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023-4/12-男たちの挽歌

今回は苦い話になりました。

 森屋篤志がその光景を見たのは、朝の登校途中のことだった。

「待ってくれよハニーズ!」

 泣きそうな顔をした小太りの男子生徒が、早足で立ち去ろうとする二人の女子生徒を引き留めようとしていた。しかし彼女達の反応はひどく冷たい。

「死ね、キモい」

「ウザい、消えろ」

 声を荒げるわけでもなく、それが至極当然とでもいうような、自然体での断定。余りに酷薄なセリフを残して彼女達は立ち去った。男子生徒は地に膝をつき、呆然とそれを見送る。周囲の登校生徒は侮蔑とも憐憫とも取れる視線を彼に向けている。

 その光景は見るに忍びなく、篤志はすぐに背を向けると早足で校門へ向かった。




 昼休み。教室はその男子生徒の噂で持ち切りだった。

 彼は容姿が整っているわけでもなければ、所作が洗練されているわけでもなく、人に誇れるような長所も見当たらない。なのに、今週に入っていきなり可愛い女子生徒を二人もモノにしたのである。それからは所構わずイチャイチャしまくり、周囲の冷ややかな視線を一身に集めていた。どういった経緯で彼女達と付き合うことが出来たのか周囲にとっては不可解であったが、審美的視点からすれば美女と野獣の組み合わせなどグロテスクないし凌辱的なだけであり、印象はかなり悪かった。それが今朝、いきなり破局である。一週間も持たなかった。その結果に対し周囲の反応は概ね好意的または嘲笑的であり、それに加えて男子生徒に対する同情が多少存在するくらいだった。

 篤志は噂に騒ぐ周囲に背を向けるようにして、購買で手に入れたジャムパンと牛乳を口に運んでいた。

「いいザマだよな」

 ジャムパンを半分ほどまで食べ終えたところで、篤志は隣席である新田晃一にった・こういちにそう声を掛けられた。

「さあな。あれは幾らなんでも哀れすぎる」

「あれって、『死ね』とか『消えろ』とか?」

「見ていたのか?」

「噂だよ。それにしても女ってのは怖いな。たった一日でああだぞ?」

 篤志は昨日見たテレビ番組で紹介された格言を、うろ覚えながら諳んじてみる。

「男女にとって二十代の恋は幻、三十代の恋は浮気、四十代になってようやく純粋な恋愛を知る」

「じゃあ十代の恋は何だ?」

「幻以下ってことは・・・・・・ただの格好付け、とか?」

「そりゃあ侘しいことだな。だが格好付けであれ恋は恋だ。気をつけろよ、明日は我が身ってやつだ」

「そうだな。俺も女には気をつけよう」

「念のために言っておくが、俺はお前の女房のことを言ってるんだぞ?」

「俺の女房?」

 晃一の言ったことの意味がさっぱり分からず、牛乳を飲みつつ篤志は首を捻った。晃一は嫌らしい笑みを浮かべつつ言う。

「篠原のことだよ」

 篠原が瑞季の姓であることに思い至り篤志は、

「ブフっ」

 激しく牛乳を吹いた。

「ガハッ、ガッ。はあ、はあ、はあ。何をいきなり」

 鼻と口から漏れる白い液体をハンカチで拭いつつ、篤志は非難がましい視線を晃一に向けた。

「だって、お前と篠原は仲がいいだろ?」

「何故に俺があんな暴力女と仲良くしなければいけないんだ」

「そうか。そう言うか」

 嫌みったらしい笑みを深めつつ晃一は言う。

「その暴力的な篠原が、最近別の男と仲良くしているってのは知ってるのか?」

「別の男って、神崎のことか?」

「知ってるのかよ。っていうか知ってて放置か」

 呆れたような様子で晃一は言う。

「鳶に油揚げをさらわれても、後悔するのはお前だけだぞ?」




 放課後。怪奇部の部室にソウは訪れなかった。長机に肘をつき瑞季は呟く。

「暇ね」

 篤志はその言葉を受けてぼそっと言う。

「12回目」

「何それ」

「『暇』の回数」

「へえ」

 会話が途切れた。篤志は何か話題は無いかと考え、昼休みの会話を思い出す。

「ダーリンとハニーズが破局したらしいぞ」

「知ってる」

 再び会話が途切れた。篤志は昼休みに耳に入れた噂を話題にしてみる。

「しかも、ダーリンが自分を馬鹿にした生徒を叩きのめしたとか」

「それも知ってる」

 三度会話が途切れた。場に沈黙が滞る。

 篤志は、以前よりも瑞季との会話が盛り上がらなくなったことを強く意識させられた。以前の瑞季は自分の好きなことやしたいことを、篤志が求めなくとも勝手に話していた。

(そうでなくなったのは、神崎と何かをすることに夢中だからか)

 心の中だけで呟く。

「帰ろ」

 そう言いつつ瑞季はパイプ椅子から立ち上がった。それからふと何かを思いついたように篤志に視線を向ける。

「そうだ。一緒に帰ろうか?」

 それを聞いて篤志は安堵にも似た感情を抱いてしまった。そしてそれを自覚し、彼は自嘲的な笑みを浮かべた。




 八時間ほど時刻を巻き戻す。




 ソウがその光景を見たのは、朝の登校途中のことだった。ちなみに彼の隣にユーメイはいない。彼女は彼女の友人と登校中である。

「待ってくれよハニーズ!」

 泣きそうな顔をした小太りの男子生徒が、早足で立ち去ろうとする二人の女子生徒を引き留めようとしていた。しかし彼女達の反応はひどく冷たい。

「死ね、キモい」

「ウザい、消えろ」

 声を荒げるわけでもなく、それが至極当然とでもいうような、自然体での断定。余りに酷薄なセリフを残して彼女達は立ち去った。男子生徒は地に膝をつき、呆然とそれを見送る。周囲の登校生徒は侮蔑とも憐憫とも取れる視線を彼に向けている。

 男子生徒がこのような仕打ちを受けている原因、その一端を担っている自覚がソウにはあった。そのことに関する責任や罪業を背負うつもりなどさらさら無かったが、感情として僅かながらの罪悪感はあった。

 そのためであろうか、ソウは思わず声を掛けてしまった。励ましのつもりだったのかもしれない。

「人生は3歩進んで2歩下がるものらしいぞ」

 男子生徒はソウの言葉に体を震わせ、絶叫する。

「偉そうに言ってんじゃねえ!」

 ソウの顔面に左ジャブが叩き込まれた。刹那の後に右ストレートが炸裂。ワン・ツーのコンビネーション・ショットだ。更に連打は続く。左ジャブ・右ストレート・左ジャブ・左ジャブ・左ジャブ・左ジャブ・右ストレート・右アッパー・後ろ回し蹴り・倒れたところをストンピング。

「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」

 これでもかとばかりに蹴り込まれる。男子生徒の凄まじい剣幕に、周囲は制止の声すら掛けようとしない。

「クソは死んでろ」

 やがて気分がすっきりしたのか、ソウに唾を吐いてから男子生徒は立ち去った。

 暫くしてソウはよろよろと立ち上がると校舎に背を向け、歩いてきた道を逆に辿り始めた。小さく呟く。

「帰って寝よう」




ソウの背中が煤けて見える。

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