・・」
「あ、この新聞?これね、今から10年も前のものなんだけど・・・」
『全国ピアノ作曲コンクール優勝』
ただの新聞記事だけれど、額に入れられていて、とても立派に飾られている。
「この写真に写ってる、宮依 悠って男子高校生、ここの学校の生徒だったんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。最年少で作曲コンクールに優勝して・・・実は、この学校に音楽科をつくるきっかけになった人なんだ」
「そういえば、ここの音楽科って、今年で10年目でしたね」
綾江ちゃんも興味を持ったようで、納得したようにそう言った。
「そう。でもこの人・・・高校卒業する前に、亡くなったんだよね」
「え・・・」
「もともと体が弱かったらしくて。・・・10年前のことだし、わたしもよく知らないんだけど」
先輩はそこまで言うと、
「そんなことよりっ、君、上手いね。名前なんて言うの?」
空気を変えるように、明るく名前を尋ねてきた。
「えと・・・彩宮 永那、です」
先輩に名前をこたえながら、わたしはまだ、新聞記事のことが気になっていた。
「永那さー、」
「んー?」
「どうしたの?」
「なにが?」
「なんか難しい顔してるよ?」
「そう?」
部活見学が終わり、わたしたちは音楽室を出て、生徒玄関へむかっていた。
「さっきの新聞記事の男子高校生、朝公園で見た人に似てるなーと思って」
「え?」
「チラッと見ただけなんだけど、なんだかすっごく似てた気がするんだよね」
「なにそれ。幽霊?」
「え・・・」
幽霊?
でも言われてみれば、あんな時間にあんな場所でぼーっとしてるなんて変だし・・・
「ちょ、冗談だって。なに真剣に考えてるの」
「だってさ、学校からすぐ近くの公園だし。ほんとに幽霊かも」
「永那って、そういうの信じるタイプだっけ?だいたい、学校に未練があるなら学校近くの公園じゃなくて、学校にいるはずでしょ?」
「そうかもしれないけどー・・・」
なんとなく、
気になる。
「・・・ていうかわたし、バスの時間まであと2分なんだけど!」
「え、うそっ」
「ごめん、わたし先行くね!また明日!」
「うんっ、また明日っ」
そしてまた次の日。
昨日と同じように、わたしは1時間前に家を出た。
ひたすら自転車をこいで、あの上り坂をのぼる。
信号が青に変わって、今日は昨日よりスピードを落として道を進んでいく。
そして、あの公園。
昨日と同じように、でも昨日よりゆっくり、横を通り過ぎていく。
いた。
昨日と同じベンチに座って、じっと時計を見つめている。
だれかを待っているのだろうか。
だれを 待っているの?
その瞬間、
「え・・・」
彼が、ふりむいた。
視線が、合う。
わたしを
待っていたの?