06-3/2-三月の白
目の前に広がるのは、白銀の大地。
膝の辺りまで雪が積もっていた。
ソウとユーメイは、近くにある川原まで来ていた。
今は三月で、しかも今年は暖冬だ。こんな条件下での積雪は珍しいということで、午前中の勉強を取りやめて散策していた。
「何をしているんだ?」
目の前でしゃがんで雪を弄っているユーメイに、ソウは訊く。彼の吐く息は白い。前日の暖気にもかかわらず、今日の気温は真冬並みである。
「雪だるまを作っています」
ユーメイは答えた。なるほど、彼女はある程度の大きさの雪玉を作ると、それを転がし始めた。
「ならば、俺は頭を作ってもいいか?」
「お願いします」
「任された」
ソウは身をかがめると、左手に雪を握りこみ小さな玉を作る。それを雪面に転がし、雪を押し付けながら少しずつ大きくしてゆく。細かな箇所を整形しながら大きくしてゆくと、やがてバスケットボールほどの大きさになった。
一方ユーメイの雪玉は、バスケットボールを一回り大きくした程度の大きさになっていた。ソウの雪玉を頭部とした場合、胴体にはちょうどいい大きさである。
「この程度でいいか」
「そうですね」
二人は頷き合うと、二つの玉を縦に重ねる。小さめの雪だるまができた。ソウの膝と腰の中間あたりの高さに、その頭頂は位置している。
「これ、付けてもいいか?」
ソウは雪玉を作っている途中で拾った、二つの小石と一本の鉄棒をユーメイに見せる。
二つの小石は、取り付け角度によっては円形に見えるようにソウが選定したものである。
鉄棒は、断面が半径が5ミリほどの円、長さが二十センチほどである。その表面には直線を直角に組み合わせた幾何学的な模様が刻まれている。
「私も同じことを考えていました。目に合う石が無かったのでこれだけです」
ユーメイは二本の鉄棒をソウに見せる。それらの鉄棒はソウが拾ったものと同じ形状と模様を有していた。
「この模様は何なのでしょうか?」
「この棒を結界発生装置とでも言うべきものにする仕組みのようだな。別に放っておいてもいいだろう」
「それなら、取り付けましょうか」
「そうだな」
二つの小石を押し込み目を作り、水平にした鉄棒を埋め込み口を作り、左右に鉄棒を挿し込み腕を作る。
曖昧な表情でバンザイをする雪だるまができた。
「完成だ」
「完成ですね」
暫くの間、二人は並んでその雪だるまを見ていた。
「そろそろ、帰るか」
「そうですね」
ソウは踵を返しかけたが、ふと動きを止める。
「そうだ、せっかくだから・・・・・・ユーメイ、少し待っていてくれ」
彼は雪だるまの口に埋めてある鉄棒を左手で取り出すと、いつの間にかつやの無い黒に変色した右手に持ち替える。右手に鉄棒をもったまま、ソウは数分間静止していた。それから鉄棒を雪だるまの口に埋め直す。右手の黒色は、すうっ、と墨が水に溶けるようにして元の人肌の色に戻った。
「さて、帰るか」
「はい」
ソウとユーメイは雪だるまを改めて眺めてから、踵を返して家路についた。
(追記)
その日の午後その少年は、回収し忘れた自分の術具が埋め込まれた雪だるまを発見した。
その雪だるまに寄りかかるようにして、身長三十センチほどの、蓑を着た娘が眠っていた。
どこかからかこの街に迷い込み、人目を避けて彷徨しているうちに、直感的に居心地のいいこの雪だるまに辿り着いたのだろう。そのように少年は推測する。
雪だるまには、少年の術具を利用して簡単な人払いの結界が張られていた。ささいな違和感から少年はその結界の存在に気付き、この雪だるままで足を運んだのだ。
少年は術具を回収するかどうか少々迷ったが、小さな娘の穏やかな眠りを奪うのも気が引けたので、そのままにしておくことにした。
少年は踵を返して家路についた。
分かる人には分かる、この小人。
ポイントは蓑。