022-4/11-やんごとなきところ
「あれか?」
「多分。篤志の言っていたことが正しければね」
ソウと瑞季の視線の先には一人の男子生徒と彼を取り巻く女子生徒がいた。二人は彼と彼女らの様子を観察する。
――以下、暫く見るに耐えない光景が続きます。
昼休みの中庭。可愛らしい女子生徒に左右を挟まれて、小太りの男子生徒がベンチにふんぞり返っていた。彼は爽やさを意識したらしき笑顔を浮かべて彼女達に話しかける。
「ハニーズ。愛しているよ」
「ダーリン、私も愛しているわ」
「ふん。私のほうがもっと強く愛しているわ」
「私のほうがもっともっと強ーく愛しているわ。それこそ、今すぐダーリンと結婚しちゃいたいほど」
「ダーリンと結婚するのは、わ、た、し、よ!」
「おいおいおい。喧嘩は駄目だぜベイベー。ハニーズは二人とも俺ッチのトレジャーじゃん?」
「ああ、ダーリン。ごめんなさい。あなたを苦しませるつもりは無いの」
「そんな悲しそうな目をしないで。おねがい、笑って」
「オーライ。俺ッチのスマイルはエニィタイム・フリーだぜベイベー」
サムズ・アップ。アンド・キッス。
――以上、見るに耐えない光景終了。
ソウは表情を引きつらせつつ、呻くように言う。
「最悪だな」
瑞季は頭を抱えてぶつぶつと呟く。
「誰か、誰か私の記憶を消して・・・・・・」
暫くして精神的衝撃から復帰した瑞季はソウに話しかける。
「ソウ、あのバカ野郎とバカ女共を何とかして。さもないと私は衝動的に取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない」
「そうだな。俺もあの存在を許容できない」
愛を語らい続ける男子生徒一人と女子生徒二人に、ソウは背後から忍び寄る。そして黒く変色した手で男子生徒の後頭部を鷲掴みにした。
男子生徒は口から黒い煙を吐き出す。
「ガハー」
もくもくもく。
「きゃあああ!ダーリン!」
ドグシ、とソウは顔面を掌底で殴られた。顔を押さえてよろめきつつも撤退しようとする。
「この変態!何をするの!」
その隙を突かれ、メシャ、と股間を蹴り上げられる。ソウは崩れ落ちた。
「結局どうなったわけ?」
瑞季は保健室のベッドに横たわるソウに問いかけた。
「もう少し休ませてくれ」
彼はぐったりとした様子で天井を見上げている。
あの後ソウは怒り狂った女子生徒二人からストンピングされていたが、瑞季の奇襲によって救出された。幸い骨折や出血はしていなかった。しかし全身が打撲傷で痛むだけでなく、蹴られ所が悪かったのか車酔いにも似た不快感もあった。
多少は苦痛が緩和されたのか、ソウは説明を開始した。
「あの男は、早い話が霊的存在に取り憑かれていた」
「やっぱりそうなのね。あの男が喋るたびに、ほんのちょっとだけどピンク色のガスみたいなものが口から出ていたもの。しかもホークアイを外してから見ると、そのガスは見えなくなった。あの男は霊的存在を吐き出しているということよね?」
「そうだ。取り憑かれた男はあのピンク色のガスのような霊的存在を生成する。で、そのガスを吸い込んだ異性はあの男に惚れる。惚れるだけじゃなく、頭がかなり軽くなるようでもあるが」
「恐ろしいわね」
「ああ。本当に恐ろしい。男に取り憑いていた霊的存在は消去した。あのクソなセリフをばら撒いていた女共も、今頃は悪い夢から醒めているだろうよ」
「めでたしめでたし、と」
「めでたくはないな」
ソウは苦虫を噛み潰したような表情で否定した。
「どういうこと?ああ、そうか。女の子達にとって、あの男との思い出がトラウマになるとか?」
「それもある。しかし何より問題なのは、精神活動を操作する霊的存在であったということだ。そういった存在も金庫の中に封じられていることは分かっていたが、やはり気分のいいものじゃない」
ソウは吐き捨てるようにして言う。
「それは人の心を滅茶苦茶に踏み躙る。気に入らない。本当に気に入らないんだよ」