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「蛾と灰」


「やめろよ。なんかそれ、怖そうじゃん」


 俺は笑いながら言ったよ。


「ねぇ、皆さんもマチダを止めてくださいよ……」


 俺が全員の顔を見回すと、全員真顔になってるんだ。

 誰も笑ってなかった。

 イシダさんがポツリと言った。


「いや、マチダの話が聞きたい。話してくれ」


 俺はすげぇ嫌だったよ。

 でも俺以外の全員が、マチダの話を聞きたがってんの。

 マチダはその視線に答えるように語り始めた。


「祖父が亡くなった時の話です。祖父は肺炎になって死んだんですけど、90歳まで生きたんで、それなりに寿命を全うしたと思います。祖父は昆虫採取が趣味で、特に蛾を採取して、蛾の標本を作るのが好きでした」


 マチダは静かに語り始めて、俺の方を見るんだ。


「その数は百を超えていたと思います。いつも祖父の部屋に行くと鮮やかでグロテスクな蛾の標本があって、僕はそれを見るのがちょっと怖かったんです。その趣味だけはあまり理解できませんでした」


 なんか、俺、震えて来てさ。

 体がガタガタ震えて止まらなかったんだ。

 寒いんじゃないんだよ。


「祖父は遺言状を残していました。標本である蛾を息子、つまりは僕の父親ですね。それに託す、好きに使っていい、と書いてありました。ですが父は特に蛾の収集癖はありませんでしたし、売るとしても価値がわからないし、扱いに困ると思ったんだと思います。祖父と一緒に火葬しよう、なんて話をしてました」


 マチダは何でか知らないけど、俺の方を見てるんだよ。


「お通夜の時にそんな話がされて、翌朝に標本を取り外そう、って話になったんです。奇妙なことは翌朝に発生していました。壁にあった蛾の標本が一匹もいなかったんです。蛾は完全に殺した上で、腐敗処理を施され、針で体を貫いてコルクボードに刺されます。そこにカバーをかけて外気に触れないように飾られていました」


 マチダは何でか知らないが俺の方だけ見るんだ。

 俺はたまらず言ったよ。


「それはさ、誰かが外したんだろ? あと、怖いから俺だけを見ないでくれよ」


 マチダは無視して話を続けたよ。


「誰が標本を取り出したのか、誰も言い出しませんでした。僕は空のケースが並んだ祖父の部屋を見て、蛾がいない以上の恐怖に包まれました。空のケースがいくつも壁に掛けられている部屋。蛾がいないほうがよっぽど怖いと思いました。そして祖父を連れて祭儀場に行って、葬式が始まったんです。祖父の最期の姿を見るために沢山の人が訪れていました。その中の誰かが言ったんです」


 マチダは俺の方だけを見ていたんだ。

 そして気づいたよ。

 マチダだけじゃないんだ。

 皆が俺の方を見ているんだ。


「祖父の口の中に何か詰まっている、そう誰かが言いました。父が驚いて祖父の口を見ると、そこには折りたたまれた蛾の死骸が大量に詰まっていたそうです。みんなは誰がこんな酷いことをしたんだ、と罵りあっていました」


 マチダの話は気持ち悪かったな。

 まだ山の化物のほうが可愛いとすら思ったよ。

 全員が俺の方を見ているから、そう思ったのかもしれないけどさ。

 だって蛾を一匹ずつ標本から取り出して、死んだ人間の口に詰めた人がいるってことになるじゃないか。

 その絵を想像したら吐き気がしたよ。

 手に蛾の鱗粉をまとわせて、死人の口の中に百を超える蛾を詰め込む姿。

 常人のすることじゃないよ。


「蛾は喉奥まで詰まっていたそうで、父はかき出すのを諦めたようでした。どうせ祖父と一緒に燃やすつもりだったんです。誰かが祖父が好きなあまり食べたのかしら、そんなことを言ってました。祖父の葬式はそのまま進んで火葬されて、僕たちは骨を拾うために待っていました。祖父だった亡骸が出てきて、僕も泣きながら祖父の遺骨の灰を拾っていました」


 マチダは辛そうに顔を歪めていたよ。


「その時、灰の山がゆっくりピクピクと動いたんです。みんな悲鳴を上げて遠ざかりました。そして見たんです。一匹の蛾が灰の山から飛び出し、ヒラヒラと灰を撒き散らしながら飛んだんです。両親も親戚も悲鳴を上げて蛾から遠ざかり、蛾は出口を見つけて飛んで行きました」


 マチダは深く息を吐いて俺を見つめたよ。


「それで僕の話は終わりです。コンドウ、最後の話を頼む」


 コンドウ、ってのは俺のことさ。


「最後の話、ってなんだよ。ってか怖いよ。もう怪談は止めたいよ」

「いや、コンドウだけ話してない。コンドウは話すべきなんだ。『るるよ』の話をしてくれよ」


 るるよ、そう言い出したんだ。


「はぁ? るるよ? なんだよそれ……」 


 俺は『るるよ』なんて知らないし、聞いたこともない。

 何を言っているのかさっぱりわからなかったな。

 そうしたら、ヤマギワさんが言うんだ。


「いや、コンドウくん、『るるよ』の話をしてくれ」


 オカさんも言うんだ。


「『るるよ』の話をするんだ」


 ヤマダさんも言うんだ。


「お前は『るるよ』の話をしろ」


 いつもは優しいイシダさんまで、厳しい目で俺を見て言うんだ。


「コンドウ、『るるよ』の話だ。それが最後だ」


 俺はたまらず叫んだよ。


「『るるよ』ってなんですか! 俺は知りませんよ! 俺はそれに怪談なんかしたくない!」


 全員の顔が俺を見てた。

 何か気持ち悪い目で俺を見てた。

 そして全員、口からお経のように言い出したんだ。


「るるよるるよるるよるるよるるよるるよるるよるるよ……」


 全員が言うんだ。

 俺は何度も止めてくれ、って叫んだよ。

 でもみんな言うんだ。


「るるよるるよるるよるるよるるよるるよるるよるるよ……」


 そう言い続いけるんだ。

 なんでそんなことを言い出したのか、もうわからないんだ。

 ああ、そうだよ。

 全員死んじまったからさ。

 ヤマギワさんもオカさんもヤマダさんもイシダさんもマチダも死んだ。


 全員、死んだよ。


 俺の『るるよ』の話も聞いてやしない。

 聞く前に死んだからさ。

 だから君に『るるよ』の話を聞いて欲しいんだ。



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