025-4/14-第三の魔
最早、この物語がどこへ行こうとしているのかさっぱり分からない。
日曜日。森屋篤志は今日も散歩していた。彼が本日歩いている地域は、昨日散歩した地域とは自宅を挟んで反対側に位置している。侘しい配慮である。
車道と歩道の通る橋に差し掛かると、欄干に腰掛ける少年が彼の視界に入った。篤志と同年代と思しき少年は右手をポケットに突っ込んだままでかなり前屈みになり、危ういバランスのまま川面を見下ろしている。篤志はその少年をどこかで見たような気がしていた。
首を捻りつつその少年の背後を通りかかる。その際、篤志の耳に少年の独り言が届いた。
「あーあーあー。とってもやりたい。どーざえーもんー。ちゃららちゃららっぷーひぇー、死んじゃうよー。水ぶくれー」
歌っているような奇怪な拍子を持つ、とにかく支離滅裂で不気味で不快な独り言だった。色々と取り返しのつかない感じがする異様な雰囲気に直撃された篤志は、その少年のことをようやく思い出した。
入学間も無い頃、彼は自殺未遂によって己の名を一躍全校に知らしめた。その異様な行動に教師ですら恐れを抱く、魔の三角コーナーの斬り込み隊長とも呼ばれる男子生徒。
その名を、田中太郎という。
思い出し笑いをしそうになったが、辛うじて篤志は耐えた。
「今、馬鹿にしただろう?」
そんな心情を読み取ったかのように唐突に太郎は振り向き、左目の焦点を篤志に合わせた。右目は遠く高い空へと向けられている。明らかに太郎の首は90度以上回転しており、そこからは肉がちぎれ骨が砕けるような不気味な音が絶えず発生している。あくまで、肉がちぎれ骨が砕ける"ような"音である。
篤志は初めてその狂態を目撃し、恐怖に脚から力が抜けそうになった。
「そんな、ことは」
「ドカーン、ベーン」
「は?」
「ああ、砲撃と三味線の音がする・・・・・・」
「いや、何を」
「だから死のう」
太郎はころっと飛び降りた。
「何いっ!」
篤志は慌てて欄干から身を乗り出す。ケタケタ笑いながら落下してゆく太郎が見えた。とぽんと何処か間抜けな音と共に、彼は川面の奥へと沈んだ。
「どうしよう」
暫く呆然としていたが、篤志はとりあえず人を呼ぶことにした。
ちなみにその光景を一部始終見ていた人間がいた。
「・・・・・・声を掛けたくは、ないなあ」
橋の入り口の横にある公園のブランコに座るソウは呟いた。




