「うねぐし」
ヤマギワさんはシュラフに入りながら、静かに話し始めた。
「うねぐし、これは西の地方の方言で、水死体のことを表すらしいんだけど、それは同時にひとつの化物の存在を示すらしいんだ。それも海沿いに住んでいる人間が遭遇する化物だ」
俺は本当に嫌だったな。
サークルのみんなも俺と同じような顔をしてたと思うよ。
「海沿いに住む男の子が、家の側にある海で一人で遊んでいる時だった。砂浜に倒れている一人の女性を見つけたんだ。その日は真夏の暑い日だった。子供は熱射病か何かで倒れているのかな、と思って近寄ったらしい」
外では猛吹雪なのにさ。真夏の海の話だよ。
それでも気のせいか、少し寒さが和らいだ気がしたな。
「子供が声をかけると、女性はすぐに息を吹き返したらしい。特に怪我をした様子もなく、熱射病で倒れていたワケでもなさそうだった。女性はすぐに起き上がり、子供とちょっとした会話をしたそうだ。何でも女性にも子供がいるそうで、自分と同い年の男の子らしい。子供は何度も女性から可愛いって言われて、ちょっと嬉しかったらしい」
ヤマギワさんはそう言って全員を見渡した。
「陽が暮れると子供は女性と別れて家に帰ったんだ。その夜から不思議なことが起き始めた」
外の吹雪の音がより大きくなったように感じたよ。
「子供が住む家は海の側だったけど、高台に位置する場所にあったんだ。古い平屋の家で、その地方ではごく当たり前にある家だった。ところが夜になると奇妙な声が聞こえるようになったんだ。どんな声か想像できるかい?」
誰も答えなかったな。
それもわかる気がするよ。
わかるわけない。
「カエセ、カエセ、って聞こえるらしいんだ。まるで梟が鳴くような声だったらしい。低い声でさ、家の周りから声が聞こえる。子供は本当に梟か、もしくは猫とか虫とか何かの生き物の声だと思って、気にせずに眠ったんだ。朝起きて両親に尋ねても、両親も異音を耳にした様子はなかった」
誰かがガスコンロのスイッチを入れて、突然ボオっと火が鳴った。
みんな、ビクっとしてその火を見たよ。
「あ、ごめん、お湯を沸かそうと思って」
「なんだよ驚かすなよ。ビックリしたじゃないか」
「すみません。話の腰を折ってしまって」
ヤマギワさんはにやにや笑ってたな。
「いいんだ。なかなか怪談みたいでいいじゃないか。子供は学校に行こうと家を出た時、家に訪れている異変に気づいた。家の周りの地面がびっしょり濡れているのさ。昨日は晴れていた。おまけに海藻まで落ちている。子供の家は高台にあって、そんなものがあるはずがないんだ。子供も大して気にしなかった。首を傾げたが、いつものように学校に行き、そんなことを忘れて家に帰った。そしてまた眠りについて深夜になった時、また声が聞こえ始めた。カエセ、カエセ、そう聞こえる。カエセ、カエセ」
ヤマギワさんは梟みたいな声を出してさ。それが怖かったよ。
「子供はさすがに怖くなって両親の元に行ったんだ。その間も変な声が聞こえる。両親は全く気づいていなかったけど、子供は窓ガラスの外にある、その姿をしっかり見てしまった」
何を見たのか、その続きを聞くのが嫌だったな。
「そこにいたのは、大きな芋虫のような生物だった。子供と同じぐらいの背丈があり、胴がとんでもなく膨れている。おまけに気持ち悪いことに、体中に『目』がびっしり貼り付いていたんだ。何十個の目玉があった。それが子供をギロリと睨んでいる。全ての目玉が子供を見ている。子供は大きな悲鳴を上げて両親を起こしたんだ」
ヤマギワさんは小さく笑った。
「そこで子供は気づいた」
何に気づいたのか、それはよくわからないんだ。
何せヤマギワさんは死んでしまったからね。
この話はそれで終わりさ。
うん?
何で不思議そうな顔をしてるんだい?
別に不思議なことはないはずだよ。
ヤマギワさんは死んだんだ、それでお終いさ。
「今度は僕が話そうかな」
ヤマギワさんの同僚が次に語り始めた。確かオカさんって言ったかな。
「僕の故郷は山形の田舎なんだけど、その田舎には怖い伝承が残っていてさ」
オカさんは比較的明るい口調で言ったんだ。
「六鬼、と呼ばれる化物がいたんだ。これが子供の頃、一番怖かった」